【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
41 私にできること
「本日はワトー公爵邸まで私がご案内します。お茶会の間も待機しておりますので、何かあれば仰ってください」
ケヴィンの前で爆弾発言をしておきながらまったく気にする様子もないモーリスは、そう言うと小さく頭を下げた。
「モーリス様は騎士ですよね? 何故私の送迎をするのですか?」
「私のことは、モーリスと呼び捨てで結構です。先程も申し上げましたが、私はクロード殿下の護衛騎士です。その大切な番であるアニエス様も、もちろん護衛対象に入ります」
「そうですか……大変ですね……」
護衛騎士の仕事のことはよくわからないが、単純に守るべき対象が増えれば仕事も増えるはず。
しかも本来主として仕える相手以外を守らなければいけないなんて、不本意だろうし大変そうだ。
「いいえ。アニエス様のおかげで殿下の調子もよろしいですし、大切な方の護衛を任されるというのは騎士にとって光栄なことです。何も大変ではありませんよ」
クロードの調子という言葉が気になり、アニエスは背筋を正した。
「……クロード様は、体調が悪かったのですか?」
「いえ。そこまではっきりとしたものではないのですが、多少の不調はあるようでした。ですが、アニエス様に出会って以降は機嫌も良く、不調な様子も見受けられません」
「そう、ですか」
成人の頃までに番を見つけなければ衰弱する、という話は聞いた。
具体的に何歳のことをいうのかはわからないが、クロードはそこに差し掛かっていると思っていいはずだ。
となると、既に体調に変化が起こっていてもおかしくはない。
実際、クロードはグラニエ公爵と同じ道をたどると思っていたと言っていたし、いずれはキノコの研究に進むと言っていた。
あれは衰弱する自分を理解しての準備だったのだろう。
今までその可能性に思い至らなかった自分が情けないくらいだ。
ジェロームが早く婚約しろと言うのも当然だ。
既に衰弱の一歩を歩み始めていたのだから、すぐにでも婚約し結婚するのがクロードの体のため。
……それなのに、クロードは待ってくれた。
アニエスの心が伴うのを待つと言ってくれた。
俯くと胸元のブローチが目に入り、思わずそれをぎゅっと握りしめる。
クロードは好意を口にしてくれるから、わかっているつもりでいた。
だがアニエスが考えるよりもずっと深く想い、大切にしてくれているのだ。
嬉しくて、胸が苦しくて、心の奥が温かくなるのを感じる。
「……私に、何ができるでしょうか」
クロードと婚約はするし、いずれ結婚するのだと思う。
だがそれだけではなくて、もっと違うもの……クロードが与えてくれるものに報いたい、という気持ちが強くなっていた。
ポンという破裂音と共に、モーリスの肩にキノコが生える。
赤い傘に白いイボを持つのは、ベニテングターケだ。
突然のキノコに少し驚いた様子のモーリスは、ゆっくりとキノコをむしると取り出したハンカチに包んだ。
恐らくクロードに渡すのだろうが、騎士がキノコをハンカチに包んで王子に渡す光景は、かなり滑稽な気がする。
「私は護衛騎士ですので、番に関して詳しいわけではありません。ですが職務上、竜の血の力を目の当たりにしています。殿下はお強いですが、あの力は人ひとりには負担です。アニエス様がいてこそ、安定する。アニエス様がいるだけで、殿下は幸せなのです。……そんなに難しく考えなくとも大丈夫ですよ」
モーリスの微笑みにつられて、アニエスもゆっくりと口元を綻ばせる。
「ありがとうございます。……そうですよね。私にできることから頑張ればいいですよね。いざとなればキノコも生えますから、それでクロード様を懐柔できますし」
できることなど限られているのだから、気負っても仕方がない。
どうしても不足する部分は、とりあえずキノコを献上することで許してもらおう。
「え? いえ、殿下はキノコを喜ぶでしょうが……懐柔?」
まずは今日のお茶会だ。
王太子妃であり、クロードの義姉であり、アニエスと同じ番の女性。
仲良くなるとまではいかなくても、クロードのためにも悪くない印象でありたい。
「ゼナイド様は、どんな方なのでしょうか。ワトー公爵家の長女で王太子妃、ということくらいしか知らないのですが」
これから話をするのだから、相手に関する情報は多い方がいい。
キノコ入りのハンカチをポケットに入れると、モーリスはうなずいた。
「王太子殿下の番として見出されたのは、三年ほど前です。舞踏会で出会われて婚約し、先日めでたく王太子妃となられました」
「……そう言えば、何故今日は王宮ではなくてワトー公爵邸なのでしょう」
既に王太子妃となったのだから、ゼナイドは現在王宮で暮らしているはず。
ということは、わざわざ王宮から実家である公爵邸に戻っているということだ。
里帰りにしては早い気がするが、アニエスには普通の結婚生活というものがよくわからない。
意外と頻繁に帰るものなのだろうか。
「詳しくは存じませんが、恐らくアニエス様が少しでも緊張せずにいられるよう、王宮以外にしたと思われます」
確かに王宮の中で王太子妃のお茶会に参加するのに比べれば、かなり気持ちが楽だ。
少し顔を合わせただけのアニエスにそこまで心を砕いてくれるとは、なんてありがたいのだろう。
「王太子妃殿下は同じ番であるアニエス様と親しくしたいと仰せだそうです。どうぞ、肩の力を抜いてください」
微笑むモーリスにうなずき返すと、馬車はワトー公爵邸に到着した。
============
【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
自分に何ができるかというアニエスに「アニエスはキノコを生やせるよ!」と言いたくて生えてきた。
いざという時にはクロードを懐柔するという密命を受け、力いっぱい傘を揺らしている。
ケヴィンの前で爆弾発言をしておきながらまったく気にする様子もないモーリスは、そう言うと小さく頭を下げた。
「モーリス様は騎士ですよね? 何故私の送迎をするのですか?」
「私のことは、モーリスと呼び捨てで結構です。先程も申し上げましたが、私はクロード殿下の護衛騎士です。その大切な番であるアニエス様も、もちろん護衛対象に入ります」
「そうですか……大変ですね……」
護衛騎士の仕事のことはよくわからないが、単純に守るべき対象が増えれば仕事も増えるはず。
しかも本来主として仕える相手以外を守らなければいけないなんて、不本意だろうし大変そうだ。
「いいえ。アニエス様のおかげで殿下の調子もよろしいですし、大切な方の護衛を任されるというのは騎士にとって光栄なことです。何も大変ではありませんよ」
クロードの調子という言葉が気になり、アニエスは背筋を正した。
「……クロード様は、体調が悪かったのですか?」
「いえ。そこまではっきりとしたものではないのですが、多少の不調はあるようでした。ですが、アニエス様に出会って以降は機嫌も良く、不調な様子も見受けられません」
「そう、ですか」
成人の頃までに番を見つけなければ衰弱する、という話は聞いた。
具体的に何歳のことをいうのかはわからないが、クロードはそこに差し掛かっていると思っていいはずだ。
となると、既に体調に変化が起こっていてもおかしくはない。
実際、クロードはグラニエ公爵と同じ道をたどると思っていたと言っていたし、いずれはキノコの研究に進むと言っていた。
あれは衰弱する自分を理解しての準備だったのだろう。
今までその可能性に思い至らなかった自分が情けないくらいだ。
ジェロームが早く婚約しろと言うのも当然だ。
既に衰弱の一歩を歩み始めていたのだから、すぐにでも婚約し結婚するのがクロードの体のため。
……それなのに、クロードは待ってくれた。
アニエスの心が伴うのを待つと言ってくれた。
俯くと胸元のブローチが目に入り、思わずそれをぎゅっと握りしめる。
クロードは好意を口にしてくれるから、わかっているつもりでいた。
だがアニエスが考えるよりもずっと深く想い、大切にしてくれているのだ。
嬉しくて、胸が苦しくて、心の奥が温かくなるのを感じる。
「……私に、何ができるでしょうか」
クロードと婚約はするし、いずれ結婚するのだと思う。
だがそれだけではなくて、もっと違うもの……クロードが与えてくれるものに報いたい、という気持ちが強くなっていた。
ポンという破裂音と共に、モーリスの肩にキノコが生える。
赤い傘に白いイボを持つのは、ベニテングターケだ。
突然のキノコに少し驚いた様子のモーリスは、ゆっくりとキノコをむしると取り出したハンカチに包んだ。
恐らくクロードに渡すのだろうが、騎士がキノコをハンカチに包んで王子に渡す光景は、かなり滑稽な気がする。
「私は護衛騎士ですので、番に関して詳しいわけではありません。ですが職務上、竜の血の力を目の当たりにしています。殿下はお強いですが、あの力は人ひとりには負担です。アニエス様がいてこそ、安定する。アニエス様がいるだけで、殿下は幸せなのです。……そんなに難しく考えなくとも大丈夫ですよ」
モーリスの微笑みにつられて、アニエスもゆっくりと口元を綻ばせる。
「ありがとうございます。……そうですよね。私にできることから頑張ればいいですよね。いざとなればキノコも生えますから、それでクロード様を懐柔できますし」
できることなど限られているのだから、気負っても仕方がない。
どうしても不足する部分は、とりあえずキノコを献上することで許してもらおう。
「え? いえ、殿下はキノコを喜ぶでしょうが……懐柔?」
まずは今日のお茶会だ。
王太子妃であり、クロードの義姉であり、アニエスと同じ番の女性。
仲良くなるとまではいかなくても、クロードのためにも悪くない印象でありたい。
「ゼナイド様は、どんな方なのでしょうか。ワトー公爵家の長女で王太子妃、ということくらいしか知らないのですが」
これから話をするのだから、相手に関する情報は多い方がいい。
キノコ入りのハンカチをポケットに入れると、モーリスはうなずいた。
「王太子殿下の番として見出されたのは、三年ほど前です。舞踏会で出会われて婚約し、先日めでたく王太子妃となられました」
「……そう言えば、何故今日は王宮ではなくてワトー公爵邸なのでしょう」
既に王太子妃となったのだから、ゼナイドは現在王宮で暮らしているはず。
ということは、わざわざ王宮から実家である公爵邸に戻っているということだ。
里帰りにしては早い気がするが、アニエスには普通の結婚生活というものがよくわからない。
意外と頻繁に帰るものなのだろうか。
「詳しくは存じませんが、恐らくアニエス様が少しでも緊張せずにいられるよう、王宮以外にしたと思われます」
確かに王宮の中で王太子妃のお茶会に参加するのに比べれば、かなり気持ちが楽だ。
少し顔を合わせただけのアニエスにそこまで心を砕いてくれるとは、なんてありがたいのだろう。
「王太子妃殿下は同じ番であるアニエス様と親しくしたいと仰せだそうです。どうぞ、肩の力を抜いてください」
微笑むモーリスにうなずき返すと、馬車はワトー公爵邸に到着した。
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【今日のキノコ】
ベニテングタケ(「女王が二本降臨しました」参照)
赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。
スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。
運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。
自分に何ができるかというアニエスに「アニエスはキノコを生やせるよ!」と言いたくて生えてきた。
いざという時にはクロードを懐柔するという密命を受け、力いっぱい傘を揺らしている。