【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
10 耐えて、慣れて
「受け入れ難いというわけでは」
「そういうことだよ。フィリップ様がずっと、隠せ、見せるな、地味にしろ、目立つなって。さらに髪の色が厭われているって刷り込んで。おかげで全然、褒められ慣れていないんだ」
刷り込みといわれるとよくわからないが、確かに褒められ慣れてはいない。
そもそも褒めるところもないから、仕方がないが。
すると、ケヴィンの腕に白い傘のキノコが生えた。
わかりづらいが、おそらくはヤコウターケだろう。
名前の通り暗闇で光るキノコだが、昼間の屋外ではただの白いキノコである。
「……そうか。なら、遠慮なく褒めることにするよ」
「そうしてください、殿下。わがままレディに相応しく、賛辞を浴びて生きてもらわないといけません」
腕に生えたキノコをむしると、クロードに渡している。
……というか、さっきから全キノコをクロードに渡しているのだが。
いつの間にキノコ取引が成立していたのだろう。
「まあ、アニエスは元々可愛いから。特に努力なんてしなくても、誉め言葉が出るけどね」
「ケ、ケヴィン……!」
早速の攻撃的な言葉に、アニエスの心は挫けそうだ。
「耐えて、姉さん。慣れるんだ、姉さん。あと、殿下が言っているのはその通りだから。俺も父さんも常々言っていただろう?」
「だって」
ブノワとケヴィンは家族で、だから優しくても当然で。
でも、クロードは違うのだ。
「もう、次からは二人で馬車に乗ってね。ただいちゃついているよりも、見ていて疲れるし」
「そんな」
ケヴィンがいても瀕死なのに、いなくなったら即死ではないか。
「ほら。そろそろ時間だよ、姉さん。殿下もこの後予定があるらしいから」
「そ、そうですね」
とりあえず、この綺麗で危険な花畑からは離れた方がいい。
このままではクロードから無限花攻撃を食らいかねない。
急いで避難とばかりに馬車に駆け込むと、背後の二人が笑っている気配がする。
だが、気にしたら負けだ。
走り出した馬車の中でクロードの笑みに耐えられなくなったアニエスは、隣に座るケヴィンを見上げた。
「あの。もう少しだけ、一緒に……」
「駄目。姉さんがフィリップ様のせいで色々あれだから、殿下が呆れないかって父さんも心配していたよ」
心配するならクロードよりもアニエスの方を心配してほしいのだが。
この様子では、ブノワもケヴィンと同じ意見なのだろう。
「それは大丈夫。気長に待つよ、アニエス。俺と一緒で緊張するのは、意識してくれているってことだし。不安ならキノコが生えるかもしれないけど、それでもいいよ」
「……それがいいんですよね?」
「そうとも言うね」
そうか。
クロードにとっては、アニエスが緊張してキノコが生えるのは都合がいい。
もしかすると、先ほどの花畑の件もわざとキノコを生やそうとしたのだろうか。
「殿下と契約していた頃は、もう少し平気だっただろう?」
「だって、あれは契約で演技だと思って」
随分と熱心に演技しているなとは思ったし、多少ドキドキしたが、結局アニエスに向けられた言葉ではない。
そう思えば、それほどつらいものではなかったのだ。
「やっぱり、慣れてもらうしかないですね」
「そうみたいだね。――アニエス、手を出して」
よくわからないままに差し出すと、その手を取ったクロードはそのまま指に唇を落とした。
「ひゃあああ!」
驚きのあまり悲鳴を上げて手を引くと、クロードがにこりと微笑む。
その肩にはもはやお馴染みになりつつある乳白色のキノコ……オトメノカーサが生えていた。
更に隣には傘部分が黄土色の球体で、その頂に赤橙色の星型の孔を持つキノコが生えているが、あれはクチベニターケだろう。
ただの偶然だろうが、キスされた時にクチベニターケを見るのは、何となく恥ずかしい。
「今日はありがとう。また一緒に出掛けてくれる?」
「は……は、い」
どうにか返事をすると、隣でケヴィンが心のこもらない拍手をしている。
「そうそう、その調子だよ。姉さん」
その調子って、どの調子だろう。
このままだと即死は確定なのだが、本当にこれでいいのだろうか。
「とりあえず、次は舞踏会に一緒に行こう。王家主催だから、皆にアニエスを紹介したいし」
「それはまた、お腹が痛いイベントですね。……キノコが心配です」
最近の感度の上昇ぶりで忘れがちだが、そもそもキノコはアニエスの負の感情に反応しやすい。
となれば、王族に紹介されるなどという緊張しかない事態に、キノコの危険は高まる一方だ。
「大丈夫だよ。俺がいるからキノコ関係は俺のせいになるだろう。だから、生えてもいいし、生えなくてもいい。アニエスは楽しんで。……あ、ドレスは贈るからね」
「ええ? いいですよ」
既に何着もあるのだから、一度くらい着回したって問題ない。
大体、誰もアニエスに興味などないのだから、ドレスも見られていないだろう。
「駄目。もう発注してあるから、必ず着てね」
「はい……」
押されてそのままうなずくアニエスを見て、ケヴィンは楽しそうに笑っている。
「殿下、その調子でお願いします」
「ああ」
笑みを交わす二人に、アニエスは何だか腑に落ちない。
いつの間にこんなに仲良しになったのだろう。
仲が良いのはいいが、二人で攻撃的なのは困る。
アニエスはそっと小さなため息をついた。
============
【今日のキノコ】
ヤコウタケ(夜光茸)
日中は白い傘だが暗闇で緑色に光る神秘的なキノコで、世界一といわれる光の強さを誇る。
雨上がりや梅雨時に生え、寿命は三日ほどの生き急ぎ系キノコ。
無毒で食べられなくもないが、水っぽくてカビ臭い……何故そこまでして食べたのだ、勇者よ。
褒められるところはないと思っているアニエスに「そんなことないよ。私と一緒で、アニエスも凄く光ってるんだよ」と訴えたが、昼間なので光っていなかった。
オトメノカサ (「女王が二本降臨しました」参照)
乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。
乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。
「手にチューしたあ!」と叫びながらクチベニタケを連れ出した。
最近、二人がいちゃついているので、何だか嬉しい。
クチベニタケ(口紅茸)
傘部分が黄土色の球体で、その頂に赤橙色の星型の孔を持つキノコ。
たこ焼きのてっぺんに穴が開いていて、穴の端が紅ショウガで染まっている感じ。
名前通り、まるで口紅をつけた唇の様な見た目。
「チューしてるから!」という理由で連れ出されたが、手の甲にキスだったので少し拍子抜け。
いつか本当にキスした暁には、クチベニタケ二人……二茸で再現したいと思い始めた。
「そういうことだよ。フィリップ様がずっと、隠せ、見せるな、地味にしろ、目立つなって。さらに髪の色が厭われているって刷り込んで。おかげで全然、褒められ慣れていないんだ」
刷り込みといわれるとよくわからないが、確かに褒められ慣れてはいない。
そもそも褒めるところもないから、仕方がないが。
すると、ケヴィンの腕に白い傘のキノコが生えた。
わかりづらいが、おそらくはヤコウターケだろう。
名前の通り暗闇で光るキノコだが、昼間の屋外ではただの白いキノコである。
「……そうか。なら、遠慮なく褒めることにするよ」
「そうしてください、殿下。わがままレディに相応しく、賛辞を浴びて生きてもらわないといけません」
腕に生えたキノコをむしると、クロードに渡している。
……というか、さっきから全キノコをクロードに渡しているのだが。
いつの間にキノコ取引が成立していたのだろう。
「まあ、アニエスは元々可愛いから。特に努力なんてしなくても、誉め言葉が出るけどね」
「ケ、ケヴィン……!」
早速の攻撃的な言葉に、アニエスの心は挫けそうだ。
「耐えて、姉さん。慣れるんだ、姉さん。あと、殿下が言っているのはその通りだから。俺も父さんも常々言っていただろう?」
「だって」
ブノワとケヴィンは家族で、だから優しくても当然で。
でも、クロードは違うのだ。
「もう、次からは二人で馬車に乗ってね。ただいちゃついているよりも、見ていて疲れるし」
「そんな」
ケヴィンがいても瀕死なのに、いなくなったら即死ではないか。
「ほら。そろそろ時間だよ、姉さん。殿下もこの後予定があるらしいから」
「そ、そうですね」
とりあえず、この綺麗で危険な花畑からは離れた方がいい。
このままではクロードから無限花攻撃を食らいかねない。
急いで避難とばかりに馬車に駆け込むと、背後の二人が笑っている気配がする。
だが、気にしたら負けだ。
走り出した馬車の中でクロードの笑みに耐えられなくなったアニエスは、隣に座るケヴィンを見上げた。
「あの。もう少しだけ、一緒に……」
「駄目。姉さんがフィリップ様のせいで色々あれだから、殿下が呆れないかって父さんも心配していたよ」
心配するならクロードよりもアニエスの方を心配してほしいのだが。
この様子では、ブノワもケヴィンと同じ意見なのだろう。
「それは大丈夫。気長に待つよ、アニエス。俺と一緒で緊張するのは、意識してくれているってことだし。不安ならキノコが生えるかもしれないけど、それでもいいよ」
「……それがいいんですよね?」
「そうとも言うね」
そうか。
クロードにとっては、アニエスが緊張してキノコが生えるのは都合がいい。
もしかすると、先ほどの花畑の件もわざとキノコを生やそうとしたのだろうか。
「殿下と契約していた頃は、もう少し平気だっただろう?」
「だって、あれは契約で演技だと思って」
随分と熱心に演技しているなとは思ったし、多少ドキドキしたが、結局アニエスに向けられた言葉ではない。
そう思えば、それほどつらいものではなかったのだ。
「やっぱり、慣れてもらうしかないですね」
「そうみたいだね。――アニエス、手を出して」
よくわからないままに差し出すと、その手を取ったクロードはそのまま指に唇を落とした。
「ひゃあああ!」
驚きのあまり悲鳴を上げて手を引くと、クロードがにこりと微笑む。
その肩にはもはやお馴染みになりつつある乳白色のキノコ……オトメノカーサが生えていた。
更に隣には傘部分が黄土色の球体で、その頂に赤橙色の星型の孔を持つキノコが生えているが、あれはクチベニターケだろう。
ただの偶然だろうが、キスされた時にクチベニターケを見るのは、何となく恥ずかしい。
「今日はありがとう。また一緒に出掛けてくれる?」
「は……は、い」
どうにか返事をすると、隣でケヴィンが心のこもらない拍手をしている。
「そうそう、その調子だよ。姉さん」
その調子って、どの調子だろう。
このままだと即死は確定なのだが、本当にこれでいいのだろうか。
「とりあえず、次は舞踏会に一緒に行こう。王家主催だから、皆にアニエスを紹介したいし」
「それはまた、お腹が痛いイベントですね。……キノコが心配です」
最近の感度の上昇ぶりで忘れがちだが、そもそもキノコはアニエスの負の感情に反応しやすい。
となれば、王族に紹介されるなどという緊張しかない事態に、キノコの危険は高まる一方だ。
「大丈夫だよ。俺がいるからキノコ関係は俺のせいになるだろう。だから、生えてもいいし、生えなくてもいい。アニエスは楽しんで。……あ、ドレスは贈るからね」
「ええ? いいですよ」
既に何着もあるのだから、一度くらい着回したって問題ない。
大体、誰もアニエスに興味などないのだから、ドレスも見られていないだろう。
「駄目。もう発注してあるから、必ず着てね」
「はい……」
押されてそのままうなずくアニエスを見て、ケヴィンは楽しそうに笑っている。
「殿下、その調子でお願いします」
「ああ」
笑みを交わす二人に、アニエスは何だか腑に落ちない。
いつの間にこんなに仲良しになったのだろう。
仲が良いのはいいが、二人で攻撃的なのは困る。
アニエスはそっと小さなため息をついた。
============
【今日のキノコ】
ヤコウタケ(夜光茸)
日中は白い傘だが暗闇で緑色に光る神秘的なキノコで、世界一といわれる光の強さを誇る。
雨上がりや梅雨時に生え、寿命は三日ほどの生き急ぎ系キノコ。
無毒で食べられなくもないが、水っぽくてカビ臭い……何故そこまでして食べたのだ、勇者よ。
褒められるところはないと思っているアニエスに「そんなことないよ。私と一緒で、アニエスも凄く光ってるんだよ」と訴えたが、昼間なので光っていなかった。
オトメノカサ (「女王が二本降臨しました」参照)
乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。
乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。
「手にチューしたあ!」と叫びながらクチベニタケを連れ出した。
最近、二人がいちゃついているので、何だか嬉しい。
クチベニタケ(口紅茸)
傘部分が黄土色の球体で、その頂に赤橙色の星型の孔を持つキノコ。
たこ焼きのてっぺんに穴が開いていて、穴の端が紅ショウガで染まっている感じ。
名前通り、まるで口紅をつけた唇の様な見た目。
「チューしてるから!」という理由で連れ出されたが、手の甲にキスだったので少し拍子抜け。
いつか本当にキスした暁には、クチベニタケ二人……二茸で再現したいと思い始めた。