【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
48 竜の雷
「アルマン兄上は、フィリップとは違って竜紋と番について理解しているものだと思っていましたが……どうやら過大評価だったようですね」
 左腕でアニエスを抱えたまま、クロードがため息をついた。

「理解していますよ。番は強化役であり、弱点。竜紋はそれに縛られる証です」
 剣を持った男達が周囲を取り囲み、アルマンも懐から短剣を取り出す。

「名もなき人間に殺されたとあっては、騎士の名折れでしょう。番を亡くして正気を失った弟王子にとどめを刺すのは、兄の仕事。安心してください」
 ほの暗い笑みを浮かべるアルマンを見て、クロードはため息と共に笑った。

「――おまえはもう、兄ではない。仮にも王族でありながら犯した罪の重さを、身をもって知るがいい」

 アニエスを抱えていた手を放すと、左手の手袋を外す。
 そこには赤く染まった竜紋があった。

「それを見せてなんだというのですか? 畏怖して引くとでも?」
「いや? 引いたところで……許しはしない」
 クロードは右手でアニエスを抱き寄せると、空いた左手を正面に突き出した。


「――竜紋・発雷(ハツライ)


 ぽつりとこぼれた言葉に呼応して、竜紋が淡く光る。
 それと同時に薄暗い空を無数の稲妻が走り、一筋の光が地面に突き刺さった。

 その光は目を閉じても防げないほどで、稲妻と地面が接した衝撃で空気と大地がビリビリと震える。
 あまりの轟音に、鼓膜が破れたのではないかと錯覚するほどだ。
 アルマンの目の前の地面が大きく抉れ、土が焼けた臭いと煙が立ちのぼった。

「……な、何故。魔法は使えないはず」
 目を見開くアルマンと衝撃で動けない男達をつまらなそうに見ると、クロードは小さく息を吐いた。

「これは精霊の力を借りる魔法ではない。竜の血と竜紋を介して行使する魔法だ。……精霊が干渉できないなら好都合。この場で魔法を使えるのは、俺ひとりというわけだ」
 嘲笑うようにそう言うと、クロードは周囲の男達に目を向ける。

「……竜の雷に焼かれたければ、残れ。死にたくなければ、剣を置いてその場に伏せろ。――二度は言わない」
 提案でも譲歩でもない、ただの通達。
 その圧倒的な言葉の重みに、男達は震えながら剣を捨てて芝生に伏せた。

「こうなったら……」
 額に汗を滲ませたアルマンが懐に入れようとした手を、横から伸びた腕がつかむ。
「――そこまでだ、アルマン」
 山吹色の髪の青年はそう言うと、あっという間にアルマンの腕を捻り上げた。


「……ジェローム兄上、遅いですよ」
「おまえの速度が異常なんだよ。大体、あんな雷地獄じゃ近付けやしない」
 ジェロームが手を上げると騎士と思しき男性達がやってきて、芝生に伏せる男達を連れて行く。

「ジェローム兄上! ちょうど良かった。私につきませんか? 竜紋持ちがいなくなれば、王家は安定する。兄上も王位継承権第二位になれますよ」
 もがきながら訴えるアルマンを心底嫌そうな顔で見ると、ジェロームは肩をすくめた。

「本当に馬鹿なんだな。竜紋持ちを敵に回せばどうなるか、あれを見てわからないのか? クロードがその気になれば、おまえは一瞬で消し炭だ」
 ジェロームが顎で指した先には、人ひとりが余裕で入れるほどの大きな穴が開いている。
 クロードの雷で抉れたそこは、いまだに煙が上がっていた。

「それに、仮に竜紋持ちが全員いなくなったら……おまえを引きずりおろして俺が王になるぞ。王位に興味はないが、竜紋の意味を理解しない王が立てば、間違いなく国が滅びる」
 じろりと睨まれ、アルマンが息をのむ。

「宝物庫から封印された魔道具を盗み出した罪、竜紋持ちの番を害しようとした罪、竜紋持ちを排除しようとした罪、俺の手を煩わせて貴重な休みを潰した罪。……他にも色々ありそうだが、その辺りは陛下とグザヴィエ兄上の前で白状するんだな」

 ジェロームが引きずるようにしてアルマンを連れて行くと、クロードはため息と共に左手の手袋をはめた。


「――う、うわああ!」
 急に変な叫び声が聞こえたので見てみれば、建物の二階からフィリップが飛び降り……いや、落下するところだった。

 頭から落ちているので、このままでは死ぬだろう。
 それはさすがに嫌だなと思っていると、しぼんでいたオニフスーベが再び膨らんだ。
 だが先ほどとは違ってそこまでフカフカには見えないうえに、褐色になっている。

 それでもフィリップを受け止めてクッションになったかと思うと、鈍い音と共に大量の胞子が飛び散った。
 全身ぬめって薄汚れた上にオニフスーベのアンモニア臭をまとったフィリップは、よろよろとキノコから降りるとアニエスに気付いて目を輝かせた。

「お、俺を助けようとキノコを生やしたんだな!」
「いいえ。たまたま残っていたキノコです。偶然のフカフカです」

 否定したのに聞いていないらしく、フィリップが駆け寄ってこようとする。
 先程の言動の他に視覚と嗅覚の面からも怖くなって少し体を引くと、クロードがアニエスを守るように抱き寄せた。


「……フィリップ。おまえ、アニエスを攫った後、ここに閉じ込めていたのか」

 アニエスを攫ったのはアルマンの関係者だとしても、ここはフィリップの住む建物だ。
 無関係では済ませられないとわかったのか、フィリップは何故か胸を張った。

「そ、そうだ。俺の部屋にアニエスはいた」
「……おまえの、部屋?」
 クロードの声が一段階低くなったのに気付かないらしいフィリップは、更に続ける。

「そうだ。アニエスは俺のベッドで眠っていた」
「……そうか」

 今度こそ決定的に声が低くなり、さすがのフィリップもびくりと肩を震わせる。
 アニエスが恐る恐る見上げてみると、鈍色の瞳には見たことのない影が差していた。

「――なら、仕方ないな」

 その一言に、フィリップのみならず、アニエスまでもが背筋が凍ったような気がした。


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アルマンのせいで、居残りキノコしかおりません。


【今日のキノコ】

オニフスベ(「警戒心が足りませんよ」参照)
またの名を、ジャイアントパフボール……この名で大体理解できるが、白くて大きくてフカフカなボール型キノコ。
一夜で発生したり、五十センチを超えたりする、夢の白い球体。
成熟すると褐色になり、外皮が剥がれて胞子とアンモニア臭が出てくる。
白いうちは食べられるが、美味ではなく不味くもない……何故そこまでして食べるのか。
本当はフィリップなどどうでもいいが、アニエスが嫌がったので仕方なく膨らんで受け止めた。
だが不本意な心が菌糸にも影響し、褐色に変化して硬くなったので、最低限のクッション機能しか発揮していない。
不本意すぎて胞子とアンモニア臭を全力でお見舞いしてやった、救助系報復キノコ。
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