【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
20 可愛いな
「服を仕立てる約束をしていたのに、遅くなっているのは申し訳ないけれど。……明るい服が嫌いなわけじゃないよね?」
「それは、まあ」
明るい色もそういう服も、別に嫌いというわけではない。
ただ、わざわざ用意する気にはなれないのだ。
「わかった。なら、早々に服を仕立てよう。どうにか都合をつけるよ」
「そんな、駄目です。お金だってかかります。無駄遣いはいけません」
「愛しい人を飾るんだ。無駄にはならない」
そういえば、クロードは王子だ。
以前にも『明るい色で、華やかで、可愛らしい、高価な服を贈る』と言っていた。
金銭感覚がアニエスとはまったく違うのだろう。
「じゃあ、せめてワンピース代くらいは、自分で」
「駄目。俺が贈るんだから、俺が支払う」
「姉さん。男性の贈り物に代金を支払うなんて、失礼な話だよ」
ケヴィンまで敵に回ってしまい、アニエスは圧倒的に不利な戦になった。
だが確かに、これはアニエスが悪いのかもしれない。
「でも、国庫から出費をさせるわけには」
「大丈夫。今までのドレスも全部、私財で支払っている。俺は王子だが、同時にキノコの研究とそれに関する商売も扱っている。それなりに懐は潤っているし、正直使い道もない。だから、アニエスを飾らせてほしい」
なんと、まさかのキノコ研究に商売。
キノコの変態は、意外と手広い。
意識が完全にキノコの方に逸れてしまい、何の話だかよくわからなくなってきた。
「でも」
「頼むよ、アニエス」
クロードはアニエスの手を握りしめ、かなりの至近距離でじっと見つめる。
何だかもう、色々で。
頭がパンクしたアニエスは、考えることを放棄した。
「少しだけ、なら」
承諾した瞬間に、クロードばかりかケヴィンまでもが笑顔なのだが、どういうことなのだろう。
「うん。それじゃあできる限り早く都合をつけるから、生地から一緒に見ようね」
「いいですね。めちゃくちゃ明るくて華やかにしてください。それじゃあ、俺はここで失礼します」
「ええ? 行っちゃうんですか?」
縋るような眼差しで見つめると、ケヴィンは大袈裟に肩をすくめる。
「俺、恋人同士の惚気を見守る趣味はないの」
そう言うなり、ケヴィンは振り返りもせずに出て行ってしまった。
いつの間にか紅茶とケーキがテーブルに用意されているし、テレーズの姿もない。
完全に二人きりだ。
「いつまでも立っているのもなんだし。座ろう、アニエス」
抵抗する気力も理由もなく、アニエスはうなずくとそのままソファーに腰を下ろす。
クロードが向かいに座るのを見て、ようやく少し心が落ち着いてきた。
「このケーキ、アニエスが作ったんだろう?」
「すみません、地味で」
「何故謝るの? 俺のために作ってくれたんだから、嬉しいよ」
フォークで一切れを口に運ぶ姿を、思わずじっと見つめてしまう。
「中に入っているのは、アンズ?」
「はい。アンズのドライフルーツです」
「甘酸っぱくていい香りだ。とても美味しいよ」
破裂音が室内に響き、クロードの手の甲にキノコが生える。
橙がかった鮮やかな黄色の傘を持つキノコは、アンズターケだ。
やはり会話を聞いて生えてきている気がする。
これはケヴィンの言う通り、とっくにアニエスはキノコ姫だということなのか。
少しの絶望を味わっているアニエスに気づかないクロードは、キノコをむしって香りをかいでいる。
「アンズターケだね。アニエスに呼ばれたと思ったのかな」
「そんな」
とどめを刺すようなことを言わないでほしい。
「ケーキ、とても美味しいよ。作ってくれてありがとう」
「本当ですか。……良かったです」
安心して口元が綻んでしまうが、それを見たクロードもまた笑みを浮かべている。
何だか恥ずかしいのに、何だか嬉しい。
クロードに会ってから、感情の揺れが激しくなった気がする。
疲れはするのだが、それでも嫌ではないのだから困ったものだ。
「ケーキ作りは、どこで覚えたの?」
「母が教えてくれました。事故の後ふさぎ込んでいた私のために、お父様がケーキ作りを勧めてくれたんです。私にとって、両親とお父様とケヴィンとの、思い出の味です」
「そんな大事なケーキを作ってくれたんだ。嬉しいよ」
クロードはフォークを置くと立ち上がり、そのままアニエスの隣に腰を下ろした。
「アニエスも食べて」
そう言って、アニエスの皿からケーキをひとかけらフォークに刺して、差し出してきた。
「いえ、あの。自分で食べられます」
「いいから。はい」
目の前にケーキを差し出されてしまい、その向こうにはクロードの笑顔があって。
混乱したアニエスは、そのまま口を開けてケーキを食べてしまった。
だが緊張のせいで上手く噛めないし、のどが渇く。
どうにか飲み込むと、クロードに向かって首を振った。
「もう、いいです。お腹いっぱいです」
「そう? ……ああ、ケーキがついているよ」
「え?」
何のことかわからず顔を向けると、クロードの指はアニエスの唇をなぞり、更にその指をぺろりと舐めた。
「――な! 何をするんですか!」
椅子に座ったまま跳ねるように体を引くと、クロードは不思議そうに首を傾げる。
「うん? せっかくアニエスが作ったケーキだ。もったいないだろう?」
その笑みも、指をぺろりと舐める仕草も、妙な色気が凄くて心臓が痛い。
頬を真っ赤に染めるアニエスをじっと見つめると、クロードはふと眉を下げた。
「ああ。……可愛いな」
小さく呟くと、クロードの手がアニエスの頬をなぞる。
見慣れない熱っぽい視線と手の動きに、アニエスは呼吸が止まりそうになった。
視界の隅でクロードの肩に黄褐色で繊維状の傘を持つキノコが生えているのが見える。
オオキヌハダトマヤターケだと考えている間に、クロードの指がアニエスの唇に触れた。
「――すみませーん。いちゃついているところ、失礼しまーす」
その時、突然のノック音と共に、やる気のない声が室内に響いた。
============
【今日のキノコ】
アンズタケ(杏茸)
橙がかった鮮やかな黄色の傘を持つキノコ。
ヨーロッパでは食用だが、国内では毒キノコ……どういうことだろう。
肉の部分は強い杏の様な香りがする。
クロード愛用の香水の材料で、まさかの香水加工に本人(本茸)が一番衝撃を受けている。
別にアンズと直接の関係はないが、アニエスのケーキにアンズが入っていて何だか嬉しい。
いつかアニエスのケーキを食べてみたいし、何なら入ってみたいが、よく考えると自分は毒キノコだった。
オオキヌハダトマヤタケ(大絹肌苫屋茸)
黄褐色で繊維状の傘を持つキノコ。
誤食すると大量発汗、体温低下、呼吸困難を起こすので、危険。
アニエスが呼吸が止まると言うので、自分が食べられたのかと確認のために慌てて生えてきた。
キノコ中毒ではないことに一安心だが、思った以上のいちゃつきぶりに自分の呼吸が止まりそう。
「それは、まあ」
明るい色もそういう服も、別に嫌いというわけではない。
ただ、わざわざ用意する気にはなれないのだ。
「わかった。なら、早々に服を仕立てよう。どうにか都合をつけるよ」
「そんな、駄目です。お金だってかかります。無駄遣いはいけません」
「愛しい人を飾るんだ。無駄にはならない」
そういえば、クロードは王子だ。
以前にも『明るい色で、華やかで、可愛らしい、高価な服を贈る』と言っていた。
金銭感覚がアニエスとはまったく違うのだろう。
「じゃあ、せめてワンピース代くらいは、自分で」
「駄目。俺が贈るんだから、俺が支払う」
「姉さん。男性の贈り物に代金を支払うなんて、失礼な話だよ」
ケヴィンまで敵に回ってしまい、アニエスは圧倒的に不利な戦になった。
だが確かに、これはアニエスが悪いのかもしれない。
「でも、国庫から出費をさせるわけには」
「大丈夫。今までのドレスも全部、私財で支払っている。俺は王子だが、同時にキノコの研究とそれに関する商売も扱っている。それなりに懐は潤っているし、正直使い道もない。だから、アニエスを飾らせてほしい」
なんと、まさかのキノコ研究に商売。
キノコの変態は、意外と手広い。
意識が完全にキノコの方に逸れてしまい、何の話だかよくわからなくなってきた。
「でも」
「頼むよ、アニエス」
クロードはアニエスの手を握りしめ、かなりの至近距離でじっと見つめる。
何だかもう、色々で。
頭がパンクしたアニエスは、考えることを放棄した。
「少しだけ、なら」
承諾した瞬間に、クロードばかりかケヴィンまでもが笑顔なのだが、どういうことなのだろう。
「うん。それじゃあできる限り早く都合をつけるから、生地から一緒に見ようね」
「いいですね。めちゃくちゃ明るくて華やかにしてください。それじゃあ、俺はここで失礼します」
「ええ? 行っちゃうんですか?」
縋るような眼差しで見つめると、ケヴィンは大袈裟に肩をすくめる。
「俺、恋人同士の惚気を見守る趣味はないの」
そう言うなり、ケヴィンは振り返りもせずに出て行ってしまった。
いつの間にか紅茶とケーキがテーブルに用意されているし、テレーズの姿もない。
完全に二人きりだ。
「いつまでも立っているのもなんだし。座ろう、アニエス」
抵抗する気力も理由もなく、アニエスはうなずくとそのままソファーに腰を下ろす。
クロードが向かいに座るのを見て、ようやく少し心が落ち着いてきた。
「このケーキ、アニエスが作ったんだろう?」
「すみません、地味で」
「何故謝るの? 俺のために作ってくれたんだから、嬉しいよ」
フォークで一切れを口に運ぶ姿を、思わずじっと見つめてしまう。
「中に入っているのは、アンズ?」
「はい。アンズのドライフルーツです」
「甘酸っぱくていい香りだ。とても美味しいよ」
破裂音が室内に響き、クロードの手の甲にキノコが生える。
橙がかった鮮やかな黄色の傘を持つキノコは、アンズターケだ。
やはり会話を聞いて生えてきている気がする。
これはケヴィンの言う通り、とっくにアニエスはキノコ姫だということなのか。
少しの絶望を味わっているアニエスに気づかないクロードは、キノコをむしって香りをかいでいる。
「アンズターケだね。アニエスに呼ばれたと思ったのかな」
「そんな」
とどめを刺すようなことを言わないでほしい。
「ケーキ、とても美味しいよ。作ってくれてありがとう」
「本当ですか。……良かったです」
安心して口元が綻んでしまうが、それを見たクロードもまた笑みを浮かべている。
何だか恥ずかしいのに、何だか嬉しい。
クロードに会ってから、感情の揺れが激しくなった気がする。
疲れはするのだが、それでも嫌ではないのだから困ったものだ。
「ケーキ作りは、どこで覚えたの?」
「母が教えてくれました。事故の後ふさぎ込んでいた私のために、お父様がケーキ作りを勧めてくれたんです。私にとって、両親とお父様とケヴィンとの、思い出の味です」
「そんな大事なケーキを作ってくれたんだ。嬉しいよ」
クロードはフォークを置くと立ち上がり、そのままアニエスの隣に腰を下ろした。
「アニエスも食べて」
そう言って、アニエスの皿からケーキをひとかけらフォークに刺して、差し出してきた。
「いえ、あの。自分で食べられます」
「いいから。はい」
目の前にケーキを差し出されてしまい、その向こうにはクロードの笑顔があって。
混乱したアニエスは、そのまま口を開けてケーキを食べてしまった。
だが緊張のせいで上手く噛めないし、のどが渇く。
どうにか飲み込むと、クロードに向かって首を振った。
「もう、いいです。お腹いっぱいです」
「そう? ……ああ、ケーキがついているよ」
「え?」
何のことかわからず顔を向けると、クロードの指はアニエスの唇をなぞり、更にその指をぺろりと舐めた。
「――な! 何をするんですか!」
椅子に座ったまま跳ねるように体を引くと、クロードは不思議そうに首を傾げる。
「うん? せっかくアニエスが作ったケーキだ。もったいないだろう?」
その笑みも、指をぺろりと舐める仕草も、妙な色気が凄くて心臓が痛い。
頬を真っ赤に染めるアニエスをじっと見つめると、クロードはふと眉を下げた。
「ああ。……可愛いな」
小さく呟くと、クロードの手がアニエスの頬をなぞる。
見慣れない熱っぽい視線と手の動きに、アニエスは呼吸が止まりそうになった。
視界の隅でクロードの肩に黄褐色で繊維状の傘を持つキノコが生えているのが見える。
オオキヌハダトマヤターケだと考えている間に、クロードの指がアニエスの唇に触れた。
「――すみませーん。いちゃついているところ、失礼しまーす」
その時、突然のノック音と共に、やる気のない声が室内に響いた。
============
【今日のキノコ】
アンズタケ(杏茸)
橙がかった鮮やかな黄色の傘を持つキノコ。
ヨーロッパでは食用だが、国内では毒キノコ……どういうことだろう。
肉の部分は強い杏の様な香りがする。
クロード愛用の香水の材料で、まさかの香水加工に本人(本茸)が一番衝撃を受けている。
別にアンズと直接の関係はないが、アニエスのケーキにアンズが入っていて何だか嬉しい。
いつかアニエスのケーキを食べてみたいし、何なら入ってみたいが、よく考えると自分は毒キノコだった。
オオキヌハダトマヤタケ(大絹肌苫屋茸)
黄褐色で繊維状の傘を持つキノコ。
誤食すると大量発汗、体温低下、呼吸困難を起こすので、危険。
アニエスが呼吸が止まると言うので、自分が食べられたのかと確認のために慌てて生えてきた。
キノコ中毒ではないことに一安心だが、思った以上のいちゃつきぶりに自分の呼吸が止まりそう。