【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
30 面倒じゃありませんか?
「姉さん、そろそろクロード様が到着するよ。いい加減に出てきなよ」
「でも」
扉の向こうからケヴィンのため息が聞こえるが、アニエスだって困っているのだ。
自身の姿に視線を落とすと、悩みの原因がすぐに目に入った。
淡いピンク色の生地をふんだんに使ったワンピースには、同色のフリルが可愛らしく添えられている。
襟と袖の生地は白で、端には小さなビーズが縫い付けられて、キラキラと輝く。
首元と腰と二の腕には黒のリボンが入っていることで全体が引き締まり、子供っぽくない可愛らしさだ。
ワンピースと共に入っていた指示書通り首元にリボンを結んで、その結び目にキノコのブローチをつけたが、これはさすがにどうなのだろう。
髪飾り用としてピンクと黒のリボンが入っていたのでテレーズに任せた結果、サイドの髪にリボンを編み込んで、それ以外は自然におろしている。
……つまり、髪はほぼそのままおろしている。
アニエスの髪は桃花色で、ワンピースはピンク色で、キノコのブローチもピンク。
これでは全身ピンクの浮かれた女ではないか。
「や、やっぱり着替えます」
あらためて認識したことで限界に達したアニエスが訴えると、扉の向こうでケヴィンのため息が聞こえた。
「贈られたワンピースを着るって約束なんだろう? テレーズも似合ってるって言っていたよ? それに、もうすぐ殿下が来る。諦めて出てきなよ」
「でも――せめて、髪。髪をまとめます」
付け焼刃だとは思うが、ピンクの面積を減らせばダメージも減るかもしれない。
手始めにリボンを解こうと手をかけると、何やらケヴィンが動いている音がした。
「――アニエス」
「ひっ!」
ケヴィンとは違うその声に、思わず小さな悲鳴を上げる。
「クロード様、ですか? 約束の時間はまだ……」
「楽しみで、待ちきれなくてね。それで? もう着替えたの?」
「はい、いえ、あの。少し待ってください」
予想外の早さで来たが、まだ何とかなる。
支度途中の部屋の扉を開けるような人ではないのだから、髪をまとめてから出て行けばいいのだ。
「もう全部支度は終えています。色がどうとか髪がどうとか言いたいんですよ。もう、さっさと連れて行ってください」
「――ああ、ケヴィン! 裏切者!」
内部事情をあっさりばらされ、アニエスは非難の声を上げる。
「アニエス、おいで」
静かな声に、決意が揺らぐ。
「でも、あの」
「――おいで」
「うう……」
これでフィリップのように喚くのならば、断固拒否することもできる。
だがクロードは声を荒げることはないし、アニエスを否定することもない。
だから無視することも、従わないこともできなくて……追い詰められたアニエスは、ゆっくりと扉に手をかけた。
「凄く可愛い。とても似合っているよ、アニエス」
「わあ。華やかだねえ。うんうん、その調子!」
二人が満面の笑みを向けてくるから、更にアニエスの心はいたたまれなくなる。
「でも。私、髪がこれなのに、ワンピースもピンクで、キノコもピンクで」
「うん。綺麗だよ」
間髪入れない言葉と笑みに、もう何も返すことができない。
言葉が出ないアニエスの代わりとばかりに、クロードの腕にキノコが生えた。
濃い桃色の傘は、トキイロヒラターケだろう。
どうにもできずに頬を染めるアニエスの手を、キノコをつけたままのクロードが引いていく。
手を振るケヴィンに見送られながら、そのまま二人で馬車に乗った。
「馬車、なんですね」
街に出掛けるのなら、歩いて行くこともできる。
その方が小回りが利いて動きやすいのだが、今日は馬車移動らしい。
「うん。練習も兼ねてね」
腕に生えたキノコをむしるクロードは簡素なシャツ姿だが、まったく高貴な雰囲気を抑えられていない。
さすがは生粋の王族の気品は違うと感心していると、その胸元に青いキノコのブローチが輝いていることに気付く。
これでは本格的にお揃いではないか。
何だか更に恥ずかしくなって、アニエスは視線を車窓に移した。
「そっちに座ってもいい?」
「え。は、はい」
座ってほしいかほしくないかで言えば、座ってほしくない。
だが座ってもいいか悪いかと言われれば……拒否するのが申し訳ないし、嫌ではない。
どうしてこうもいちいち心に負担がかかるのだろう。
そして今まで経験してきた負担と違って、少し心地良いのだから、本当に困ってしまう。
緊張で体を硬くするアニエスを見て苦笑すると、クロードは楽しそうに目を細めた。
「そのワンピース、とても似合っている。アニエスは気にしているけれど、とても綺麗な髪なんだよ。隠すこともないし、卑下することもない。……本当はドレスをこの色にしようかと思ったんだけど、それはまだ早いかなと思って」
ドレスということは、大勢の前で全身ピンク色を披露するということか。
「……無理、無理です」
考えただけでも、背筋がぞっとする。
「うん。だから、まずはワンピースで出かけることから慣れよう。人はね、意外と他人を見ていないよ。見るとすれば、それはアニエスが綺麗だからだ。今日は初回だし、気疲れしないように移動は馬車にして、早めに帰るつもりだよ」
「クロード様。私のこと……面倒じゃありませんか?」
意を決して尋ねてみると、クロードは不思議そうに首を傾げた。
「あの、せっかくの厚意を素直に受け取れませんし。いちいち色々気になりますし、その……」
――もう、関わるのが嫌になりませんか。
一番聞きたい言葉を口にできず、じっと俯く。
ずっと心配だったが、これを肯定されたらと思うと怖くて聞けなかった。
「アニエスは、俺がかまうのは、嫌?」
「――そんなこと、ありません!」
勢いよく顔を上げると、そこには慈しむような優しい眼差しだった。
「色々気になるのは仕方ないよ。それだけのことを、君はフィリップにされてきた。今は少しずつ慣れてくれれば、それでいい。……それに、俺はアニエスが好きでこうしてかまっているんだ。存分に頼ってくれていいよ。依存してくれても、一向にかまわない」
「……それはちょっと、嫌です」
クロードのことは好きだが、負担をかけたいわけではない。
まして依存して頼り切るだなんて、望むところではなかった。
「それは残念。……さあ、着いたよ。行こうか」
クロードの手を取って馬車から降りると、いつもの街の喧騒がアニエスを包み込む。
本来なら何ともないのだが、何せ今日はピンクの化身状態だ。
緊張しながら歩くアニエスを見て、隣のクロードが笑った。
============
今日も控えめの1キノコです。
【今日のキノコ】
トキイロヒラタケ(「キノコを交えた惚気って何ですか」参照)
濃い桃色の傘を持っており、次第に色褪せて淡黄白色になるキノコ。
食用だが、成長すると硬く繊維質になるので若いうちに食べておきたい。
美しいピンク色は加熱すると色褪せるので、生でスライスしてマリネがおすすめ。
ワンピースがピンク色なのが嬉しくて生えてきたら、アニエスの頬もピンク色なことに気付き、何だか更に嬉しくなってきた。
「でも」
扉の向こうからケヴィンのため息が聞こえるが、アニエスだって困っているのだ。
自身の姿に視線を落とすと、悩みの原因がすぐに目に入った。
淡いピンク色の生地をふんだんに使ったワンピースには、同色のフリルが可愛らしく添えられている。
襟と袖の生地は白で、端には小さなビーズが縫い付けられて、キラキラと輝く。
首元と腰と二の腕には黒のリボンが入っていることで全体が引き締まり、子供っぽくない可愛らしさだ。
ワンピースと共に入っていた指示書通り首元にリボンを結んで、その結び目にキノコのブローチをつけたが、これはさすがにどうなのだろう。
髪飾り用としてピンクと黒のリボンが入っていたのでテレーズに任せた結果、サイドの髪にリボンを編み込んで、それ以外は自然におろしている。
……つまり、髪はほぼそのままおろしている。
アニエスの髪は桃花色で、ワンピースはピンク色で、キノコのブローチもピンク。
これでは全身ピンクの浮かれた女ではないか。
「や、やっぱり着替えます」
あらためて認識したことで限界に達したアニエスが訴えると、扉の向こうでケヴィンのため息が聞こえた。
「贈られたワンピースを着るって約束なんだろう? テレーズも似合ってるって言っていたよ? それに、もうすぐ殿下が来る。諦めて出てきなよ」
「でも――せめて、髪。髪をまとめます」
付け焼刃だとは思うが、ピンクの面積を減らせばダメージも減るかもしれない。
手始めにリボンを解こうと手をかけると、何やらケヴィンが動いている音がした。
「――アニエス」
「ひっ!」
ケヴィンとは違うその声に、思わず小さな悲鳴を上げる。
「クロード様、ですか? 約束の時間はまだ……」
「楽しみで、待ちきれなくてね。それで? もう着替えたの?」
「はい、いえ、あの。少し待ってください」
予想外の早さで来たが、まだ何とかなる。
支度途中の部屋の扉を開けるような人ではないのだから、髪をまとめてから出て行けばいいのだ。
「もう全部支度は終えています。色がどうとか髪がどうとか言いたいんですよ。もう、さっさと連れて行ってください」
「――ああ、ケヴィン! 裏切者!」
内部事情をあっさりばらされ、アニエスは非難の声を上げる。
「アニエス、おいで」
静かな声に、決意が揺らぐ。
「でも、あの」
「――おいで」
「うう……」
これでフィリップのように喚くのならば、断固拒否することもできる。
だがクロードは声を荒げることはないし、アニエスを否定することもない。
だから無視することも、従わないこともできなくて……追い詰められたアニエスは、ゆっくりと扉に手をかけた。
「凄く可愛い。とても似合っているよ、アニエス」
「わあ。華やかだねえ。うんうん、その調子!」
二人が満面の笑みを向けてくるから、更にアニエスの心はいたたまれなくなる。
「でも。私、髪がこれなのに、ワンピースもピンクで、キノコもピンクで」
「うん。綺麗だよ」
間髪入れない言葉と笑みに、もう何も返すことができない。
言葉が出ないアニエスの代わりとばかりに、クロードの腕にキノコが生えた。
濃い桃色の傘は、トキイロヒラターケだろう。
どうにもできずに頬を染めるアニエスの手を、キノコをつけたままのクロードが引いていく。
手を振るケヴィンに見送られながら、そのまま二人で馬車に乗った。
「馬車、なんですね」
街に出掛けるのなら、歩いて行くこともできる。
その方が小回りが利いて動きやすいのだが、今日は馬車移動らしい。
「うん。練習も兼ねてね」
腕に生えたキノコをむしるクロードは簡素なシャツ姿だが、まったく高貴な雰囲気を抑えられていない。
さすがは生粋の王族の気品は違うと感心していると、その胸元に青いキノコのブローチが輝いていることに気付く。
これでは本格的にお揃いではないか。
何だか更に恥ずかしくなって、アニエスは視線を車窓に移した。
「そっちに座ってもいい?」
「え。は、はい」
座ってほしいかほしくないかで言えば、座ってほしくない。
だが座ってもいいか悪いかと言われれば……拒否するのが申し訳ないし、嫌ではない。
どうしてこうもいちいち心に負担がかかるのだろう。
そして今まで経験してきた負担と違って、少し心地良いのだから、本当に困ってしまう。
緊張で体を硬くするアニエスを見て苦笑すると、クロードは楽しそうに目を細めた。
「そのワンピース、とても似合っている。アニエスは気にしているけれど、とても綺麗な髪なんだよ。隠すこともないし、卑下することもない。……本当はドレスをこの色にしようかと思ったんだけど、それはまだ早いかなと思って」
ドレスということは、大勢の前で全身ピンク色を披露するということか。
「……無理、無理です」
考えただけでも、背筋がぞっとする。
「うん。だから、まずはワンピースで出かけることから慣れよう。人はね、意外と他人を見ていないよ。見るとすれば、それはアニエスが綺麗だからだ。今日は初回だし、気疲れしないように移動は馬車にして、早めに帰るつもりだよ」
「クロード様。私のこと……面倒じゃありませんか?」
意を決して尋ねてみると、クロードは不思議そうに首を傾げた。
「あの、せっかくの厚意を素直に受け取れませんし。いちいち色々気になりますし、その……」
――もう、関わるのが嫌になりませんか。
一番聞きたい言葉を口にできず、じっと俯く。
ずっと心配だったが、これを肯定されたらと思うと怖くて聞けなかった。
「アニエスは、俺がかまうのは、嫌?」
「――そんなこと、ありません!」
勢いよく顔を上げると、そこには慈しむような優しい眼差しだった。
「色々気になるのは仕方ないよ。それだけのことを、君はフィリップにされてきた。今は少しずつ慣れてくれれば、それでいい。……それに、俺はアニエスが好きでこうしてかまっているんだ。存分に頼ってくれていいよ。依存してくれても、一向にかまわない」
「……それはちょっと、嫌です」
クロードのことは好きだが、負担をかけたいわけではない。
まして依存して頼り切るだなんて、望むところではなかった。
「それは残念。……さあ、着いたよ。行こうか」
クロードの手を取って馬車から降りると、いつもの街の喧騒がアニエスを包み込む。
本来なら何ともないのだが、何せ今日はピンクの化身状態だ。
緊張しながら歩くアニエスを見て、隣のクロードが笑った。
============
今日も控えめの1キノコです。
【今日のキノコ】
トキイロヒラタケ(「キノコを交えた惚気って何ですか」参照)
濃い桃色の傘を持っており、次第に色褪せて淡黄白色になるキノコ。
食用だが、成長すると硬く繊維質になるので若いうちに食べておきたい。
美しいピンク色は加熱すると色褪せるので、生でスライスしてマリネがおすすめ。
ワンピースがピンク色なのが嬉しくて生えてきたら、アニエスの頬もピンク色なことに気付き、何だか更に嬉しくなってきた。