クールなあなたの愛なんて信じない…愛のない結婚は遠慮します!
「あ~っ。パパ、行っちゃった~。聞こえなかったのかなあ。」
卓は残念そうに項垂れる。
父親と偶然会えたのが嬉しかっただろうに、気付いてもらえなかったのだ。
「由梨…。」
梓は何と声を掛けようか迷った。
先日彼女から聞いていた『浮気疑惑』とは、これなのか。
由梨は、今までのトーンと全く違う低い声で呟いた。
「見たでしょ、ウチのダンナ。あれが噂の部下だと思う。」
「仕事じゃないの?」
「さあね。うちの会社、土曜日も仕事が入るから何とも言えないわ。」
梓が何を言っても気休めにもならないだろう。
「信也が帰ってきたら、本人に聞いてみたら?」
「そうだなあ…私も覚悟決めようかなあ…。」
「由梨、覚悟って?」
にっこり笑顔を作って、由梨は梓の方を振り向いた。
「ま、今日は帰ります。卓の入塾の事、ヨロシクね!」
「それは、勿論よ。」
「卓、梓先生に挨拶して帰ろ。」
「うん、先生さようなら。また美晴ちゃんと遊びに来てね!」
「さようなら、卓くん。テスト頑張ろうね。」
母と子は仲良く手を振りながら、帰って行った。
雑踏に紛れて姿が見えなくなるまで二人を見送ったが、
梓には何か上手く呑み込めない塊があるような、後味の悪さが残っていた。