【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
46 よくあることでしょう?
まるで親し気に挨拶するかのような笑みにアニエスは混乱するが、それを見てアルマンは更に笑った。
「……何故、ですか」
アニエスは散々髪の色で厭われてきたが、それでも死を願われたことはない。
アルマンとはまだ数回顔を合わせただけだというのに、そこまで嫌われる理由が思い当たらなかった。
「邪魔だから、ですよ」
「邪魔?」
邪魔も何も、ろくに関わっていないというのに。
するとアニエスの心の声が聞こえたのか、鉛色の髪の青年は苦笑した。
「実の兄のグザヴィエは王太子、実の弟のクロードは王位継承権第二位。なのに、第三王子である私は第四位です。……これが、納得がいかないのですよ」
確か、その三人は王妃の子で、アルマンだけが竜紋を持たない。
それゆえの順位なのだろうが……話が繋がらない。
「私が死んだところで、アルマン殿下の順位は変わらないと思いますが」
アルマンは一瞬眉を顰め、何かに気付いたようにうなずいた。
「ああ……。そうか、知らないのですね。――竜紋持ちは、番を失うと急速に衰弱します」
「――え?」
成人の頃までに番を見つけないと徐々に衰弱していくという話だったはずだが、違ったのだろうか。
それに、失うというのはどういう意味なのだろう、
混乱するアニエスに構わず、剣に手をかけたまま、アルマンは笑う。
「騎士のクロードは面倒ですが、衰弱すれば問題ないでしょう。こちらには、切り札もあります。叔父はもともと番を持たないので弱っていますし、グザヴィエ兄上も番を失えば同様です」
「……失うというのは……死ぬという意味、ですか?」
「正解です」
年頃のご令嬢が見たら、うっとりと頬を染めそうな優しい笑みでアルマンはうなずいた。
竜紋持ちは、番が死ねば急速に衰弱する。
……それが真実なのかはわからないが、少なくともアルマンはそれを望んで実行しようとしている。
アニエスの死そのものというよりも、それによってクロードが衰弱することを願っているのだ。
「でも、何故。衰弱させてどうするのですか」
「……竜紋を持っているというだけで、偉そうなんですよ。色が変わるアザで、少しばかり体が頑丈になって魔法が使える程度。それどころか番を持たなければ衰弱し、番を失っても衰弱する。……そんな不安定な存在よりも、竜紋を持たない者が王になった方が、国も王族の数も安定するとは思いませんか?」
「それは……」
一度はアニエスも考えたことだ。
番に左右されて短命になるくらいならば、竜紋などない方が王族の寿命も数も落ち着くのではないかと。
「でも、クロード様は竜紋持ちには意味があると」
「それはそうでしょう。自身の利になるのですから、そう考えて当然です。実際、アニエス嬢を得て、クロードの衰弱の気配は消えました。王族本来の役割に関しても、竜紋を持たなければまったく果たせないわけではない。過去には竜紋持ちがいない時代もあったのですから、間違いありません」
「本来の、役割?」
また、わからない単語が出てきた。
すると、アルマンは呆れとも憐みともとれる笑みを浮かべた。
「これも知らないのですか。まだ正式に婚約していないとはいえ……アニエス嬢は、信頼されていないのでしょうか」
アニエスの肩がぴくりと震える。
クロードに信頼されていないという言葉が、胸の奥に突き刺さった。
その瞬間、破裂音とともにアルマンの腕にキノコが生える。
濃い青色の傘はコンイロイッポンシメージだ。
クロードの花紺青の髪にも似たその色を見て、アニエスは少し落ち着きを取り戻す。
アニエスを否定する者の言葉ではなくて、肯定する者の言葉を選べるようにしよう、とクロードは言っていた。
アルマンがアニエスを肯定しているとは思えないのだから、信頼されているかどうかはクロード本人に聞けばいい。
傷付いていないといえば嘘になるし、そうかもしれないと思う心はある。
だが、それをアルマンに見せてやる必要はないはずだ。
「王位継承順に異議があるのでしたら、正々堂々と訴えて、国の決まりを変えればよろしいのではありませんか? 殿下がしようとしていることは、ただの犯罪です」
「私が王になれば済むだけの話ですよ。そのための必要な犠牲です。……よくあることでしょう?」
つまらなそうにそう言うと、アルマンはキノコをむしって投げ捨てた。
そんな馬鹿なことがあってたまるかとは思うが、おそらくアニエスが何を言ってもアルマンには届かない。
ならば、まずはこの場から逃げなくては。
逃げて、王太子妃であるゼナイドを守るように伝えなくてはいけない。
一歩ずつ下がりながら、鉛色の髪の青年を見据える。
その視線の変化に気付いたらしいアルマンが、剣を鞘から引き抜く。
きらりと刃が光った瞬間、ポンという破裂音があたりに響いた。
黄褐色でぬめりのある傘のカキシメージが、剣の刃を覆いつくすように群生している。
光を反射して輝いていた刃は、今やただのキノコが密集した棒のような状態だ。
「キノコ? ……アニエス嬢ですか」
忌々しそうに剣を振るが、キノコは微動だにしない。
舌打ちしたアルマンが鞘に手をかけると、今度は鞘全体を覆うようにびっしりとキノコが生える。
同じカキシメージのようだが、今度はぬめりが強いのか、きらきらと輝いて見えた。
「……気味が悪いですね。これでは忌み嫌われても仕方がありません」
吐き捨てるようにそう言うと、剣を鞘に納める。
小気味良い音を立てて、たくさんのキノコが芝生の上に散らばった。
鈍色の瞳に浮かぶ敵意に一瞬震えると、すぐにアニエスは踵を返す。
だがあっという間に追いつかれて、腕を捻りあげられる。
短い悲鳴が漏れると、アルマンのため息が聞こえた。
「面倒なことはしないでくださいね。私は女性をいたぶる趣味はありませんので」
ろくでもない理由でひとを殺そうとしておいて、何を言うのだろう。
せめてもの抵抗でアルマンを睨みつけると、鈍色の瞳と目が合った。
クロードと同じ色のはずなのに、そこに宿る光はまったく違う。
視線で攻撃できるとしたら致命傷を負わせるほどの強い視線を送っていると、鈍色の瞳が数回瞬いた。
「……なるほど。クロードが夢中になるのも、わからないでもないですね」
「え?」
アルマンはアニエスの腕を捻り上げていた手を放すと、今度は背中に手をまわして引き寄せた。
ダンスを踊る時以上の密着に、慌ててアルマンの胸を押して離れようとするが、びくともしない。
「それにしても、珍しい髪の色ですね。顔も悪くないですし、瞳の色も美しい。……何なら、私のものになりますか?」
「――は?」
ひとを殺そうとしておいて、何を言っているのだろう。
油断させるにしても、言葉の選択がおかしすぎる。
「目の前で番に裏切られて絶望するクロードというのは、捨てがたいですね。番を殺さなければ衰弱はしないでしょうが……まあ、切り札はありますし。楽しんでから殺しても、遅くはない」
にやりと笑みを向けられ、恐怖から背筋を冷たいものが走り抜けた。
アルマンの手がアニエスの頬に触れた瞬間、目の前を何かが勢いよく飛んでいく。
それが風だと気付いた時には、アルマンの頬はざっくりと切れて、赤い血が滴り始めていた。
「――そこまでです、兄上」
============
キノコ、頑張る!
そして、ようやくあの人が……!
【今日のキノコ】
コンイロイッポンシメジ(「王弟・グラニエ公爵」参照)
濃い青色の傘を持つキノコ。
毒はないらしいが、色が色なので食べてはもらえない。
以前、キノコの話し合いでクロードの髪色に一番近いキノコに認定された、青色キノコ代表。
信頼されていないという言葉にショックを受けるアニエスを見て「そんなことないよ。この色を見て」と自身の青色でクロードを信じるよう訴えている。
カキシメジ(柿占地)
湿気が多いとぬめる黄褐色の傘を持つ毒キノコ。
肉に強い腐臭があり、多少苦い……何故食べたと言いたいが、誤食が非常に多い。
『誤食御三家』の一角で、美味しそうな見た目に加えて群生してキノコの勇者達を惑わせている。
アニエスの身を守ろうと剣の刃や鞘を覆った。
剣を鞘に納めたせいで芝生の上に転がったが、アニエスのために一生懸命ぬめり続けている。
「……何故、ですか」
アニエスは散々髪の色で厭われてきたが、それでも死を願われたことはない。
アルマンとはまだ数回顔を合わせただけだというのに、そこまで嫌われる理由が思い当たらなかった。
「邪魔だから、ですよ」
「邪魔?」
邪魔も何も、ろくに関わっていないというのに。
するとアニエスの心の声が聞こえたのか、鉛色の髪の青年は苦笑した。
「実の兄のグザヴィエは王太子、実の弟のクロードは王位継承権第二位。なのに、第三王子である私は第四位です。……これが、納得がいかないのですよ」
確か、その三人は王妃の子で、アルマンだけが竜紋を持たない。
それゆえの順位なのだろうが……話が繋がらない。
「私が死んだところで、アルマン殿下の順位は変わらないと思いますが」
アルマンは一瞬眉を顰め、何かに気付いたようにうなずいた。
「ああ……。そうか、知らないのですね。――竜紋持ちは、番を失うと急速に衰弱します」
「――え?」
成人の頃までに番を見つけないと徐々に衰弱していくという話だったはずだが、違ったのだろうか。
それに、失うというのはどういう意味なのだろう、
混乱するアニエスに構わず、剣に手をかけたまま、アルマンは笑う。
「騎士のクロードは面倒ですが、衰弱すれば問題ないでしょう。こちらには、切り札もあります。叔父はもともと番を持たないので弱っていますし、グザヴィエ兄上も番を失えば同様です」
「……失うというのは……死ぬという意味、ですか?」
「正解です」
年頃のご令嬢が見たら、うっとりと頬を染めそうな優しい笑みでアルマンはうなずいた。
竜紋持ちは、番が死ねば急速に衰弱する。
……それが真実なのかはわからないが、少なくともアルマンはそれを望んで実行しようとしている。
アニエスの死そのものというよりも、それによってクロードが衰弱することを願っているのだ。
「でも、何故。衰弱させてどうするのですか」
「……竜紋を持っているというだけで、偉そうなんですよ。色が変わるアザで、少しばかり体が頑丈になって魔法が使える程度。それどころか番を持たなければ衰弱し、番を失っても衰弱する。……そんな不安定な存在よりも、竜紋を持たない者が王になった方が、国も王族の数も安定するとは思いませんか?」
「それは……」
一度はアニエスも考えたことだ。
番に左右されて短命になるくらいならば、竜紋などない方が王族の寿命も数も落ち着くのではないかと。
「でも、クロード様は竜紋持ちには意味があると」
「それはそうでしょう。自身の利になるのですから、そう考えて当然です。実際、アニエス嬢を得て、クロードの衰弱の気配は消えました。王族本来の役割に関しても、竜紋を持たなければまったく果たせないわけではない。過去には竜紋持ちがいない時代もあったのですから、間違いありません」
「本来の、役割?」
また、わからない単語が出てきた。
すると、アルマンは呆れとも憐みともとれる笑みを浮かべた。
「これも知らないのですか。まだ正式に婚約していないとはいえ……アニエス嬢は、信頼されていないのでしょうか」
アニエスの肩がぴくりと震える。
クロードに信頼されていないという言葉が、胸の奥に突き刺さった。
その瞬間、破裂音とともにアルマンの腕にキノコが生える。
濃い青色の傘はコンイロイッポンシメージだ。
クロードの花紺青の髪にも似たその色を見て、アニエスは少し落ち着きを取り戻す。
アニエスを否定する者の言葉ではなくて、肯定する者の言葉を選べるようにしよう、とクロードは言っていた。
アルマンがアニエスを肯定しているとは思えないのだから、信頼されているかどうかはクロード本人に聞けばいい。
傷付いていないといえば嘘になるし、そうかもしれないと思う心はある。
だが、それをアルマンに見せてやる必要はないはずだ。
「王位継承順に異議があるのでしたら、正々堂々と訴えて、国の決まりを変えればよろしいのではありませんか? 殿下がしようとしていることは、ただの犯罪です」
「私が王になれば済むだけの話ですよ。そのための必要な犠牲です。……よくあることでしょう?」
つまらなそうにそう言うと、アルマンはキノコをむしって投げ捨てた。
そんな馬鹿なことがあってたまるかとは思うが、おそらくアニエスが何を言ってもアルマンには届かない。
ならば、まずはこの場から逃げなくては。
逃げて、王太子妃であるゼナイドを守るように伝えなくてはいけない。
一歩ずつ下がりながら、鉛色の髪の青年を見据える。
その視線の変化に気付いたらしいアルマンが、剣を鞘から引き抜く。
きらりと刃が光った瞬間、ポンという破裂音があたりに響いた。
黄褐色でぬめりのある傘のカキシメージが、剣の刃を覆いつくすように群生している。
光を反射して輝いていた刃は、今やただのキノコが密集した棒のような状態だ。
「キノコ? ……アニエス嬢ですか」
忌々しそうに剣を振るが、キノコは微動だにしない。
舌打ちしたアルマンが鞘に手をかけると、今度は鞘全体を覆うようにびっしりとキノコが生える。
同じカキシメージのようだが、今度はぬめりが強いのか、きらきらと輝いて見えた。
「……気味が悪いですね。これでは忌み嫌われても仕方がありません」
吐き捨てるようにそう言うと、剣を鞘に納める。
小気味良い音を立てて、たくさんのキノコが芝生の上に散らばった。
鈍色の瞳に浮かぶ敵意に一瞬震えると、すぐにアニエスは踵を返す。
だがあっという間に追いつかれて、腕を捻りあげられる。
短い悲鳴が漏れると、アルマンのため息が聞こえた。
「面倒なことはしないでくださいね。私は女性をいたぶる趣味はありませんので」
ろくでもない理由でひとを殺そうとしておいて、何を言うのだろう。
せめてもの抵抗でアルマンを睨みつけると、鈍色の瞳と目が合った。
クロードと同じ色のはずなのに、そこに宿る光はまったく違う。
視線で攻撃できるとしたら致命傷を負わせるほどの強い視線を送っていると、鈍色の瞳が数回瞬いた。
「……なるほど。クロードが夢中になるのも、わからないでもないですね」
「え?」
アルマンはアニエスの腕を捻り上げていた手を放すと、今度は背中に手をまわして引き寄せた。
ダンスを踊る時以上の密着に、慌ててアルマンの胸を押して離れようとするが、びくともしない。
「それにしても、珍しい髪の色ですね。顔も悪くないですし、瞳の色も美しい。……何なら、私のものになりますか?」
「――は?」
ひとを殺そうとしておいて、何を言っているのだろう。
油断させるにしても、言葉の選択がおかしすぎる。
「目の前で番に裏切られて絶望するクロードというのは、捨てがたいですね。番を殺さなければ衰弱はしないでしょうが……まあ、切り札はありますし。楽しんでから殺しても、遅くはない」
にやりと笑みを向けられ、恐怖から背筋を冷たいものが走り抜けた。
アルマンの手がアニエスの頬に触れた瞬間、目の前を何かが勢いよく飛んでいく。
それが風だと気付いた時には、アルマンの頬はざっくりと切れて、赤い血が滴り始めていた。
「――そこまでです、兄上」
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キノコ、頑張る!
そして、ようやくあの人が……!
【今日のキノコ】
コンイロイッポンシメジ(「王弟・グラニエ公爵」参照)
濃い青色の傘を持つキノコ。
毒はないらしいが、色が色なので食べてはもらえない。
以前、キノコの話し合いでクロードの髪色に一番近いキノコに認定された、青色キノコ代表。
信頼されていないという言葉にショックを受けるアニエスを見て「そんなことないよ。この色を見て」と自身の青色でクロードを信じるよう訴えている。
カキシメジ(柿占地)
湿気が多いとぬめる黄褐色の傘を持つ毒キノコ。
肉に強い腐臭があり、多少苦い……何故食べたと言いたいが、誤食が非常に多い。
『誤食御三家』の一角で、美味しそうな見た目に加えて群生してキノコの勇者達を惑わせている。
アニエスの身を守ろうと剣の刃や鞘を覆った。
剣を鞘に納めたせいで芝生の上に転がったが、アニエスのために一生懸命ぬめり続けている。