【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
13 キノコ罪を犯しました
舞踏会の会場である王宮に到着すると、クロードにエスコートされて会場に入る。
麗しの第四王子がエスコートしているだけあって、アニエスに刺さる視線も痛い。
アニエスは公式には何の立場もないただの伯爵令嬢であり、第四王子を狙う女性達からすれば目の敵だろう。
婚約したところでこれがすべて消えるとも思えず、恐らくは別方向での鋭い視線に代わる。
美貌の王子との婚約というのはハードルが高いものだと、改めて思い知らされた。
「アニエス、大丈夫?」
大丈夫ではないが、これから更に大丈夫ではない状況になるのだ。
国王の甥の元婚約者が、竜紋を持つ王子の番として紹介される。
……これを聞いた国王は、父親としてどんな気持ちになるのだろう。
普通に素敵な出会いとは言えないので、何だか後ろめたかった。
「だ、大丈夫で」
アニエスが言い終わるよりも先に、クロードの腕にキノコが生える。
黄褐色のビロード状の傘は、チチターケだ。
傷がつくと白い乳のような液が出るので、クロードの服を汚してはいけない。
慌ててむしろうとすると、クロードがアニエスの手に自身の手を重ねた。
「手袋が汚れるよ。俺の手袋は白いから、大丈夫。任せて」
さすがはキノコの変態、アニエスの懸念はお見通しだったらしい。
クロードは素早くキノコをむしると、近くの使用人に渡す。
さすがに捨てるのだろうかと思って見ていると、にこりと笑みを返される。
「王宮の俺の部屋に届けさせるから、心配ないよ」
別にキノコの行方を心配しているわけではないのだが、あまりにも屈託のない笑顔にうなずくしかない。
「キノコを生やすために挨拶するわけじゃありませんよね?」
「まさか。キノコは嬉しいけど、アニエスを無駄に緊張させる気はないよ」
それもそうか。
クロードはキノコの変態ではあるが、悪質な変態ではない。
それにキノコのためだけに国王を使うはずもなかった。
「すみません。緊張して思考がおかしいみたいです」
「陛下に会ったことはあるだろう?」
「フィリップ様と婚約した時なので、六年前です。あの頃はまだよくわかっていなかったので、偉いおじさんなのだという認識でした」
ルフォール家に引き取られて一年後であり、それまでの一年はほぼ引きこもっていた。
なので国王という言葉はわかっても、実際にどんな存在なのかはよくわかっておらず、萎縮することもなかったのだ。
「偉い、おじさん……」
クロードは一瞬吹き出すが、すぐに咳ばらいをする。
「まあ、その通りだよ。そもそも番に関しては国王であっても介入はできない。本当にただの挨拶だから、そんなに心配しないでいいよ」
にこりと微笑まれれば、何となく不安が和らいでいく。
クロードの笑顔と言葉は、本当に不思議だ。
そうして手を引かれるままに到着したのは、舞踏会会場の奥にある部屋だった。
「番に関することは、王族以外には教えられないからね」
クロードの言う通り、部屋の外には護衛の騎士が立っていて、使用人も外で待機している。
この中にいるのは番のことを知る者だけなのだ。
騎士が開けた扉をくぐると、中には丸いテーブルを囲むように椅子が並んでいる。
中にいたのは国王と王妃、王太子と王太子妃、それから三人の男性は王子達だろう。
一斉に視線を向けられたことで、アニエスの緊張が一気に増した。
「この部屋の中では、堅苦しい挨拶は不要だ。座りなさい」
国王がそう言うからには、仰々しい挨拶をする方が失礼なのだろう。
クロードが椅子を引いてくれているのを見たアニエスは、国王に礼をすると大人しく座った。
「クロードから、話があるそうだな」
「はい、陛下。ここにいるアニエス・ルフォール伯爵令嬢は、俺の番です」
番という言葉に、部屋の中が微かにざわめく。
ふと王太子妃と目が合って微笑まれ、少しだけ心が落ち着いた。
「グザヴィエからも報告は受けている。……まさか、フィリップの元婚約者とは。婚儀の後でなくて幸いだった」
グザヴィエと呼ばれた王太子が、深くうなずく。
「まったくです。面倒なことにならなくて良かった。フィリップは馬鹿なことをしましたが、今回はお手柄です」
公開婚約破棄騒動がお手柄とはどういう意味だろうと思っていると、王太子の隣に座る山吹色の髪の王子が苦笑する。
「まあ、仮にフィリップと結婚していたとしても、結果は同じだけどな」
「ジェローム兄上、不謹慎です。無駄な諍いは起きない方がいいでしょう」
鉛色の髪の王子が諫めると、ジェロームと呼ばれた王子が肩をすくめる。
「アルマン兄上の言う通りだよ。皆、仲良しがいいよね」
一番端に座る金髪の少年はそう言うとアニエスに向かって微笑んだ。
「シャルル、少し黙っていなさい。……アニエス・ルフォール」
「は、はいっ!」
国王に話しかけられたアニエスは、緊張のあまり声が上擦った。
「君に会ったのは、フィリップと婚約の報告に来た時か。不思議な縁だな。……クロードを、頼むぞ」
「は――」
返事をするよりも早く、室内に破裂音が響く。
嫌な予感に肩を震わせるアニエスの視界の先で、国王の腕にキノコが生えていた。
赤い傘に白いイボを持つ、ベニテングターケが華やかな衣装の上に鎮座している。
よりにもよって、無視できない激しい色合いのキノコが国王に生えてしまった。
……もう、駄目だ。
血の気がすっと引いていくのがわかった。
慌てて立ち上がると、これ以上はないというほどに頭を下げる。
「――申し訳ありません」
「アニエス」
隣の席を立ったクロードが、アニエスの背に触れる。
促されて顔を上げたものの、自分が情けなくて泣きそうだ。
「クロード様、さようなら。もう駄目です。私はキノコ罪で投獄されます」
============
【今日のキノコ】
チチタケ(乳茸)
黄褐色のビロード状の傘を持ち、傷がつくと白い乳のような液が出るリアル乳キノコ。
おいしい出汁が出るので、地域によってはマツタケよりも高値で取引される。
陰湿攻撃が得意な特攻キノコ・ドクササコと似ているが、ドクササコは乳を出さない。
アニエスがチチのことを考えているので自分の出番だと思って生えてきたが、父違いだった。
ちょっと恥ずかしいので、今日の乳は控えめ。
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
国王にクロードを頼まれたので、「任せろ」と自信満々で生えてきた。
だが、何だか雲行きが怪しいので、胞子をひそめて成り行きを見守っている。
麗しの第四王子がエスコートしているだけあって、アニエスに刺さる視線も痛い。
アニエスは公式には何の立場もないただの伯爵令嬢であり、第四王子を狙う女性達からすれば目の敵だろう。
婚約したところでこれがすべて消えるとも思えず、恐らくは別方向での鋭い視線に代わる。
美貌の王子との婚約というのはハードルが高いものだと、改めて思い知らされた。
「アニエス、大丈夫?」
大丈夫ではないが、これから更に大丈夫ではない状況になるのだ。
国王の甥の元婚約者が、竜紋を持つ王子の番として紹介される。
……これを聞いた国王は、父親としてどんな気持ちになるのだろう。
普通に素敵な出会いとは言えないので、何だか後ろめたかった。
「だ、大丈夫で」
アニエスが言い終わるよりも先に、クロードの腕にキノコが生える。
黄褐色のビロード状の傘は、チチターケだ。
傷がつくと白い乳のような液が出るので、クロードの服を汚してはいけない。
慌ててむしろうとすると、クロードがアニエスの手に自身の手を重ねた。
「手袋が汚れるよ。俺の手袋は白いから、大丈夫。任せて」
さすがはキノコの変態、アニエスの懸念はお見通しだったらしい。
クロードは素早くキノコをむしると、近くの使用人に渡す。
さすがに捨てるのだろうかと思って見ていると、にこりと笑みを返される。
「王宮の俺の部屋に届けさせるから、心配ないよ」
別にキノコの行方を心配しているわけではないのだが、あまりにも屈託のない笑顔にうなずくしかない。
「キノコを生やすために挨拶するわけじゃありませんよね?」
「まさか。キノコは嬉しいけど、アニエスを無駄に緊張させる気はないよ」
それもそうか。
クロードはキノコの変態ではあるが、悪質な変態ではない。
それにキノコのためだけに国王を使うはずもなかった。
「すみません。緊張して思考がおかしいみたいです」
「陛下に会ったことはあるだろう?」
「フィリップ様と婚約した時なので、六年前です。あの頃はまだよくわかっていなかったので、偉いおじさんなのだという認識でした」
ルフォール家に引き取られて一年後であり、それまでの一年はほぼ引きこもっていた。
なので国王という言葉はわかっても、実際にどんな存在なのかはよくわかっておらず、萎縮することもなかったのだ。
「偉い、おじさん……」
クロードは一瞬吹き出すが、すぐに咳ばらいをする。
「まあ、その通りだよ。そもそも番に関しては国王であっても介入はできない。本当にただの挨拶だから、そんなに心配しないでいいよ」
にこりと微笑まれれば、何となく不安が和らいでいく。
クロードの笑顔と言葉は、本当に不思議だ。
そうして手を引かれるままに到着したのは、舞踏会会場の奥にある部屋だった。
「番に関することは、王族以外には教えられないからね」
クロードの言う通り、部屋の外には護衛の騎士が立っていて、使用人も外で待機している。
この中にいるのは番のことを知る者だけなのだ。
騎士が開けた扉をくぐると、中には丸いテーブルを囲むように椅子が並んでいる。
中にいたのは国王と王妃、王太子と王太子妃、それから三人の男性は王子達だろう。
一斉に視線を向けられたことで、アニエスの緊張が一気に増した。
「この部屋の中では、堅苦しい挨拶は不要だ。座りなさい」
国王がそう言うからには、仰々しい挨拶をする方が失礼なのだろう。
クロードが椅子を引いてくれているのを見たアニエスは、国王に礼をすると大人しく座った。
「クロードから、話があるそうだな」
「はい、陛下。ここにいるアニエス・ルフォール伯爵令嬢は、俺の番です」
番という言葉に、部屋の中が微かにざわめく。
ふと王太子妃と目が合って微笑まれ、少しだけ心が落ち着いた。
「グザヴィエからも報告は受けている。……まさか、フィリップの元婚約者とは。婚儀の後でなくて幸いだった」
グザヴィエと呼ばれた王太子が、深くうなずく。
「まったくです。面倒なことにならなくて良かった。フィリップは馬鹿なことをしましたが、今回はお手柄です」
公開婚約破棄騒動がお手柄とはどういう意味だろうと思っていると、王太子の隣に座る山吹色の髪の王子が苦笑する。
「まあ、仮にフィリップと結婚していたとしても、結果は同じだけどな」
「ジェローム兄上、不謹慎です。無駄な諍いは起きない方がいいでしょう」
鉛色の髪の王子が諫めると、ジェロームと呼ばれた王子が肩をすくめる。
「アルマン兄上の言う通りだよ。皆、仲良しがいいよね」
一番端に座る金髪の少年はそう言うとアニエスに向かって微笑んだ。
「シャルル、少し黙っていなさい。……アニエス・ルフォール」
「は、はいっ!」
国王に話しかけられたアニエスは、緊張のあまり声が上擦った。
「君に会ったのは、フィリップと婚約の報告に来た時か。不思議な縁だな。……クロードを、頼むぞ」
「は――」
返事をするよりも早く、室内に破裂音が響く。
嫌な予感に肩を震わせるアニエスの視界の先で、国王の腕にキノコが生えていた。
赤い傘に白いイボを持つ、ベニテングターケが華やかな衣装の上に鎮座している。
よりにもよって、無視できない激しい色合いのキノコが国王に生えてしまった。
……もう、駄目だ。
血の気がすっと引いていくのがわかった。
慌てて立ち上がると、これ以上はないというほどに頭を下げる。
「――申し訳ありません」
「アニエス」
隣の席を立ったクロードが、アニエスの背に触れる。
促されて顔を上げたものの、自分が情けなくて泣きそうだ。
「クロード様、さようなら。もう駄目です。私はキノコ罪で投獄されます」
============
【今日のキノコ】
チチタケ(乳茸)
黄褐色のビロード状の傘を持ち、傷がつくと白い乳のような液が出るリアル乳キノコ。
おいしい出汁が出るので、地域によってはマツタケよりも高値で取引される。
陰湿攻撃が得意な特攻キノコ・ドクササコと似ているが、ドクササコは乳を出さない。
アニエスがチチのことを考えているので自分の出番だと思って生えてきたが、父違いだった。
ちょっと恥ずかしいので、今日の乳は控えめ。
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
国王にクロードを頼まれたので、「任せろ」と自信満々で生えてきた。
だが、何だか雲行きが怪しいので、胞子をひそめて成り行きを見守っている。