【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
14 父親の前で変態呼ばわりはいけません
「何それ。キノコに罪はないよ」
「キノコにはなくても、生やした方にはあります!」
「……生やす?」
アニエスが声を荒げると、国王の低い呟きが耳に届いた。
何にしても、誤魔化しようがない。
アニエスは国王に向き直ると、その瞳をまっすぐに見つめた。
「そのキノコは、私のせいです。申し訳ありませんでした。処罰はすべて受け入れます。どうか、ルフォール家はお許しください。私個人が悪いのです」
国王にキノコを生やすなど、不敬でしかない。
しかも生えたのは毒キノコだ。
とらえようによっては、害意があると見做されても仕方がない。
アニエスのせいでブノワやケヴィンに迷惑がかかるかもしれないと思うと、握りしめた拳が震えた。
「君が、このキノコを生やしたというのか?」
「はい。わざとではありませんが……申し訳ありませんでした」
再び頭を下げるアニエスの背に手を添えて、クロードが顔を上げさせる。
「大丈夫だよ、アニエス。あんなに傘が立派に開いたベニテングターケだよ? 素晴らしいじゃないか」
「クロード様はキノコの変態だからです!」
思わず叫んでから、ハッと気づく。
ただでさえ国王に毒キノコを生やしているのに、更に息子である王子を変態扱いしてしまった。
うなだれるアニエスの頭を、クロードが優しく撫でる。
「大丈夫だよ。俺のキノコ好きは、家族みんな知っているから」
それとこれとは違うと言おうと顔を上げるのと、国王の笑い声が響くのは同時だった。
「クロードの言う通りだ。気にしなくていいぞ、アニエス。キノコに対する執着心は知っている。ただの事実だから、非公式の場なら変態でも何でも呼ぶといい。まあ、座りなさい」
父親公認のキノコの変態というのもどうなのだろう。
だがどうやら王子に対する変態扱いはお咎めなしのようだ。
安心したアニエスは、礼をすると椅子に腰かける。
「……それより、キノコが生えるのは君の力なんだな?」
一転して少し鋭い眼差しで問われ、自然と背筋が伸びるのがわかった。
「はい。精霊の加護だと父に教わりました」
「ルフォール伯爵が?」
「いえ。亡き実の父です。ルフォール伯爵の妹の夫に当たります」
「その父親の、名前は?」
フィリップとの婚約の際に、アニエスがブノワの姪だったことは報告されている。
だが平民だった実の父に関しては、さすがに覚えていないのだろう。
「ジョス・ミュールです」
「ミュール。……聞いたことがあるな。隣国オレイユの貴族にそんな名があったはずだ」
「隣国の出だとは聞いていますが、父は平民です。ただの偶然かと思いますが」
父は薬草栽培と販売をしていたので貴族とは思えない。
何よりもルフォール伯爵令嬢であった母と結婚するにあたって、一番の問題が身分差だったはず。
ブノワの父である先代ルフォール伯爵に認めてもらうのが大変だったとよく言っていたし、もしも貴族の縁者ならば、それを明かしていたはずだ。
「……そうか。何にしても精霊の加護を持つ者は、我が国では珍しい。周囲の理解が追い付かないこともあるだろう。本来それから君を守るべきなのは、婚約者だったフィリップなのだが……もう過ぎたことか。――これからはクロード、おまえが守りなさい」
「はい。もちろんです」
うなずくクロードを見ると、国王夫妻が立ち上がる。
「我々は用があるのでここで失礼するよ。ではアニエス、舞踏会を楽しんでくれたまえ」
「――は、はい」
アニエスが立ち上がって礼をすると、国王夫妻が退室する。
それだけで肩に乗っていた何かがかなり軽くなるのを感じた。
ただ、キノコを生やしたままで行ってしまったが……さすがに会場に入る前にはむしり取るだろう。
思わず息を吐くと、隣のクロードが苦笑している。
「お疲れさま、アニエス。まあ座って。陛下に報告は済んだし、これで婚約したも同然だよ。あとはルフォール伯爵に手続きをお願いするくらいかな。公に俺の番だと発表できる日も近い。嬉しいな」
屈託のない笑みを浮かべるクロードを見て、王太子が笑う。
「気持ちはわかるが、顔が緩みすぎだぞ」
「番であることは、婚約成立まで言わないものなのですか?」
アニエスの素朴な疑問に、王太子はうなずく。
「対外的には、そうだね。王族が言う『番』が、建前ではない存在なのだと知っている者はほとんどいない。あくまでも箔をつけるために婚約者をそう呼んでいるのだと思ってもらった方が、都合がいい」
なるほど。
王族が竜の血を引いているというのは、国民ならだれもが知る事実だ。
どこまで本当かわからないとはいえ、番という存在があることも知られている。
番だからそう呼ぶのではなくて、婚約者の代名詞が番なのだと思わせたいらしい。
木の葉を隠すなら森の中と言うが、これもそういうことなのかもしれない。
「ですが。フィリップ様はあの場で自分の番だと言っていました」
クロードが言うにはそもそも番ではなかったらしいが、それにしたって正式に婚約していない場で番だと宣言しても良かったのだろうか。
「フィリップは竜紋を持たない上に、王族といっても端くれだからな。……とはいえ、番の発表時期くらいは知っていたはずだが。ちゃんと聞いていなかったか、忘れたんだろう」
王太子の言葉に、アニエスは深くうなずく。
フィリップは社交に必要な貴族の顔も名前もすぐに忘れてしまうし、自ら憶えようともしなかった。
王族内の話も、きっとあんな風に綺麗に忘れてしまったのだろう。
それにしても王族を外れるとはいえ、貴族として社交は大事な要素だ。
きちんと努力するか、サビーナ・バルテ侯爵令嬢にフォローしてもらわないと今後が思いやられる。
============
【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
アニエスが謝っているのを見て、罪悪感から少しイボが落ちてしまった。
だが国王の許しを得て安心したと同時に、まさかの舞踏会デビューの機会が訪れ、衝撃で胞子が飛び始めた。
「キノコにはなくても、生やした方にはあります!」
「……生やす?」
アニエスが声を荒げると、国王の低い呟きが耳に届いた。
何にしても、誤魔化しようがない。
アニエスは国王に向き直ると、その瞳をまっすぐに見つめた。
「そのキノコは、私のせいです。申し訳ありませんでした。処罰はすべて受け入れます。どうか、ルフォール家はお許しください。私個人が悪いのです」
国王にキノコを生やすなど、不敬でしかない。
しかも生えたのは毒キノコだ。
とらえようによっては、害意があると見做されても仕方がない。
アニエスのせいでブノワやケヴィンに迷惑がかかるかもしれないと思うと、握りしめた拳が震えた。
「君が、このキノコを生やしたというのか?」
「はい。わざとではありませんが……申し訳ありませんでした」
再び頭を下げるアニエスの背に手を添えて、クロードが顔を上げさせる。
「大丈夫だよ、アニエス。あんなに傘が立派に開いたベニテングターケだよ? 素晴らしいじゃないか」
「クロード様はキノコの変態だからです!」
思わず叫んでから、ハッと気づく。
ただでさえ国王に毒キノコを生やしているのに、更に息子である王子を変態扱いしてしまった。
うなだれるアニエスの頭を、クロードが優しく撫でる。
「大丈夫だよ。俺のキノコ好きは、家族みんな知っているから」
それとこれとは違うと言おうと顔を上げるのと、国王の笑い声が響くのは同時だった。
「クロードの言う通りだ。気にしなくていいぞ、アニエス。キノコに対する執着心は知っている。ただの事実だから、非公式の場なら変態でも何でも呼ぶといい。まあ、座りなさい」
父親公認のキノコの変態というのもどうなのだろう。
だがどうやら王子に対する変態扱いはお咎めなしのようだ。
安心したアニエスは、礼をすると椅子に腰かける。
「……それより、キノコが生えるのは君の力なんだな?」
一転して少し鋭い眼差しで問われ、自然と背筋が伸びるのがわかった。
「はい。精霊の加護だと父に教わりました」
「ルフォール伯爵が?」
「いえ。亡き実の父です。ルフォール伯爵の妹の夫に当たります」
「その父親の、名前は?」
フィリップとの婚約の際に、アニエスがブノワの姪だったことは報告されている。
だが平民だった実の父に関しては、さすがに覚えていないのだろう。
「ジョス・ミュールです」
「ミュール。……聞いたことがあるな。隣国オレイユの貴族にそんな名があったはずだ」
「隣国の出だとは聞いていますが、父は平民です。ただの偶然かと思いますが」
父は薬草栽培と販売をしていたので貴族とは思えない。
何よりもルフォール伯爵令嬢であった母と結婚するにあたって、一番の問題が身分差だったはず。
ブノワの父である先代ルフォール伯爵に認めてもらうのが大変だったとよく言っていたし、もしも貴族の縁者ならば、それを明かしていたはずだ。
「……そうか。何にしても精霊の加護を持つ者は、我が国では珍しい。周囲の理解が追い付かないこともあるだろう。本来それから君を守るべきなのは、婚約者だったフィリップなのだが……もう過ぎたことか。――これからはクロード、おまえが守りなさい」
「はい。もちろんです」
うなずくクロードを見ると、国王夫妻が立ち上がる。
「我々は用があるのでここで失礼するよ。ではアニエス、舞踏会を楽しんでくれたまえ」
「――は、はい」
アニエスが立ち上がって礼をすると、国王夫妻が退室する。
それだけで肩に乗っていた何かがかなり軽くなるのを感じた。
ただ、キノコを生やしたままで行ってしまったが……さすがに会場に入る前にはむしり取るだろう。
思わず息を吐くと、隣のクロードが苦笑している。
「お疲れさま、アニエス。まあ座って。陛下に報告は済んだし、これで婚約したも同然だよ。あとはルフォール伯爵に手続きをお願いするくらいかな。公に俺の番だと発表できる日も近い。嬉しいな」
屈託のない笑みを浮かべるクロードを見て、王太子が笑う。
「気持ちはわかるが、顔が緩みすぎだぞ」
「番であることは、婚約成立まで言わないものなのですか?」
アニエスの素朴な疑問に、王太子はうなずく。
「対外的には、そうだね。王族が言う『番』が、建前ではない存在なのだと知っている者はほとんどいない。あくまでも箔をつけるために婚約者をそう呼んでいるのだと思ってもらった方が、都合がいい」
なるほど。
王族が竜の血を引いているというのは、国民ならだれもが知る事実だ。
どこまで本当かわからないとはいえ、番という存在があることも知られている。
番だからそう呼ぶのではなくて、婚約者の代名詞が番なのだと思わせたいらしい。
木の葉を隠すなら森の中と言うが、これもそういうことなのかもしれない。
「ですが。フィリップ様はあの場で自分の番だと言っていました」
クロードが言うにはそもそも番ではなかったらしいが、それにしたって正式に婚約していない場で番だと宣言しても良かったのだろうか。
「フィリップは竜紋を持たない上に、王族といっても端くれだからな。……とはいえ、番の発表時期くらいは知っていたはずだが。ちゃんと聞いていなかったか、忘れたんだろう」
王太子の言葉に、アニエスは深くうなずく。
フィリップは社交に必要な貴族の顔も名前もすぐに忘れてしまうし、自ら憶えようともしなかった。
王族内の話も、きっとあんな風に綺麗に忘れてしまったのだろう。
それにしても王族を外れるとはいえ、貴族として社交は大事な要素だ。
きちんと努力するか、サビーナ・バルテ侯爵令嬢にフォローしてもらわないと今後が思いやられる。
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【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
アニエスが謝っているのを見て、罪悪感から少しイボが落ちてしまった。
だが国王の許しを得て安心したと同時に、まさかの舞踏会デビューの機会が訪れ、衝撃で胞子が飛び始めた。