【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
44 立派な馬鹿に成長しましたね
「――うわっ!」
短い悲鳴と共に、フィリップの腕から震えが伝わってきた。
見ればフィリップの両肩にはキノコが生えている。
右肩の赤褐色のキノコはナメーコだが、こんもりと株で生えているナメーコのヌメリを顔の半分で受け止めている状態だ。
フィリップが慌てて左手でむしり取ると、今度は左肩に生えた皮を剥いたオレンジのような形のキノコ……ツチグーリが真ん中の球体から勢いよく胞子を噴き出した。
「くそ! またこいつか!」
顔中にナメーコの粘液をつけてぬめった上に胞子で薄汚れたフィリップは、舌打ちをしながらもアニエスの腕を引く。
勢いに負けてフィリップの胸に飛び込みそうになった瞬間、破裂音と共にアニエスの顔に何かがふんわりとぶつかった。
目の前にあるのは黄褐色のひび割れた傘を持つキノコ、アカヤマドーリだ。
どうやらフィリップの首付近に生えたらしいのだが、大きすぎてフィリップの顔から胸までを完全に覆っていた。
腕の力が緩んだので慌てて離れると、フィリップが何やらもがいている。
両手を使ってジタバタしていたかと思うと、キノコをむしって荒い息を吐いた。
しきりに口を拭っているところから察するに、アカヤマドーリは唇にでも生えたのだろう。
おかげでアニエスはフィリップに抱きしめられずに済んだので、キノコクッションと化したアカヤマドーリには感謝したい。
とにかくこの部屋から逃げようとすると、扉の前にフィリップが立ちはだかった。
「キ、キノコでどうにかしようとしても無駄だぞ! おまえは俺のものだ。この部屋から出さないからな!」
「誘拐に監禁まで追加ですか。へなちょこだとは思っていましたが、立派な馬鹿に成長しましたね!」
フィリップがいくら王族の端くれとはいえ、貴族令嬢を誘拐し監禁してお咎めなしということはないだろう。
まして非公式とはいえ、アニエスはクロードの番として国王に紹介されているし、王族であるフィリップが知らなかったと言っても通じないはず。
それに手を出すということは、国王の決定に背いたとみなされても仕方がない。
フィリップがどの程度理解して、覚悟して、こんな行動に出たのかはわからないが、馬鹿だとしか言いようがなかった。
「大体、私が邪魔だから婚約破棄を宣言したのでしょうに、何のために閉じ込めるつもりですか」
「違う。……おまえこそ何故、あの後俺を追ってこない」
まるでアニエスに傷つけられたかのように寂しそうな顔で問いかけられたが、意味がわからない。
「追うって何ですか。恨みを晴らすべく、武器を持って襲撃でもしてほしかったのですか?」
「そうじゃない。俺のそばにいたいと、追いかけてこなかったじゃないか」
「そりゃあ……そばにいたくないのですから、追うわけがありません」
元々都合が合って婚約しただけで、深い愛情で繋がっていたというわけでもない。
基本的にあれをするなこれは駄目だと口うるさく、一度たりとも好意どころか親しみさえ見せてこなかった相手だ。
それも勝手に浮気して公開婚約破棄までしてきた。
これでもまだそばにいたいと思えるものをフィリップが持っているのなら、教えてもらいたいくらいだ。
だが、アニエスの一言にフィリップは鈍色の瞳を大きく見開いて固まる。
泣くのではないかと思うほど瞳を震わせると、拳を握りしめるのが見えた。
「……アニエスは、俺よりも……クロードが、好きなのか」
弱々しい声で尋ねられた内容が、これまた理解し難い。
クロード云々の前に、何故フィリップに好意があった前提なのだろう。
「フィリップ様は婚約者だっただけです。お互いに好きとか嫌いとか、そういう関係ではなかったでしょう。……それに、私が好きなのは」
そこまで口にして、さすがに恥ずかしくなり口を閉ざす。
何も宣言することではなかったと胸に手を当てて心を落ち着けていると、フィリップが俯くのが見えた。
「……なるほど。そういうことか。なら――無理矢理にでも、俺のものにする」
「え?」
顔を上げたフィリップに先程までの泣きそうな様子はなく、鈍色の瞳にはほの暗い炎が見えた気がした。
そのフィリップの頭に、大きなイボが特徴的な白いキノコ……ササクレシロオニターケが生えている。
アニエスに向かってフィリップが手を伸ばした瞬間――盛大な破裂音が周囲に響き渡った。
============
キノコ、必死の攻防!
次話、怒りのキノコ祭りです!
(もう、何のお話なのかわからない)
【今日のキノコ】
ナメコ(「気を付けて」参照)
赤褐色の傘とヌメリを持った、群生が得意なキノコ。
価格も手頃で、ご家庭でも愛される有名キノコ。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員で、ぬめり系キノコの代表的存在。
「アニエスは、おまえのものじゃない。我々のお姫様だ!」と全力のぬめりをフィリップにお見舞いしている。
ツチグリ(「情けなさが、揺るがない」参照)
褐色のヒトデのような外皮の真ん中に球体があり、皮を剥いたオレンジのような見た目。
成熟すると球体の中心部分に穴が開いて胞子を放出する。
一応食べられるが、一般的にはあまり食されない。
フィリップがうるさいので胞子を噴き出したが、ナメコのぬめりのおかげでいい感じに付着している。
アカヤマドリ(赤山鳥)
黄褐色~橙褐色の傘は、直系30cmになることもある、大きなキノコ。
成長すると傘にひび割れができ、焼き立てのパンのようにも見える。
巨大ブールか巨大メロンパンという感じ。
毒はないが、虫がつきやすいらしい。
アニエスがフィリップの胸に飛び込みそうになったので、慌てて間に生えてきた。
人生……菌生最大の大きさの傘を広げアニエスを守るついでに、フィリップの口に生えて喋れなくした。
ササクレシロオニタケ(「隣にいるべきは」参照)
大きなイボが特徴的な白いキノコで、柄の部分にささくれがある。
全身美白した、ベニテングタケという感じ。
一応毒とされているが可食ともされている……って、怖くて食べられない。
アニエスの身辺や心理状況に心を配る、監視キノコ。
フィリップの行動と言動を有罪とみなし、全キノコに緊急通報をした。
短い悲鳴と共に、フィリップの腕から震えが伝わってきた。
見ればフィリップの両肩にはキノコが生えている。
右肩の赤褐色のキノコはナメーコだが、こんもりと株で生えているナメーコのヌメリを顔の半分で受け止めている状態だ。
フィリップが慌てて左手でむしり取ると、今度は左肩に生えた皮を剥いたオレンジのような形のキノコ……ツチグーリが真ん中の球体から勢いよく胞子を噴き出した。
「くそ! またこいつか!」
顔中にナメーコの粘液をつけてぬめった上に胞子で薄汚れたフィリップは、舌打ちをしながらもアニエスの腕を引く。
勢いに負けてフィリップの胸に飛び込みそうになった瞬間、破裂音と共にアニエスの顔に何かがふんわりとぶつかった。
目の前にあるのは黄褐色のひび割れた傘を持つキノコ、アカヤマドーリだ。
どうやらフィリップの首付近に生えたらしいのだが、大きすぎてフィリップの顔から胸までを完全に覆っていた。
腕の力が緩んだので慌てて離れると、フィリップが何やらもがいている。
両手を使ってジタバタしていたかと思うと、キノコをむしって荒い息を吐いた。
しきりに口を拭っているところから察するに、アカヤマドーリは唇にでも生えたのだろう。
おかげでアニエスはフィリップに抱きしめられずに済んだので、キノコクッションと化したアカヤマドーリには感謝したい。
とにかくこの部屋から逃げようとすると、扉の前にフィリップが立ちはだかった。
「キ、キノコでどうにかしようとしても無駄だぞ! おまえは俺のものだ。この部屋から出さないからな!」
「誘拐に監禁まで追加ですか。へなちょこだとは思っていましたが、立派な馬鹿に成長しましたね!」
フィリップがいくら王族の端くれとはいえ、貴族令嬢を誘拐し監禁してお咎めなしということはないだろう。
まして非公式とはいえ、アニエスはクロードの番として国王に紹介されているし、王族であるフィリップが知らなかったと言っても通じないはず。
それに手を出すということは、国王の決定に背いたとみなされても仕方がない。
フィリップがどの程度理解して、覚悟して、こんな行動に出たのかはわからないが、馬鹿だとしか言いようがなかった。
「大体、私が邪魔だから婚約破棄を宣言したのでしょうに、何のために閉じ込めるつもりですか」
「違う。……おまえこそ何故、あの後俺を追ってこない」
まるでアニエスに傷つけられたかのように寂しそうな顔で問いかけられたが、意味がわからない。
「追うって何ですか。恨みを晴らすべく、武器を持って襲撃でもしてほしかったのですか?」
「そうじゃない。俺のそばにいたいと、追いかけてこなかったじゃないか」
「そりゃあ……そばにいたくないのですから、追うわけがありません」
元々都合が合って婚約しただけで、深い愛情で繋がっていたというわけでもない。
基本的にあれをするなこれは駄目だと口うるさく、一度たりとも好意どころか親しみさえ見せてこなかった相手だ。
それも勝手に浮気して公開婚約破棄までしてきた。
これでもまだそばにいたいと思えるものをフィリップが持っているのなら、教えてもらいたいくらいだ。
だが、アニエスの一言にフィリップは鈍色の瞳を大きく見開いて固まる。
泣くのではないかと思うほど瞳を震わせると、拳を握りしめるのが見えた。
「……アニエスは、俺よりも……クロードが、好きなのか」
弱々しい声で尋ねられた内容が、これまた理解し難い。
クロード云々の前に、何故フィリップに好意があった前提なのだろう。
「フィリップ様は婚約者だっただけです。お互いに好きとか嫌いとか、そういう関係ではなかったでしょう。……それに、私が好きなのは」
そこまで口にして、さすがに恥ずかしくなり口を閉ざす。
何も宣言することではなかったと胸に手を当てて心を落ち着けていると、フィリップが俯くのが見えた。
「……なるほど。そういうことか。なら――無理矢理にでも、俺のものにする」
「え?」
顔を上げたフィリップに先程までの泣きそうな様子はなく、鈍色の瞳にはほの暗い炎が見えた気がした。
そのフィリップの頭に、大きなイボが特徴的な白いキノコ……ササクレシロオニターケが生えている。
アニエスに向かってフィリップが手を伸ばした瞬間――盛大な破裂音が周囲に響き渡った。
============
キノコ、必死の攻防!
次話、怒りのキノコ祭りです!
(もう、何のお話なのかわからない)
【今日のキノコ】
ナメコ(「気を付けて」参照)
赤褐色の傘とヌメリを持った、群生が得意なキノコ。
価格も手頃で、ご家庭でも愛される有名キノコ。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員で、ぬめり系キノコの代表的存在。
「アニエスは、おまえのものじゃない。我々のお姫様だ!」と全力のぬめりをフィリップにお見舞いしている。
ツチグリ(「情けなさが、揺るがない」参照)
褐色のヒトデのような外皮の真ん中に球体があり、皮を剥いたオレンジのような見た目。
成熟すると球体の中心部分に穴が開いて胞子を放出する。
一応食べられるが、一般的にはあまり食されない。
フィリップがうるさいので胞子を噴き出したが、ナメコのぬめりのおかげでいい感じに付着している。
アカヤマドリ(赤山鳥)
黄褐色~橙褐色の傘は、直系30cmになることもある、大きなキノコ。
成長すると傘にひび割れができ、焼き立てのパンのようにも見える。
巨大ブールか巨大メロンパンという感じ。
毒はないが、虫がつきやすいらしい。
アニエスがフィリップの胸に飛び込みそうになったので、慌てて間に生えてきた。
人生……菌生最大の大きさの傘を広げアニエスを守るついでに、フィリップの口に生えて喋れなくした。
ササクレシロオニタケ(「隣にいるべきは」参照)
大きなイボが特徴的な白いキノコで、柄の部分にささくれがある。
全身美白した、ベニテングタケという感じ。
一応毒とされているが可食ともされている……って、怖くて食べられない。
アニエスの身辺や心理状況に心を配る、監視キノコ。
フィリップの行動と言動を有罪とみなし、全キノコに緊急通報をした。