【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
28 小さな紳士と魅了の花
「今日も綺麗だよ、アニエス。そのドレスも、とても似合っている。やっぱり花をモチーフにすると華やかだね」
花の方が負けそうな麗しい顔立ちで、クロードが微笑んでいる。
今夜はロージェル公爵主催の夜会に招かれ、クロードと共に参加していた。
ロージェル公爵の息子が流行病で苦しんでいた時に、特効薬のキノコを提供したのがアニエスという縁だ。
とはいえ、アニエスはお店にキノコを売っただけであり、先日の舞踏会で礼を言われただけでも衝撃だったのだが、あらためてお礼がしたいと夜会に招かれたのだ。
それ自体は、嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような……ともかく、別に嫌ではない。
問題は、今アニエスが身に纏っているドレスだ。
例によってクロードから贈られたドレスは、以前に宣言した通り花をモチーフに作られている。
大ぶりの花弁が何枚も重なったようなスカートは、胸元から裾にかけて白から深紅の美しいグラデーションだ。
その色合いに合わせて胸元に飾る花は白、スカート部分にはピンクや深紅の花がいくつも咲き誇っていた。
髪に飾った花や手袋もすべて白く、その合間に散る透明のビーズはさながら朝露のように輝く。
首を飾るのも真っ白な真珠だが、その中の一粒だけが青い真珠。
優雅にして可憐なドレスと装飾もさるものながら、この青い真珠がアニエスにとって問題だった。
ちらりと視線を移せば、そこには白を基調にして深紅を取り入れた上着を一部の隙も無く着こなす麗しの王子がいる。
その胸元には白い花が飾られ、花芯には青い真珠が輝いていた。
「何も、同じ装飾にしなくてもいいじゃありませんか。しかもドレスと上着の色まで同じだなんて」
全身お揃いという状態に、アニエスの頬の熱が引かない。
クロードのことは好きだし、婚約する方向というのは理解している。
だが、いくら何でもこれは初心者にはハードルが高すぎると思う。
アニエスの困惑と羞恥心に反応したのか、クロードの胸にキノコが生える。
白く薄い膜が重なり合ったようなキノコは、シロキクラーゲだ。
胸の花の飾りの横に生えたせいで、それほど目立たすにプリプリしている。
「アニエスは俺の番だよ。まだ公に婚約発表していないけれど、余計な虫がつくといけないしね。これくらいは必要だよ。何せ、アニエスは可愛いから」
そう言って微笑みながら胸のシロキクラーゲを撫でているクロードは、キノコの変態部分を差し引いても紛うことなき麗しの王子様である。
「その可愛いは、キノコ込みですよね」
小声で文句を言うものの、好きな人に可愛いと言われて嫌な気持ちはしない。
ただただ、恥ずかしいだけなのだ。
それはクロードもわかっているらしく、にこにこと穏やかな笑みを向けてくる。
恥ずかしいし、嬉しいし、何だか悔しい。
アニエスは今までの人生で体験したことのない不思議な感覚を、ただ持て余していた。
「ああ、ルフォール伯爵令嬢、よく来てくれた。その節は本当にお世話になった。おかげで息子もこの通りだよ」
ロージェル公爵は上機嫌でそう言うと、夫人のドレスに隠れるようにしてこちらを窺う子供を指した。
年の頃は四歳くらいだろうか。
あどけない顔立ちの男の子は、恥ずかしそうにドレスの陰からアニエスを窺っていた。
こんなに小さな可愛らしい子供が、熱に苦しめられていたのだ。
そして、アニエスの薬草やキノコが、その役に立った。
精霊の加護を願って本当に良かったと心から思えることで、胸の奥がほんわかと温まったような気がする。
アニエスは男の子の前にしゃがみこむと、にこりと微笑んだ。
「小さな紳士。今日はお会いできて嬉しいです」
男の子はぽかんと口を開けて固まったかと思うと、小さな瞳をキラキラと輝かせた。
「……お花のお姫様だ」
「まあ。小さな紳士はお上手ですね」
さすがは公爵家の子息。
こんなに小さくても女性にお世辞を言えるなんて、教育が行き届いている。
感心しながらも笑顔で礼をすると、ロージェル公爵夫妻と男の子から離れた。
「……クロード様。あの子、私にお姫様って言いましたよね?」
「言ったね」
「お世辞だと思ったのですが……もしもキノコ姫の名が、こんなところにまで浸透しているのだとしたら。どうしましょう」
フィリップの関係で、他の貴族達とは最低限の挨拶くらいしか接していない。
なのでアニエスがキノコの呪い状態であることは、知られていないはずだ。
しかし、流行病の薬の原材料を売った人物すら特定できる公爵家だ。
キノコ事情について、既に把握しているのかもしれない。
真剣に悩むアニエスを見て、クロードは何故か苦笑している。
「違うと思うよ、大丈夫。……まさか、あんなに小さな子まで魅了するとは。我が番ながら、末恐ろしいな」
「何ですか?」
「別に? 今日はお揃いの格好にして良かったなと思っただけだよ。……さて、少し休もうか。飲み物を取って来るから、このあたりにいてね」
「はい」
公爵家主催なだけあって、参加者の数は多い。
人ごみの真ん中にいるのに慣れないアニエスは、壁際まで移動すると小さく息を吐いた。
「――随分と、いい御身分ね」
棘のある声に驚いて顔を上げると、そこには鮮やかな緑色のドレスに身を包んだ女性――サビーナ・バルテ侯爵令嬢の姿があった。
============
今日は控えめの1キノコです。
【今日のキノコ】
シロキクラゲ(白木耳)
白く薄い膜が重なり合ったような形の食用キノコ。
ゼラチン質でできており、乾燥すると淡黄白色で硬くなって縮むが、水に浸すと元に戻る。
無味無臭だが食感が良く、若干高価。
クロードの胸を飾る白い花に対抗すべく、隣に生えた。
「アニエスとクロードとお揃いの、白いフリフリの座は渡さない」とゼラチン質をプリプリさせて主張している。
花の方が負けそうな麗しい顔立ちで、クロードが微笑んでいる。
今夜はロージェル公爵主催の夜会に招かれ、クロードと共に参加していた。
ロージェル公爵の息子が流行病で苦しんでいた時に、特効薬のキノコを提供したのがアニエスという縁だ。
とはいえ、アニエスはお店にキノコを売っただけであり、先日の舞踏会で礼を言われただけでも衝撃だったのだが、あらためてお礼がしたいと夜会に招かれたのだ。
それ自体は、嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような……ともかく、別に嫌ではない。
問題は、今アニエスが身に纏っているドレスだ。
例によってクロードから贈られたドレスは、以前に宣言した通り花をモチーフに作られている。
大ぶりの花弁が何枚も重なったようなスカートは、胸元から裾にかけて白から深紅の美しいグラデーションだ。
その色合いに合わせて胸元に飾る花は白、スカート部分にはピンクや深紅の花がいくつも咲き誇っていた。
髪に飾った花や手袋もすべて白く、その合間に散る透明のビーズはさながら朝露のように輝く。
首を飾るのも真っ白な真珠だが、その中の一粒だけが青い真珠。
優雅にして可憐なドレスと装飾もさるものながら、この青い真珠がアニエスにとって問題だった。
ちらりと視線を移せば、そこには白を基調にして深紅を取り入れた上着を一部の隙も無く着こなす麗しの王子がいる。
その胸元には白い花が飾られ、花芯には青い真珠が輝いていた。
「何も、同じ装飾にしなくてもいいじゃありませんか。しかもドレスと上着の色まで同じだなんて」
全身お揃いという状態に、アニエスの頬の熱が引かない。
クロードのことは好きだし、婚約する方向というのは理解している。
だが、いくら何でもこれは初心者にはハードルが高すぎると思う。
アニエスの困惑と羞恥心に反応したのか、クロードの胸にキノコが生える。
白く薄い膜が重なり合ったようなキノコは、シロキクラーゲだ。
胸の花の飾りの横に生えたせいで、それほど目立たすにプリプリしている。
「アニエスは俺の番だよ。まだ公に婚約発表していないけれど、余計な虫がつくといけないしね。これくらいは必要だよ。何せ、アニエスは可愛いから」
そう言って微笑みながら胸のシロキクラーゲを撫でているクロードは、キノコの変態部分を差し引いても紛うことなき麗しの王子様である。
「その可愛いは、キノコ込みですよね」
小声で文句を言うものの、好きな人に可愛いと言われて嫌な気持ちはしない。
ただただ、恥ずかしいだけなのだ。
それはクロードもわかっているらしく、にこにこと穏やかな笑みを向けてくる。
恥ずかしいし、嬉しいし、何だか悔しい。
アニエスは今までの人生で体験したことのない不思議な感覚を、ただ持て余していた。
「ああ、ルフォール伯爵令嬢、よく来てくれた。その節は本当にお世話になった。おかげで息子もこの通りだよ」
ロージェル公爵は上機嫌でそう言うと、夫人のドレスに隠れるようにしてこちらを窺う子供を指した。
年の頃は四歳くらいだろうか。
あどけない顔立ちの男の子は、恥ずかしそうにドレスの陰からアニエスを窺っていた。
こんなに小さな可愛らしい子供が、熱に苦しめられていたのだ。
そして、アニエスの薬草やキノコが、その役に立った。
精霊の加護を願って本当に良かったと心から思えることで、胸の奥がほんわかと温まったような気がする。
アニエスは男の子の前にしゃがみこむと、にこりと微笑んだ。
「小さな紳士。今日はお会いできて嬉しいです」
男の子はぽかんと口を開けて固まったかと思うと、小さな瞳をキラキラと輝かせた。
「……お花のお姫様だ」
「まあ。小さな紳士はお上手ですね」
さすがは公爵家の子息。
こんなに小さくても女性にお世辞を言えるなんて、教育が行き届いている。
感心しながらも笑顔で礼をすると、ロージェル公爵夫妻と男の子から離れた。
「……クロード様。あの子、私にお姫様って言いましたよね?」
「言ったね」
「お世辞だと思ったのですが……もしもキノコ姫の名が、こんなところにまで浸透しているのだとしたら。どうしましょう」
フィリップの関係で、他の貴族達とは最低限の挨拶くらいしか接していない。
なのでアニエスがキノコの呪い状態であることは、知られていないはずだ。
しかし、流行病の薬の原材料を売った人物すら特定できる公爵家だ。
キノコ事情について、既に把握しているのかもしれない。
真剣に悩むアニエスを見て、クロードは何故か苦笑している。
「違うと思うよ、大丈夫。……まさか、あんなに小さな子まで魅了するとは。我が番ながら、末恐ろしいな」
「何ですか?」
「別に? 今日はお揃いの格好にして良かったなと思っただけだよ。……さて、少し休もうか。飲み物を取って来るから、このあたりにいてね」
「はい」
公爵家主催なだけあって、参加者の数は多い。
人ごみの真ん中にいるのに慣れないアニエスは、壁際まで移動すると小さく息を吐いた。
「――随分と、いい御身分ね」
棘のある声に驚いて顔を上げると、そこには鮮やかな緑色のドレスに身を包んだ女性――サビーナ・バルテ侯爵令嬢の姿があった。
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今日は控えめの1キノコです。
【今日のキノコ】
シロキクラゲ(白木耳)
白く薄い膜が重なり合ったような形の食用キノコ。
ゼラチン質でできており、乾燥すると淡黄白色で硬くなって縮むが、水に浸すと元に戻る。
無味無臭だが食感が良く、若干高価。
クロードの胸を飾る白い花に対抗すべく、隣に生えた。
「アニエスとクロードとお揃いの、白いフリフリの座は渡さない」とゼラチン質をプリプリさせて主張している。