【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
34 おまえが笑っていることが
「クロード・ヴィザージュ第四王子殿下から、正式にアニエスに婚約の打診が来ている」
ブノワの私室に呼び出されて向かうと、開口一番にそう告げられた。
既に本人に言われていたし、王族に紹介した時点で婚約者と同じようなものだとも言われた。
だが、こうしてあらたまって話を聞くと、何だか不思議な気持ちになってくる。
「はい」
ティーカップを置いて正面に座るブノワを見ると、アニエスは背筋を正した。
「アニエスは、どうしたい?」
「私、すぐに結婚は無理だとお伝えしています」
普通に考えれば、失礼な話だ。
王位継承権第二位の王子に対して、アニエスは平民出の伯爵令嬢。
本来ならば身に余る縁談に、断る術も理由もない。
「うん。それは聞いているよ。殿下も待つと仰ってくださった。……それで、婚約する方向で話を進めるのは、かまわないんだね?」
アニエスがうなずくと、ブノワの口元がゆっくりと綻んでいく。
「……そうか」
何かを噛みしめるように笑みを浮かべたブノワは、紅茶を一口飲むと、小さく息を吐く。
「アニエス。フィリップ様の件では、つらい思いをさせて悪かったね。もう、頭皮がもげたへなちょこ王族のことは忘れて、クロード殿下と幸せになりなさい。……おまえの幸せを、エリーズもジョスも祈っているよ」
「……はい」
アニエスの実の両親の名を、ブノワが口にするのは珍しい。
かつてアニエスがふさぎ込んでいた時には、その名を聞くだけで泣いていたから、自然と耳にする機会も減っていた。
久しぶりに聞いた両親の名は、以前のような悲しい思い出を引き出すものではない。
寂しい気持ちはあるけれど、それ以上に愛されていたという嬉しい記憶の方が強くなっていた。
これは時間の経過で悲しみが癒されたのと、先日両親の姿と言葉を思い出したせいもあるだろう。
「そうだ。お父様、緑青の瞳は隣国では祝福の色らしいですよ」
「どうしてそれを?」
この反応からすると、どうやら知っていたらしい。
「王宮の服飾部門の代表という方に聞きました。お祖母様が隣国の方だそうです。それで……お父さんにそう言われていたのを、思い出したんです」
「それは、いつ頃の記憶だい?」
「たぶん、馬車の事故の直前だと思います。お父さんの服と指輪を憶えていましたから」
ブノワは少し眉を顰めながらもうなずき、先を促した。
「『――アニエス。私の宝物。祝福の瞳と桃花色の髪を持つ、キノコのお姫様。……どうか、幸せに』…お父さんは、そう言っていました」
馬車の事故の時だと思うと少し怖いが、それでも父の言葉を思い出せたのは嬉しい。
それを共有したくて話したのだが、何故かブノワの表情は曇っている。
……いや、曇るというよりも、悲しそうというべきか。
「……そうか。そう、言ったのか」
「お父様?」
何か、いけないことを言っただろうか。
あの時、ブノワの妻であるルフォール伯爵夫人も亡くなっている。
今の話で、妻を亡くした悲しみを刺激してしまったのかもしれない。
ルフォール伯爵夫人の言葉も憶えていたら良かったのだが……思い出せない以上、どうしようもない。
ブノワは口元を手で覆うと、大きなため息をつく。
その瞬間、破裂音と共にテーブルの上にキノコが生えた。
赤い傘に白いイボを持つのはベニテングターケだ。
謎のタイミングではあるが、ブノワはそれほど驚く様子もなくキノコを見つめ、何故かその傘を優しく撫でた。
「――アニエス、聞きなさい」
「はい、お父様」
ブノワの真剣な様子に、再び姿勢を正す。
「エリーズとジョスは、おまえのことを心から愛し、大切にしていた。……それを忘れてはいけないよ。おまえが幸せに笑っていることが、二人にとっても幸せになる」
「はい」
「もちろん、私とケヴィンにとっても同じだ」
「――はい。ありがとうございます」
ずっと迷惑ばかりかけていたブノワとケヴィンには、負い目があった。
それでも、彼らのアニエスに対する優しさは間違いようがない。
もう遠い記憶になってしまっているけれど、かつての両親と同じようにアニエスを思ってくれているのだと、身に染みてわかっていた。
アニエスの口元が綻ぶのを見たブノワは、ようやく少し笑みを取り戻し、ゆっくりとうなずいた。
「クロード殿下なら、おまえを守れる。……きっと、守ってくださるだろう」
「守るって。少し大袈裟ですよ」
娘を嫁に出す男親は繊細だと聞いたことがあるが、そういう心境なのだろうか。
まだ婚約をするというだけだし、感傷に浸るのは早いと思う。
「そうだな。……そうだと、いいな」
そう呟くと、苦笑するアニエスにつられてブノワも笑みをこぼした。
============
【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
アニエスを心配するブノワに「アニエスは我々が守るから大丈夫」と伝えるために生えてきた。
キノコなので言葉は通じていないが、何となく意図は伝わったはずだと思っている。
ブノワの私室に呼び出されて向かうと、開口一番にそう告げられた。
既に本人に言われていたし、王族に紹介した時点で婚約者と同じようなものだとも言われた。
だが、こうしてあらたまって話を聞くと、何だか不思議な気持ちになってくる。
「はい」
ティーカップを置いて正面に座るブノワを見ると、アニエスは背筋を正した。
「アニエスは、どうしたい?」
「私、すぐに結婚は無理だとお伝えしています」
普通に考えれば、失礼な話だ。
王位継承権第二位の王子に対して、アニエスは平民出の伯爵令嬢。
本来ならば身に余る縁談に、断る術も理由もない。
「うん。それは聞いているよ。殿下も待つと仰ってくださった。……それで、婚約する方向で話を進めるのは、かまわないんだね?」
アニエスがうなずくと、ブノワの口元がゆっくりと綻んでいく。
「……そうか」
何かを噛みしめるように笑みを浮かべたブノワは、紅茶を一口飲むと、小さく息を吐く。
「アニエス。フィリップ様の件では、つらい思いをさせて悪かったね。もう、頭皮がもげたへなちょこ王族のことは忘れて、クロード殿下と幸せになりなさい。……おまえの幸せを、エリーズもジョスも祈っているよ」
「……はい」
アニエスの実の両親の名を、ブノワが口にするのは珍しい。
かつてアニエスがふさぎ込んでいた時には、その名を聞くだけで泣いていたから、自然と耳にする機会も減っていた。
久しぶりに聞いた両親の名は、以前のような悲しい思い出を引き出すものではない。
寂しい気持ちはあるけれど、それ以上に愛されていたという嬉しい記憶の方が強くなっていた。
これは時間の経過で悲しみが癒されたのと、先日両親の姿と言葉を思い出したせいもあるだろう。
「そうだ。お父様、緑青の瞳は隣国では祝福の色らしいですよ」
「どうしてそれを?」
この反応からすると、どうやら知っていたらしい。
「王宮の服飾部門の代表という方に聞きました。お祖母様が隣国の方だそうです。それで……お父さんにそう言われていたのを、思い出したんです」
「それは、いつ頃の記憶だい?」
「たぶん、馬車の事故の直前だと思います。お父さんの服と指輪を憶えていましたから」
ブノワは少し眉を顰めながらもうなずき、先を促した。
「『――アニエス。私の宝物。祝福の瞳と桃花色の髪を持つ、キノコのお姫様。……どうか、幸せに』…お父さんは、そう言っていました」
馬車の事故の時だと思うと少し怖いが、それでも父の言葉を思い出せたのは嬉しい。
それを共有したくて話したのだが、何故かブノワの表情は曇っている。
……いや、曇るというよりも、悲しそうというべきか。
「……そうか。そう、言ったのか」
「お父様?」
何か、いけないことを言っただろうか。
あの時、ブノワの妻であるルフォール伯爵夫人も亡くなっている。
今の話で、妻を亡くした悲しみを刺激してしまったのかもしれない。
ルフォール伯爵夫人の言葉も憶えていたら良かったのだが……思い出せない以上、どうしようもない。
ブノワは口元を手で覆うと、大きなため息をつく。
その瞬間、破裂音と共にテーブルの上にキノコが生えた。
赤い傘に白いイボを持つのはベニテングターケだ。
謎のタイミングではあるが、ブノワはそれほど驚く様子もなくキノコを見つめ、何故かその傘を優しく撫でた。
「――アニエス、聞きなさい」
「はい、お父様」
ブノワの真剣な様子に、再び姿勢を正す。
「エリーズとジョスは、おまえのことを心から愛し、大切にしていた。……それを忘れてはいけないよ。おまえが幸せに笑っていることが、二人にとっても幸せになる」
「はい」
「もちろん、私とケヴィンにとっても同じだ」
「――はい。ありがとうございます」
ずっと迷惑ばかりかけていたブノワとケヴィンには、負い目があった。
それでも、彼らのアニエスに対する優しさは間違いようがない。
もう遠い記憶になってしまっているけれど、かつての両親と同じようにアニエスを思ってくれているのだと、身に染みてわかっていた。
アニエスの口元が綻ぶのを見たブノワは、ようやく少し笑みを取り戻し、ゆっくりとうなずいた。
「クロード殿下なら、おまえを守れる。……きっと、守ってくださるだろう」
「守るって。少し大袈裟ですよ」
娘を嫁に出す男親は繊細だと聞いたことがあるが、そういう心境なのだろうか。
まだ婚約をするというだけだし、感傷に浸るのは早いと思う。
「そうだな。……そうだと、いいな」
そう呟くと、苦笑するアニエスにつられてブノワも笑みをこぼした。
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【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
アニエスを心配するブノワに「アニエスは我々が守るから大丈夫」と伝えるために生えてきた。
キノコなので言葉は通じていないが、何となく意図は伝わったはずだと思っている。