【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
26 キノコの心配
「ドゥラランド、紅茶を淹れ直してくれ。少し休もう」
 返事と共にドゥラランドが去る気配がしても、クロードはアニエスを放さない。

「……すみません、クロード様」
 弱々しい声に自分でも驚いていると、腕を緩めたクロードが心配そうに顔を覗き込む。
 そっと手を重ねられて、アニエスはようやく自分の手が震えていることに気が付いた。

 新しい紅茶が用意されると、使用人は退室する。
 応接用と思しきスペースではあるが、ここは服飾職人達の仕事場のはず。
 こうして人払いをすれば彼らの仕事に支障が出てしまうと思うのに、動くことができなかった。


「はい。温かいよ」

 クロードにティーカップを手渡され、ゆっくりと口をつける。
 まだ少し手が震えるのをクロードが支えているので、まるで介助されているような状態だ。
 ごくりと飲み込めば鼻にいい香りが抜け、お腹がほんのりと温まる。
 それだけで、心が落ち着いていくような気がした。

「……何があったの? そんなに嫌だった?」
 ティーカップを受け取ったクロードは、テーブルに戻しながら問いかけてきた。
 確かにあの状況では採寸が嫌になったか、ドゥラランドの言葉で泣いたように見えるだろう。
 職人達は何も悪くないのだから、きちんと説明をしなければ。

「違うんです。あの」
「ゆっくりで、いいよ」
 再び手を重ねられ、そのぬくもりが伝わってきた。

「……さっき、緑青の瞳は祝福の色と言われて、父の言葉を思い出したんです。馬車の事故の時だと、思います」
 クロードは微かに眉を顰めたが、そのままうなずく。

「どんな言葉?」
「『アニエス。私の宝物。祝福の瞳と桃花色の髪を持つ、キノコのお姫様。どうか、幸せに』って。……私、今まで忘れていて」
 そこまで話すと、一度息を吐く。


「あの服と指輪を憶えています。事故の時に、父が身に着けていたものです」
 襟に刺繍が入った真っ白なシャツ、緑青色の石の指輪。
 あれは確かに、あの日馬車に乗る時に父が身に着けていたもののはず。

「私、事故の時の記憶が曖昧で。気が付いたら馬車の中にひとりだったはずなのに……」



 でも、あの声を憶えている。
 両親の、あの表情を憶えている。

 ならばアニエスは――亡くなる前の二人と話をしていたのだろうか。

 あの時、何があったのか……。
 目が覚めて、馬車の扉をこじ開けて、そこにあったのは……赤い光景で。



「――アニエス、アニエス!」
 肩をつかまれる感覚と鋭い声に我に返ると、鈍色の瞳がすぐそばにあった。

 ……そうだ、今は王宮にいる。
 横転した馬車と真っ赤な光景は、昔のことだ。
 胸に手を当てて深呼吸しようとして、アニエスはその手が震えていることに気が付いた。

「すみ、ませ……」
 最後まで言う前に、クロードにぎゅっと抱きしめられる。
 温かいと感じると同時に、自身の体がそれだけ冷えていたのだと思い知らされた。

「いいから。無理に思い出さなくていい。……キノコも心配している」
「キノコ?」
 場にそぐわぬ言葉に瞬きしながら周囲を見ると、クロードの腕や肩どころか、テーブルとソファーの上には沢山のキノコが生えていた。


 クロードの肩から腕に交互に並んで生えている、黒と赤のラッパのような形のキノコは、クロラッパターケとウスターケ。
 クロードの胸に張り付いている白い珊瑚のような形のキノコは、サンゴハリターケ。

 テーブルの上には、灰白色で木串の束の様な柄に馬の鞍の様なでこぼこしたものが乗った、ノボリリュウターケが生えている。
 その周りに輪を描くように並んで発生して、菌輪を形成する鮮やかな赤いキノコは、ドクベニターケ。
 更にその周囲を埋め尽くす黄褐色のキノコは、オオワライターケだ。

 元々キノコ達はアニエスの負の感情に敏感に反応する上に、現在はキノコの感度がうなぎ登りで上昇中。
 だがまさか、ここまで愉快なキノコパーティー状態になるとは思いもしない。
 菌糸のパラダイスに心だけでなく体も驚いたらしく、先程までの震えは一切消えていた。


「あの、すみません、でした……」
 もはや何に対しての謝罪なのかアニエスにもわからないが、とりあえず頭を下げる。

「今日はもう終わりにしよう。無理をする必要はないからね。ワンピースはこちらで仕立てさせて、後日贈るよ」
「はい」
 俯くアニエスの頭を、クロードが優しく撫でる。

 せっかくクロードが気を使ってくれたのに、それすらも満足に受け取れないなんて、情けない。
 悲しい気持ちにはなるのだが、クロードが腕を動かすたびにキノコがモキュモキュと謎の摩擦音を出すので、気になって仕方がない。

 ずっと続く妙な音を聞いていると何だかおかしくなってきて、少しだけ笑ってしまう。
 するとクロードの手が伸びて、アニエスの頬をすくいあげた。

「……やっと、笑ってくれた」
「え?」

 花が綻ぶような笑みを目の前で見せられたアニエスは一瞬呆け、次いであまりにも近いその距離に一気に羞恥心が暴れ始めた。


「あ、あの! 先程の方に謝りたいです。私が悪いのに、申し訳ないことをしてしまいました」
 慌てて少し距離を取ろうとクロードの胸を押し返すと、サンゴハリターケのひんやりとした感触が手に伝わってきた。

「アニエスは悪くないよ。それよりも大丈夫? つらいことを思い出したかな」
 相変わらず動く度にキノコがモキュモキュ鳴っているが、クロードはまったく気にする様子もない。
 キノコの変態はキノコが奏でる音にも耐性が高いようだ。

「いえ。事故の時だと思うので少し怖いですけれど……でも、両親の顔と声ですから。私のことを大切に想ってくれていたのは、嬉しいです」

 もう何年も前のことだから、憶えているつもりでも記憶は少しずつ風化していく。
 だが先程思い出した映像と音声は、色褪せることなくハッキリとしたものだ。
 怖い気持ちはあったが、それ以上に父と母にまた会えたような嬉しさもあった。
 はにかむアニエスを見て微笑むと、クロードは自身の腕に生えたキノコをむしり始める。

「実のご両親も、桃花色の髪だったの?」
「いいえ。母は金髪に鳶色の瞳で、父は薄紅の髪に緑青の瞳でした。私、こんな髪ですけれど両親は……特に父は凄く褒めてくれて。『精霊の加護が篤いから、アニエスはきっと守ってもらえる。幸せになれる』って……」

 そこまで話して、頬を伝うものに気が付く。
 そんなつもりはなかったのに、いつの間にかまた涙が溢れている。

「す、すみませ――」
 謝るよりも先に、クロードに抱き寄せられ、視界いっぱいにサンゴハリターケがやってきた。

「……大丈夫。アニエスは俺が守る。――必ず、幸せにするから」
 何度も優しく頭を撫でる感触に、アニエスは涙を流しながら小さくうなずいた。


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今日は「アニエスどうした! キノコ祭り」開催です!

【今日のキノコ】

クロラッパタケ(黒喇叭茸)
黒い漏斗型をしていて、ラッパの様な見た目のキノコ。
別名「死のトランペット」だが、ヨーロッパでは日常的に食べられていて、スープに入れると美味。
……ネーミングがおかしいと思う。
一曲演奏してアニエスを慰めようと思ったが、キノコなのでやはり音が出なかった。
だが思わぬウスタケとのコラボレーションで、アニエスの笑顔を引き出せて満足。

ウスタケ(臼茸)
赤いラッパ型の傘を持つ毒キノコ。
消化器系の中毒を起こすが、特徴的な味はない……また、誰か食べたらしい。
ラッパ型でもキノコなので音は出ないことに気付いたが、諦めなければいつか音が出るのではないかと、特訓中のキノコ。
今回も音は出なかったが、摩擦音という新たな境地にたどり着き、ラッパ型キノコの可能性を感じている。

サンゴハリタケ(珊瑚針茸)
真っ白な珊瑚の様な見た目の食用キノコ。
取るのが難しく、ゴミがつきやすいらしい……トゲトゲに絡まるのだろうか。
かつて「クロードの白いシャツに生えるのは誰だ」選手権を見事に勝ち上がった、勝者キノコ。
今日もクロードに張り付いていたが、最終的にはアニエスとクロードの間に挟まれ、何だか幸せ。

ドクベニタケ(毒紅茸)
鮮やかな赤い傘を持ち、輪を描くように並んで発生して菌輪を形成する、メルヘンなキノコ。
胃腸系の中毒症状を起こす毒キノコで、匂いはないが味は辛い。
……キノコの勇者は何でもかんでも食べ過ぎだと思う。
アニエスが血を連想したので赤いキノコとして生えてきた。
「泣かないで。菌輪見せてあげるから!」と一生懸命生えている。

ノボリリュウタケ(登竜茸)
灰白色で、木串の束の様な柄に、馬の鞍の様なでこぼこしたものが乗っている。
山で見かけたら何だかわからず、「ん?」と首を傾げてしまいそう。
食用ではあるが、十分に加熱しないと中毒症状があるらしい。
だがそれ以前に、食べて良いのか悩む形。
アニエスの感情の揺れに反応して生えてみたが、周囲をドクベニタケの菌輪に囲まれ、更にオオワライタケに囲まれてしまい身動きが取れない。
何だか恥ずかしいし、少し気まずい。

オオワライタケ(大笑茸)
黄褐色のブナシメジという見た目。
名前から察することができるが、毒キノコ。
神経系の毒があり、異常な興奮、幻覚、意識障害などが起こるらしく、全然笑えない。
キノコ界のにぎやかし要員であり、特技の群生を活かしていろんな場所に生えまくる。
アニエスの不安を感じ取り、笑ってほしくて群生した。
仲間が増えすぎると、合体してキング・オオワライタケになるという噂もあるが、今回はノーマルオオワライタケのままだった。
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