【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
3 俺は、好きだよ
 アニエスの声に反応するように、ケヴィンの腕に灰褐色の傘のキノコが生えた。
 黒褐色のイボのせいでヒョウ柄のようにも見えるのは、ヘビキノコモドーキだろう。

「うわあ、珍しい。俺にもキノコが生えたよ。やっぱりキノコが生えやすくなってるね」
「な、何ですか。恋人って!」
 焦るアニエスに構わず、ケヴィンは腕に生えているヘビキノコモドーキをつついている。

「え? 違うの? だって婚約はまだなんでしょう?」
「こ、婚約!」
 恋人という単語の時点で胸がドキドキしているのに、更に強力な言葉を浴びせてくるとは。

「私は別に……何てことを言うんですか、ケヴィン!」
 熱を持つ頬をどうにか冷まそうと声を上げるが、ケヴィンはまったく気にする様子もない。

「えー? だってさあ、フィリップ様とは晴れて婚約解消したし、殿下の番なんだろう? 魂の伴侶、だっけ。で、まだ婚約していないんだから……とりあえず恋人じゃないの?」
「それは。でも、そんな話はまだ……」

 確かに好意は伝えられたし番だとも言われた。
 だが恋人になるという話はしていないのだが。
 困惑するアニエスを見て、ケヴィンは肩をすくめる。


「殿下はもっと押していく人なのかと思っていましたが……」
 ちらりとケヴィンが視線を動かすと、鈍色の瞳の美青年は笑みを浮かべた。

「うん? 番で魂の伴侶というのは間違いないよ。でもアニエスにはアニエスのペースがあるからね。まずは親しい友人からでもいいとは思っている」

 ――いい人だ。
 アニエスは心の底からクロードに感謝した。
 キノコを両肩と腕と手の甲に乗せている変態なのに、輝いて見えるほどだ。

「意外と気長なんですね」
「そ、そうですよね。親しい友人からですよね!」
 気持ちの温度差が激しいルフォール姉弟を眺めながら、クロードは両肩と腕のキノコをむしり取る。

「そうだね。アニエスが俺のことをどう思っているかによるけれど」
「え?」
 テーブルにキノコを並べたクロードは、手の甲のキノコもむしり始めた。

「俺のことを好きだと思ってくれるなら、恋人と言っていいよね」
「え? そ、そうですね?」
 勢いに押されてうなずくアニエスを見ると、クロードは鈍色の瞳を細める。

「それで? アニエスは俺のこと、好き?」
「はい?」
 急な展開に、思わず声が上擦ってしまう。

「――俺は、好きだよ」


 ケヴィンが口笛を吹き、それに合わせるかのようにキノコをむしったばかりのクロードの腕に、一気にキノコが生えた。
 乳白色の小さなキノコはオトメノカーサ、半円球で扁平な緋色のキノコはヒイロターケだろう。
 だがそれどころではないアニエスは、ようやく冷めかけた頬が今度こそ真っ赤に染まるのがわかった。

「アニエスは?」
「うぇっ?」
 妙な声が口から飛び出したが、クロードは笑みを浮かべたままこちらを見つめている。

「俺のこと、嫌い?」
「き、嫌いじゃない、です」
「じゃあ、好き?」
 鈍色の瞳にまっすぐに見つめられ、アニエスの頬はそろそろ溶け落ちそうだ。

「う。……は、はい……」
 どうにもならない胸の苦しさに、ケヴィンの腕にしがみついたままうなずく。
 それを見たクロードは満足そうにうなずくと、腕に生えたキノコをむしる。

「うん。それじゃあ、恋人同士でいいね」
 驚いて否定しようとするが、満面の笑みを向けられて言葉を失う。
 たとえ手に溢れんばかりのキノコを持っていようとも、好きな人の笑顔というものは強力なのだ。

「は……はい……」
「姉さん、シャツが破けるよ。ちょっと放して」
「無理です。ケヴィン、行かないでください……」
 現在唯一の頼れそうな存在を逃すまいと、ケヴィンの腕に縋りつく。


「困った姉さんだなあ。……まあ、殿下が引きっぱなしじゃなくて安心しました。姉はアレコレのせいで、笑っちゃうほど自己肯定感が低いです。なので終始面倒ではありますが、適度に加減しつつ、基本は甘やかしてください。……フィリップ様の呪縛が解けて、ようやく言葉が通じるようになってきましたので」

「どういう意味ですか?」
 終始面倒という評価は、少しショックだ。
 確かに自分でも面倒だとは思うが。

「俺も父さんも、姉さんには幸せになってほしいってこと」
「わかった。頑張るよ」
「クロード様は頑張らなくていいです。何だか怖いです」

 既にアニエスの胸ははちきれそうに苦しいし、頬だって熱くてたまらない。
 この上何かされたら、とても体がもちそうにない。
 だが必死なアニエスに対して、クロードは楽しそうに笑うばかりだ。

「何も怖いことなんてしないよ、大丈夫。……それじゃあ、ケヴィンも一緒に三人で出かけよう。迎えに来るから、待っていて」
「は、はい」

 うなずきつつもケヴィンの腕を放さない様子を見ると、クロードは苦笑しながらアニエスの頭を撫でる。
 優しく撫でられて少し緊張が解けると、クロードはアニエスの手を取り、その甲に唇を落とした。

「――きゃああ!」
 アニエスの悲鳴と共に、淡黄褐色のキノコがクロードの胸に生える。
 ヘラ状の傘がいくつも集まったキノコは、チョレイマイターケだ。
 もう何が何だかわからないが、そろそろアニエスの胸は爆発するような気がする。

「またね」
 クロードはすべてのキノコをポケットにしまうと、そのまま笑顔で庭を去って行った。


「……いつまでくっついているの、姉さん」
 ケヴィンの腕を解放すると、シャツの皺が酷いことになっている。

「ケヴィン。私、どうしたらいいのかわかりません」
「何が?」
「全部です」
 正直に訴えると、ケヴィンはたまらないとばかりに吹き出した。

「姉さんはさ、フィリップ様に抑圧されて、自分のしたいようにすることに慣れていないんだよね。思ったことを言っていいんだよ。誰にも非難されないから大丈夫。馬車での外出も、嫌ならそう言えばいい。殿下は怒ったりしないよ。……行きたくない?」

「いいえ」
 アニエスが首を振ると、ケヴィンも同じように首を振る。

「違うよ。行きたい、だろう? だいぶ良くなってはきたけれど、へなちょこ王族の負の影響は根深いな。本当に、俺達がもっと早くに気付いていたら……」
 そう言って少し俯くケヴィンは、何かを振り払うように頭を振った。

「ようやく解放されたんだ。これからはもっと、自分の好きなようにして。意見を押し通して」
「わがままレディ、ですか?」
「そう。あんまり酷かったらちゃんと止める。だから、今はそこを目指していいと思うよ。何度でも言うけれど、俺達は姉さんが好きだから。幸せになってほしい」

 アニエスは目を瞬かせると、口元を綻ばせてうなずく。
 同じ好きでも、クロードのように胸を激しく揺さぶったりはしない。
 じんわりと温かくなるそれは、とても心地が良かった。

「はい。ありがとうございます」
「――うん。言葉が通じるって、いいな」
「何ですか、それ」
 ケヴィンはシャツの皺を叩いて伸ばすと、にこりと微笑む。

「ようやく姉さんが姉さんらしくなれるのが嬉しいんだよ。な?」
 ケヴィンはそう言って、腕に生えたままのヘビキノコモドーキを撫でる。
 気のせいか、アニエスの目にはキノコがゆらゆらと揺れているように見えた。



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【今日のキノコ】

ヘビキノコモドキ(蛇茸擬き)
灰褐色の傘に黒褐色のイボを持ち、ヒョウ柄のようにも見えるキノコ。
肉は白色で特徴的な味はないが、毒キノコなので口に入れてはいけない……キノコの勇者は、今日も食べてはいけないものに挑んでいるらしい。
どこかのおばさまが好むような柄を持っているだけあって、噂話が大好きなおばちゃん気質。
オトメノカサとは情報交換をする仲。
「最近の若いキノコはいいわねえ」が口癖で、今はアニエスの恋路に興味津々。

オトメノカサ(「女王が二本降臨しました」参照)
乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。
乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。
「好きぃー!」と絶叫しながら再び生えてきたが、キノコなのでアニエスには聞こえなかった。
もし聞こえていたら、アニエスの鼓膜が危険だった。

ヒイロタケ(緋色茸)
半円球で扁平な緋色のキノコで、全身錆びついたサルノコシカケという感じ。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
放って置くとどこまでも勝手に盛り上がるオトメノカサにブレーキをかける役割だが、ほぼ機能していない。
クロードの告白のせいで飛び出したオトメノカサについて来たが、やはり止められなかった。

チョレイマイタケ(猪苓舞茸)
淡黄褐色の小さなヘラ状の傘がいくつも集まったキノコ。
地中に菌核があり、それが猪苓と呼ばれる生薬となる。
キノコ部分は食べられるし、結構美味しいらしい。
胸が苦しいとアニエスが訴えたので、助けなければと慌てて生えてきた。
だが効能は利尿や解熱なので、恋のときめきには無効だった。
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