【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
11 ドレスがキノコで、キノコが生えました
「アニエス、そのドレスとても似合っているよ」
「ありがとうございます」
舞踏会当日、ルフォール邸に迎えに来たクロードはご機嫌だ。
これは一緒に舞踏会に行くのが嬉しいのか、馬車で送迎が嬉しいのか、あるいはドレスが嬉しいのだろうか。
「気のせいならいいのですが、このドレス……キノコですよね。――ベニテングターケですよね?」
クロードから贈られたドレスは、赤と白の可愛らしいドレスだ。
膨らんだ袖は真っ白なレースで彩られ、ひらひらと優雅に揺れている。
胸元には赤い生地のリボンがあり、リボンの端には真珠がいくつか縫い付けられている。
腰回りは赤いコルセットに白いフリルが良く映える。
スカート部分は白い生地の上に赤い艶のある生地が少しずらして重ねてあり、全体に大小の真珠が散りばめてあった。
靴と手袋は赤で、真珠のブレスレットとネックレスに、白いレースと真珠の髪飾りまで用意されている。
こうしてひとつひとつを見れば、上質で可愛らしいドレスだ。
しかし、支度を終えたアニエスは鏡の前に立って愕然とした。
――これはもう、ただのベニテングターケではないか。
いくらクロードがキノコの変態でも、曲がりなりにも恋人である相手にキノコのドレスを贈るとは。
何とも言えない気持ちがこみ上げて着替えようかとも思ったが、贈ったドレスを着るという約束をしてしまった以上そういうわけにもいかない。
「ああ、気付いてくれたの? さすがは俺のキノコのお姫様」
しらばっくれたら問い詰めようと思っていたが、まったく隠す様子もないクロードに、何だか毒気を抜かれてしまった。
隠すどころか嬉しそうに笑うクロードの胸に、破裂音と共にキノコが生える。
赤い傘に白いイボはベニテングターケ……このドレスのモチーフだ。
「ほら。キノコも似合うって喜んでいるよ」
キノコの変態は、ついに想像でキノコとの会話を始めたらしい。
もしかすると『勝手にひとのデザインを使うな』と怒っているかもしれないのに、気楽なことだ。
「いえ、まあ。何も考えなければ普通のドレスですが。……でも、キノコのドレスってどうなんですか」
「素敵だよ」
クロード微笑みと共に、胸のキノコが二本に増えた。
「出かける前からキノコが生えているのですが。駄目じゃありませんか? やめましょうか?」
「駄目。それにキノコは気にしなくていいって言っただろう?」
二本のベニテングターケをむしったクロードは、ご機嫌だ。
幸先の良いキノコ採取なのだろうが、アニエスにとっては幸先の悪いキノコスタートである。
「これはこれは殿下。わざわざ迎えに来てくださるとは。ありがとうございます」
玄関ホールに現れたブノワは、笑顔でクロードに礼をする。
「愛しい人のためです。喜んで来ますよ」
「良かったね、アニエス」
娘の恋人の王子が、娘のために家に迎えに来て、愛しい人と呼ぶ。
字面では素敵な雰囲気なのに、現実はただのキノコだ。
「お父様。でも、ドレスがキノコで、キノコが生えました。今日はキノコ的に良くないので、やめておいた方が」
「大丈夫。キノコでもアニエスは可愛いから。なんならキノコをむしって放り投げればいい。喜ばれるぞ」
「誰にですか」
そもそも貴族令嬢がキノコをばら撒いて、ルフォール家は無事でいられるのだろうか。
キノコ伯爵と呼ばれるのはブノワなのだが、危機感が薄いと思う。
「少なくとも、俺は嬉しい。でも、どちらかというと自分でむしりたいな」
「いい顔と声で、ろくでもないことを言わないでください。本当にクロード様はキノコの変態ですよね」
「アニエス」
ブノワの鋭い声に非難の意思を感じ取り、アニエスは我に返って頭を下げる。
そうだ。
いくらキノコの変態でも、クロードは王族。
それも王位継承権第二位の王子だ。
本当のことでも、変態に変態というのは良くなかった。
「すみませ……」
「――いいかい、アニエス。キノコの変態ということは、アニエスの変態ということでもある。素晴らしいではないか」
「……何ですか、それ」
父の突拍子もない理論に、アニエスも開いた口が塞がらない。
「めでたくフィリップ様の毛根ももげたとケヴィンに聞いた。今日は宴だ」
「いえ、舞踏会です。……お父様も行くのですよね? なら、一緒に」
あわよくば家族一緒に馬車移動をと思ったのだが、ブノワはゆっくりと首を振る。
「アニエス。キノコごとおまえを受け入れてくださる大切な方を、無碍にしてはいけないよ。キノコの責任は取ると仰っているし、心置きなくフィリップ様の毛根にとどめを刺してきなさい」
途中までは真剣に聞いていたのだが、着地点がおかしくはないか。
「何で毛根にとどめを刺そうとしているんですか。どれだけ毛根に恨みがあるんですか」
「殿下の前で申し上げることではありませんが。フィリップ様はアニエスに未練たらたらだと思われます」
「何の根拠があるんですか。本人に会ったんですか?」
ケヴィンはルフォール邸に来ていないと言っていたが、ブノワが応対した可能性はある。
「いや、会っていないよ。でもこの六年、見ていたからわかる。フィリップ様にすっぱりと諦める度量はない」
「もの凄く失礼なことを言い切りましたね」
「婚約の申し入れをしてきた時は違ったんだけどね。まあ、フィリップ様の選んだ行動の結果だ。自業自得だよ。――だから、毛根の息の根を止めておいで」
「何でですか」
以前から思っていたが、ブノワの毛根への執念は一体何なのだろう。
別にブノワの頭髪が乏しいわけでもないのに、フィリップの毛根だけを狙う理由が謎すぎる。
「相手は端くれとはいえ王族。こちらから婚約解消することもできなかった。毛根くらい貰っても罰は当たらないだろう。髪の恨みは髪で晴らす」
おとなしくやり取りを見ていたクロードが、堪えきれないとばかりに吹き出す。
「キノコのせいで毛根が死んだなんて、誰も信じないだろう。もし信じても俺のせいになる。俺の大切な人にちょっかいを出した報復だということにすれば、文句も言えまい」
「殿下! 素晴らしい。何とありがたいお言葉!」
何故か二人は手を固く握って意気投合している。
ケヴィンといい、ブノワといい、何だかクロードと仲が良すぎはしないか。
「殿下。アニエスは色々……色々と面倒をかけるでしょう。ですが、私にとってかけがえのない娘です。――どうぞ、この子を守ってあげてください」
真剣な瞳で訴えるブノワに、クロードもまた真摯な瞳でうなずく。
「もちろん。アニエスは俺にとって唯一のひとです。必ず、守ります」
ブノワは安心した様子で息を吐くと、優しい瞳をアニエスに向けた。
「さあ、行っておいで。アニエス」
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【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
アニエスが自分をモチーフにしたドレスを着ているので、ご機嫌なキノコ。
しばらくは仲間内で自慢しようとほくそ笑んでいる。
「ありがとうございます」
舞踏会当日、ルフォール邸に迎えに来たクロードはご機嫌だ。
これは一緒に舞踏会に行くのが嬉しいのか、馬車で送迎が嬉しいのか、あるいはドレスが嬉しいのだろうか。
「気のせいならいいのですが、このドレス……キノコですよね。――ベニテングターケですよね?」
クロードから贈られたドレスは、赤と白の可愛らしいドレスだ。
膨らんだ袖は真っ白なレースで彩られ、ひらひらと優雅に揺れている。
胸元には赤い生地のリボンがあり、リボンの端には真珠がいくつか縫い付けられている。
腰回りは赤いコルセットに白いフリルが良く映える。
スカート部分は白い生地の上に赤い艶のある生地が少しずらして重ねてあり、全体に大小の真珠が散りばめてあった。
靴と手袋は赤で、真珠のブレスレットとネックレスに、白いレースと真珠の髪飾りまで用意されている。
こうしてひとつひとつを見れば、上質で可愛らしいドレスだ。
しかし、支度を終えたアニエスは鏡の前に立って愕然とした。
――これはもう、ただのベニテングターケではないか。
いくらクロードがキノコの変態でも、曲がりなりにも恋人である相手にキノコのドレスを贈るとは。
何とも言えない気持ちがこみ上げて着替えようかとも思ったが、贈ったドレスを着るという約束をしてしまった以上そういうわけにもいかない。
「ああ、気付いてくれたの? さすがは俺のキノコのお姫様」
しらばっくれたら問い詰めようと思っていたが、まったく隠す様子もないクロードに、何だか毒気を抜かれてしまった。
隠すどころか嬉しそうに笑うクロードの胸に、破裂音と共にキノコが生える。
赤い傘に白いイボはベニテングターケ……このドレスのモチーフだ。
「ほら。キノコも似合うって喜んでいるよ」
キノコの変態は、ついに想像でキノコとの会話を始めたらしい。
もしかすると『勝手にひとのデザインを使うな』と怒っているかもしれないのに、気楽なことだ。
「いえ、まあ。何も考えなければ普通のドレスですが。……でも、キノコのドレスってどうなんですか」
「素敵だよ」
クロード微笑みと共に、胸のキノコが二本に増えた。
「出かける前からキノコが生えているのですが。駄目じゃありませんか? やめましょうか?」
「駄目。それにキノコは気にしなくていいって言っただろう?」
二本のベニテングターケをむしったクロードは、ご機嫌だ。
幸先の良いキノコ採取なのだろうが、アニエスにとっては幸先の悪いキノコスタートである。
「これはこれは殿下。わざわざ迎えに来てくださるとは。ありがとうございます」
玄関ホールに現れたブノワは、笑顔でクロードに礼をする。
「愛しい人のためです。喜んで来ますよ」
「良かったね、アニエス」
娘の恋人の王子が、娘のために家に迎えに来て、愛しい人と呼ぶ。
字面では素敵な雰囲気なのに、現実はただのキノコだ。
「お父様。でも、ドレスがキノコで、キノコが生えました。今日はキノコ的に良くないので、やめておいた方が」
「大丈夫。キノコでもアニエスは可愛いから。なんならキノコをむしって放り投げればいい。喜ばれるぞ」
「誰にですか」
そもそも貴族令嬢がキノコをばら撒いて、ルフォール家は無事でいられるのだろうか。
キノコ伯爵と呼ばれるのはブノワなのだが、危機感が薄いと思う。
「少なくとも、俺は嬉しい。でも、どちらかというと自分でむしりたいな」
「いい顔と声で、ろくでもないことを言わないでください。本当にクロード様はキノコの変態ですよね」
「アニエス」
ブノワの鋭い声に非難の意思を感じ取り、アニエスは我に返って頭を下げる。
そうだ。
いくらキノコの変態でも、クロードは王族。
それも王位継承権第二位の王子だ。
本当のことでも、変態に変態というのは良くなかった。
「すみませ……」
「――いいかい、アニエス。キノコの変態ということは、アニエスの変態ということでもある。素晴らしいではないか」
「……何ですか、それ」
父の突拍子もない理論に、アニエスも開いた口が塞がらない。
「めでたくフィリップ様の毛根ももげたとケヴィンに聞いた。今日は宴だ」
「いえ、舞踏会です。……お父様も行くのですよね? なら、一緒に」
あわよくば家族一緒に馬車移動をと思ったのだが、ブノワはゆっくりと首を振る。
「アニエス。キノコごとおまえを受け入れてくださる大切な方を、無碍にしてはいけないよ。キノコの責任は取ると仰っているし、心置きなくフィリップ様の毛根にとどめを刺してきなさい」
途中までは真剣に聞いていたのだが、着地点がおかしくはないか。
「何で毛根にとどめを刺そうとしているんですか。どれだけ毛根に恨みがあるんですか」
「殿下の前で申し上げることではありませんが。フィリップ様はアニエスに未練たらたらだと思われます」
「何の根拠があるんですか。本人に会ったんですか?」
ケヴィンはルフォール邸に来ていないと言っていたが、ブノワが応対した可能性はある。
「いや、会っていないよ。でもこの六年、見ていたからわかる。フィリップ様にすっぱりと諦める度量はない」
「もの凄く失礼なことを言い切りましたね」
「婚約の申し入れをしてきた時は違ったんだけどね。まあ、フィリップ様の選んだ行動の結果だ。自業自得だよ。――だから、毛根の息の根を止めておいで」
「何でですか」
以前から思っていたが、ブノワの毛根への執念は一体何なのだろう。
別にブノワの頭髪が乏しいわけでもないのに、フィリップの毛根だけを狙う理由が謎すぎる。
「相手は端くれとはいえ王族。こちらから婚約解消することもできなかった。毛根くらい貰っても罰は当たらないだろう。髪の恨みは髪で晴らす」
おとなしくやり取りを見ていたクロードが、堪えきれないとばかりに吹き出す。
「キノコのせいで毛根が死んだなんて、誰も信じないだろう。もし信じても俺のせいになる。俺の大切な人にちょっかいを出した報復だということにすれば、文句も言えまい」
「殿下! 素晴らしい。何とありがたいお言葉!」
何故か二人は手を固く握って意気投合している。
ケヴィンといい、ブノワといい、何だかクロードと仲が良すぎはしないか。
「殿下。アニエスは色々……色々と面倒をかけるでしょう。ですが、私にとってかけがえのない娘です。――どうぞ、この子を守ってあげてください」
真剣な瞳で訴えるブノワに、クロードもまた真摯な瞳でうなずく。
「もちろん。アニエスは俺にとって唯一のひとです。必ず、守ります」
ブノワは安心した様子で息を吐くと、優しい瞳をアニエスに向けた。
「さあ、行っておいで。アニエス」
============
【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
アニエスが自分をモチーフにしたドレスを着ているので、ご機嫌なキノコ。
しばらくは仲間内で自慢しようとほくそ笑んでいる。