【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
33 じんわりと、染みる心
「……楽しそうですね」
馬車に戻ったクロードは、ずっとにこにこと微笑んでいる。
肩に生えたピクシーズパラソールも収穫し、キノコのペンダントも手に入れて、ご満悦なのだろう。
「うん。アニエスと一緒だからね。……隣に座っても?」
「はい。どうぞ」
アニエスがうなずくと、すぐにクロードが隣に移動する。
こうして並んで座ることにもだいぶ慣れたし、馬車内で気分が悪くならないのはありがたい。
練習の成果は確実に出ている。
努力が報われるというのは、何だか嬉しいものだ。
「アニエスは、どちらがいい?」
クロードは店主に渡された包みを開けると、ペンダントを取り出す。
「どちら、と言われましても」
透明なキノコに寄り添う石は、ピンクと青。
選択肢があるようで、ない気がする。
「クロード様がピンクをつけるのもあれですので。私がピンク色、でしょうか」
「……本当は俺の色をつけてもらいたいが。仕方がないな」
「だったら、ピンク色を選ばなければいいのでは?」
例えば二つとも青にすれば、クロードの望みは叶う。
……アニエスの心臓は悲鳴を上げるかもしれないが。
だがクロードは首を振り、その動きで花紺青の髪がさらさらと揺れた。
「アニエスの色を、買わないわけにはいかない」
よくわからない使命感に苦笑するアニエスの横で、クロードがピンク色の石がついたペンダントの留め具を外した。
「つけてあげるよ。髪を上げてくれる?」
確かに髪をおろしたままでは、留め具に引っかかってしまう。
言われるままに髪を手で持って後ろを向くと、アニエスの首元にペンダントが収まった。
こうして揺れるキノコを見ると、やはり可愛い。
それほど大きくなくて、一目ではキノコがどうかよくわからないというのも、アニエスの中では評価が高かった。
だが元の位置に座り直すと、クロードが何やら難しい顔で考え込んでいる。
「どうかしましたか?」
「いや。髪を上げるというのは、色っぽいものだな、と思って」
「……え?」
真剣な顔で何を言われたのか理解できず、首を傾げる。
「もう一度、やってくれる?」
それはつまり、アニエスが髪を上げたことに対する評価が……色っぽいということか。
それに気付いた途端、先程まで普通だと思っていた髪を上げるという行為が、一気に危険動作に仲間入りした。
「い、嫌です!」
「そうか。残念」
あっさり諦めてくれたのはいいが、アニエスの心臓は突然の事件にまだ暴れている。
色っぽいのはクロードの方なのだから、変なことを言わないでほしいものだ。
「じゃあ、俺にもつけてくれる?」
「はい」
それなら留め具をはめるだけなので、一瞬だ。
なので何も考えずに承諾したのだが、ペンダントを手渡されて、ふと気付いた。
正面から手を伸ばして首の後ろで留めるのは、身長や手の長さからして、ほとんど抱きついているような状態になりはしないか。
これはいけない、これは危険だ。
「後ろを向いてください」
「うん? いいよ」
素直に背を向けるクロードに、アニエスは安堵の息を吐く。
「これで、アニエスとお揃いのものが増えたね」
ペンダントをつけて振り向きざまに微笑まれ、結局アニエスの鼓動は楽し気にスキップしている。
今日はかなり心臓に負担をかけた気がするが、大丈夫だろうか。
帰宅したら紅茶を飲んで、ゆっくりと心身共に休もう。
「ピンク色のワンピース。誰も気にしていなかっただろう?」
「え? ……はい」
ワンピースについて言及されはしたが、否定の言葉ではない。
それどころか、お世辞だとしても褒めるような内容ばかりだった。
「アニエスは何色を着ても、どんな髪形をしても大丈夫。少しずつ慣れようね」
「……はい」
優しい声音に、アニエスは素直にうなずいた。
「今日は初めてのピンク色の服での外出だ。疲れただろうから、早めに帰って、休んで」
「疲れることを見越して、馬車だったんですね」
そう言えば最初にそんなことを言っていた気がする。
「いや。アニエスとこうして二人きりになりたかったのも、あるかな」
そう言って笑うと、クロードはアニエスの手をすくい取り、その甲に唇を落とした。
「きゃあ!」
慌てて手を引くと同時に、クロードの腕にキノコが生える。
灰褐色の傘に黒褐色のイボは、ヘビキノコモドーキだ。
クロードはキノコに気付いているはずなのに、アニエスから視線を外してくれない。
じっと鈍色の瞳に見つめられて、手にキスをされて。
驚いたのと恥ずかしい気持ちはあるが……何故だか、嫌ではない。
こうしてアニエスの選ばない色の服を用意して、負担にならない程度の時間連れ出して、大丈夫なのだと教えてくれる。
ひとつひとつの行動が、アニエスのためを思ってくれているのだと伝わってきて、胸が温かくて苦しい。
……クロードのことが、好きだ。
じんわりと心に染み込んでいくその感情にアニエスの頬は赤く染まり、それを見守るクロードの瞳には喜色が浮かんでいた。
============
【今日のキノコ】
ピクシーズパラソル(妖精の日傘)
青い傘がガラス細工のようにキラキラ輝くキノコ。
長さが2cmほど、厚さは2mmほどと小さく、壊れやすい。
毒があって食べられない……こんなに小さいのに、試した勇者がいるらしい。
クロードにむしられたが、思った以上に優しいむしり方と保管方法に感動している。
「この恩に報いるためにも、丈夫なキノコになってペンダントを目指す」と意気込んでいる。
ヘビキノコモドキ(「俺は、好きだよ」参照)
灰褐色の傘に黒褐色のイボを持ち、ヒョウ柄のようにも見えるキノコ。
噂話が大好きなおばちゃん気質で、オトメノカサとは情報交換をする仲。
「最近の若いキノコはいいわねえ」が口癖。
胞子の予定が詰まっていたオトメノカサの代わりに、手の甲へのキスに反応して生えてきた。
「若いんだから、勢いも大事よ」とクロードを激励しつつ、「うちのアニエスにチューしたかったら、もっと男を磨きなさい」と矛盾した主張をしている。
馬車に戻ったクロードは、ずっとにこにこと微笑んでいる。
肩に生えたピクシーズパラソールも収穫し、キノコのペンダントも手に入れて、ご満悦なのだろう。
「うん。アニエスと一緒だからね。……隣に座っても?」
「はい。どうぞ」
アニエスがうなずくと、すぐにクロードが隣に移動する。
こうして並んで座ることにもだいぶ慣れたし、馬車内で気分が悪くならないのはありがたい。
練習の成果は確実に出ている。
努力が報われるというのは、何だか嬉しいものだ。
「アニエスは、どちらがいい?」
クロードは店主に渡された包みを開けると、ペンダントを取り出す。
「どちら、と言われましても」
透明なキノコに寄り添う石は、ピンクと青。
選択肢があるようで、ない気がする。
「クロード様がピンクをつけるのもあれですので。私がピンク色、でしょうか」
「……本当は俺の色をつけてもらいたいが。仕方がないな」
「だったら、ピンク色を選ばなければいいのでは?」
例えば二つとも青にすれば、クロードの望みは叶う。
……アニエスの心臓は悲鳴を上げるかもしれないが。
だがクロードは首を振り、その動きで花紺青の髪がさらさらと揺れた。
「アニエスの色を、買わないわけにはいかない」
よくわからない使命感に苦笑するアニエスの横で、クロードがピンク色の石がついたペンダントの留め具を外した。
「つけてあげるよ。髪を上げてくれる?」
確かに髪をおろしたままでは、留め具に引っかかってしまう。
言われるままに髪を手で持って後ろを向くと、アニエスの首元にペンダントが収まった。
こうして揺れるキノコを見ると、やはり可愛い。
それほど大きくなくて、一目ではキノコがどうかよくわからないというのも、アニエスの中では評価が高かった。
だが元の位置に座り直すと、クロードが何やら難しい顔で考え込んでいる。
「どうかしましたか?」
「いや。髪を上げるというのは、色っぽいものだな、と思って」
「……え?」
真剣な顔で何を言われたのか理解できず、首を傾げる。
「もう一度、やってくれる?」
それはつまり、アニエスが髪を上げたことに対する評価が……色っぽいということか。
それに気付いた途端、先程まで普通だと思っていた髪を上げるという行為が、一気に危険動作に仲間入りした。
「い、嫌です!」
「そうか。残念」
あっさり諦めてくれたのはいいが、アニエスの心臓は突然の事件にまだ暴れている。
色っぽいのはクロードの方なのだから、変なことを言わないでほしいものだ。
「じゃあ、俺にもつけてくれる?」
「はい」
それなら留め具をはめるだけなので、一瞬だ。
なので何も考えずに承諾したのだが、ペンダントを手渡されて、ふと気付いた。
正面から手を伸ばして首の後ろで留めるのは、身長や手の長さからして、ほとんど抱きついているような状態になりはしないか。
これはいけない、これは危険だ。
「後ろを向いてください」
「うん? いいよ」
素直に背を向けるクロードに、アニエスは安堵の息を吐く。
「これで、アニエスとお揃いのものが増えたね」
ペンダントをつけて振り向きざまに微笑まれ、結局アニエスの鼓動は楽し気にスキップしている。
今日はかなり心臓に負担をかけた気がするが、大丈夫だろうか。
帰宅したら紅茶を飲んで、ゆっくりと心身共に休もう。
「ピンク色のワンピース。誰も気にしていなかっただろう?」
「え? ……はい」
ワンピースについて言及されはしたが、否定の言葉ではない。
それどころか、お世辞だとしても褒めるような内容ばかりだった。
「アニエスは何色を着ても、どんな髪形をしても大丈夫。少しずつ慣れようね」
「……はい」
優しい声音に、アニエスは素直にうなずいた。
「今日は初めてのピンク色の服での外出だ。疲れただろうから、早めに帰って、休んで」
「疲れることを見越して、馬車だったんですね」
そう言えば最初にそんなことを言っていた気がする。
「いや。アニエスとこうして二人きりになりたかったのも、あるかな」
そう言って笑うと、クロードはアニエスの手をすくい取り、その甲に唇を落とした。
「きゃあ!」
慌てて手を引くと同時に、クロードの腕にキノコが生える。
灰褐色の傘に黒褐色のイボは、ヘビキノコモドーキだ。
クロードはキノコに気付いているはずなのに、アニエスから視線を外してくれない。
じっと鈍色の瞳に見つめられて、手にキスをされて。
驚いたのと恥ずかしい気持ちはあるが……何故だか、嫌ではない。
こうしてアニエスの選ばない色の服を用意して、負担にならない程度の時間連れ出して、大丈夫なのだと教えてくれる。
ひとつひとつの行動が、アニエスのためを思ってくれているのだと伝わってきて、胸が温かくて苦しい。
……クロードのことが、好きだ。
じんわりと心に染み込んでいくその感情にアニエスの頬は赤く染まり、それを見守るクロードの瞳には喜色が浮かんでいた。
============
【今日のキノコ】
ピクシーズパラソル(妖精の日傘)
青い傘がガラス細工のようにキラキラ輝くキノコ。
長さが2cmほど、厚さは2mmほどと小さく、壊れやすい。
毒があって食べられない……こんなに小さいのに、試した勇者がいるらしい。
クロードにむしられたが、思った以上に優しいむしり方と保管方法に感動している。
「この恩に報いるためにも、丈夫なキノコになってペンダントを目指す」と意気込んでいる。
ヘビキノコモドキ(「俺は、好きだよ」参照)
灰褐色の傘に黒褐色のイボを持ち、ヒョウ柄のようにも見えるキノコ。
噂話が大好きなおばちゃん気質で、オトメノカサとは情報交換をする仲。
「最近の若いキノコはいいわねえ」が口癖。
胞子の予定が詰まっていたオトメノカサの代わりに、手の甲へのキスに反応して生えてきた。
「若いんだから、勢いも大事よ」とクロードを激励しつつ、「うちのアニエスにチューしたかったら、もっと男を磨きなさい」と矛盾した主張をしている。