【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
49 キノコを信じよう
「――ま、待ってください!」
このままでは、クロードはフィリップを殺しかねない。
そう直感したアニエスは、慌てて声を上げていた。
「アニエス、俺を庇ってくれるのか!」
「アニエス、フィリップを庇うの?」
まったく同じことを言っているはずなのに、言葉の持つ響きが違いすぎて、気分が悪くなりそうだ。
フィリップはどうでもいいが、クロードの声の殺傷力が尋常ではない。
「何ひとつ庇うつもりはありません。フィリップ様はどうでもいいです!」
命が惜しくて正直に叫ぶと、ようやく少しだけクロードの圧が和らいだ。
「……なら、フィリップに相応の鉄槌を下しておこうか。アルマン兄上と違って、陛下やグザヴィエ兄上に殺すのを止められていないから、大丈夫だよ」
大丈夫の基準がおかしい。
止められていなかったらアルマンも殺していたと言わんばかりの言葉に、冷や汗が止まらない。
見惚れそうなほどいい笑顔で剣に手をかけようとするクロードを、腕にしがみついて止めた。
「そ、それは待ってください! クロード様の剣が汚れます。切るだけ無駄です」
「無駄ではあるが、害はある。そして、価値はない」
アニエスの妨害などないかのように軽々と腕を動かすと、剣に手をかけた。
――剣を抜けば、一瞬で終わる。
二人の剣の腕前など知らないが、知らなくてもわかることが世の中にはある。
「――ド、ドクササーコが! もう罰を与えています!」
必死で訴えた内容は自分でもよくわからなかったが、その言葉にクロードが動きを止めた。
「……ドクササーコ? 食べさせたの?」
「いえ、自ら口の中に生えて……。あと、カエンターケがまた頭の上に。他にも、色々と」
ちらりとフィリップを見れば、ぬめって薄汚れているし、すでに毛根がもげている頭皮にはカエンターケの残りと思しき赤い物体も見えた。
しばしそれを見ていたクロードは、ゆっくりと剣から手を離した。
「ひとつ、聞く。――アニエスに、手を出したのか」
ピリリと空気が張り詰める音が聞こえたような気がした。
フィリップははじめ肯定しようとしていた様子だったが、痛いほどの空気に何かを感じたらしく、クロードから視線を逸らした。
「……キノコが」
「キノコ?」
「――ア、アニエスに触ろうとすると、いちいちキノコが生えてきて! 結局、髪しか触っていない!」
クロードとアニエスの声が重なると、フィリップは飛び上がりながら慌てて否定した。
「……ああ! あのキノコの山は、そういうことだったんですか!」
目覚めた時、フィリップの傍らにはうずたかく積まれたキノコの山があった。
あれはアニエスを守ろうとしたキノコ達の成れの果てだったのか。
「てっきり、フィリップ様もキノコの変態に目覚めたのかと思っていました」
「誰がそんなものに目覚めるか! 大体、キノコなんて……わ、悪くはない、な」
クロードの刺すような視線に、慌てて取り繕う。
さすがは、強い者には逆らえないフィリップ。
今日も情けなさが揺るがない。
「……まあ、いい。キノコを信じよう」
さっきからクロードの判断基準が完全にキノコ頼りなのだが。
こちらも、さすがはキノコの変態である。
「キノコに免じて、ここは許してやる。――二度とアニエスに近付くな」
絵に描いたような情けない逃げっぷりでフィリップが走り去るのを見ると、クロードがアニエスの手を握る。
かと思うと、頭を下げてきた。
「――ごめん」
「え、ええと。何が、でしょうか」
色々起こりはしたが、クロードに直接何かをされたわけではないのだが。
「アニエスを守れなかった」
「え? でも、助けに来てくれましたよ」
「護衛を付けたのに攫われたのは、こちらの落ち度だ。おかげでアニエスはフィリップの……。キノコがいなければ、どうなっていたかわからない」
ゆっくりと頭を上げたクロードの眉間には、深い皺が刻まれている。
「どうって……。大体、何故フィリップ様は私に触れようとしたのでしょうか。髪なんて、嫌がっていたのに。……もしかして、切り落とそうとしたのでしょうか?」
厭われているからと髪を隠すよう言っていたのは、フィリップだ。
それがエスカレートして、切ろうとしたのかもしれない。
婚約者でも何でもないのに勝手な話だが、それくらいしか思い当たらない。
「……わかっていたつもりだが、本当に全然伝わっていないんだな。ほんの少しだけ同情……は、しないが」
「何ですか?」
クロードは首を傾げるアニエスを見て苦笑すると、そっと抱き寄せた。
「あいつは、アニエスを無理やり自分のものにしようとしたんだよ。キノコのおかげで未遂に終わったけれど。もし少しでもアニエスの体に傷を付けていたら……八つ裂きではすまないな」
恐ろしい響きの声と言葉に、アニエスの体が震える。
……自分のもの。
そういえば、フィリップもそんなことを言っていた。
俺のものにする、と。
あれは自分の支配下に置きたいという意味なのかと思っていたが……もしかして、違うのだろうか。
「あの。自分のものにする、って。どういう意味でしょう」
「フィリップが言ったのなら、この場合は身も心も手に入れるということだろうな。……そう言われたの?」
身も、心も。
つまり、あの場でアニエスを襲うという意味だったのか。
危険な雰囲気は少し感じたが、改めて考えるとフィリップがアニエスをそんな風に見ているというのが信じられない。
「でも、やっぱりフィリップ様はそういう感じでは……あの人は、私を女性というよりも道具として見ていますし。……どちらかといえば、アルマン殿下の言葉の方が」
「――兄上に、何を言われたの」
墓穴を掘った。
すぐにそう気付いたが、なかったことにはできない。
鈍色の瞳に見つめられたアニエスは、恐る恐る口を開いた。
「わ、私のものになりますか、って。楽しんでから殺しても遅くない、と」
「それはまた……罪状に追加しておこう。それで、兄上に言われた意味はわかるの?」
「ええと。愛人のようなもので、飽きたら殺すのかと」
クロードはゆっくりと息を吐くと、アニエスを抱きしめ直す。
「それはわかるのに、フィリップは警戒しないんだ。信頼とは違うけれど、何だろう。……少しは特別なのかな」
「それはないです」
かつて家族に近い存在ではあったが、それは愛情があるという意味ではない。
ルフォール家に対して害をなさないであろう存在というだけのことで、それすらも今はない。
「まあ、そうみたいだね。となると、単純に男性として見ていないんだろうな」
「それは……あるかもしれません」
フィリップはへなちょこ王族であって、それ以上でもそれ以下でもない。
男性というくくりには入れようがなかった。
「まあ、そっちも追加で釘を大量に突き刺すとして。今日はとりあえず帰ろう。明日、王宮に来てもらうことになるけれど、いいかな。もちろん、俺が送迎する」
フィリップはともかく、アルマンがとった行動は王族として許されることではない。
アニエスも当事者として証言するのだろう。
「わかりました」
うなずくアニエスを見て、クロードはもう一度腕の中に抱き直す。
「……無事で、良かった」
掠れるような声が届き、アニエスは小さくうなずいた。
============
【今日のキノコ】
ドクササコ (「警戒心が足りませんよ」参照)
黄土褐色の中央がへこんだ傘を持つ猛毒キノコで、攻撃の陰湿さに定評がある。
体内潜入後、潜伏4~5日後から手足の先と陰茎のみを執拗に攻撃し、激痛を1か月以上継続させる。
何故、そこを狙うのかは謎。
「カエンタケやドクツルタケの手を煩わせるまでもない」と、自ら口の中に特攻を仕掛けて殉死した勇猛果敢なキノコ。
フィリップのお腹の中で、一か月に及ぶ陰茎激痛罪(ちょっとバージョンアップ)に向けて準備中。
カエンタケ(「警戒心が足りませんよ」参照)
燃え上がる炎や鹿の角の様な形の、赤いキノコ。
致死量は数グラムで、触れるだけでも毒素が吸収されるという、猛毒キノコ。
ササクレシロオニタケの緊急通報と、アニエスの恐怖に反応して生えてきた、毒キノコ界の重鎮。
再び毛根の焼き討ちを決行したところを、フィリップにむしられた。
「馬鹿め。しっかりむしらないから残っているわ」とフィリップの頭皮にいまだに滞在中。
今度はどう禿げ散らかしてやろうか検討している。
うず高く積まれたキノコ(「隣にいるべきは」参照)
アニエスが意識を失っている間、フィリップの魔の手からアニエスを守るべく生え、むしられた戦士達。
ぬめったり、とげとげしたり、カラフルにしたりして、フィリップを威嚇し続けていた。
「アニエスに触りたければ、我々を食べきってみろ!」と高らかに笑っているが、キノコなので伝わっていない。
何に調理されるか議論していたら、アニエスどころかフィリップまでいなくなってしまった。
仕方がないので、今度生えるならどこがいいかを議論し始めた。
このままでは、クロードはフィリップを殺しかねない。
そう直感したアニエスは、慌てて声を上げていた。
「アニエス、俺を庇ってくれるのか!」
「アニエス、フィリップを庇うの?」
まったく同じことを言っているはずなのに、言葉の持つ響きが違いすぎて、気分が悪くなりそうだ。
フィリップはどうでもいいが、クロードの声の殺傷力が尋常ではない。
「何ひとつ庇うつもりはありません。フィリップ様はどうでもいいです!」
命が惜しくて正直に叫ぶと、ようやく少しだけクロードの圧が和らいだ。
「……なら、フィリップに相応の鉄槌を下しておこうか。アルマン兄上と違って、陛下やグザヴィエ兄上に殺すのを止められていないから、大丈夫だよ」
大丈夫の基準がおかしい。
止められていなかったらアルマンも殺していたと言わんばかりの言葉に、冷や汗が止まらない。
見惚れそうなほどいい笑顔で剣に手をかけようとするクロードを、腕にしがみついて止めた。
「そ、それは待ってください! クロード様の剣が汚れます。切るだけ無駄です」
「無駄ではあるが、害はある。そして、価値はない」
アニエスの妨害などないかのように軽々と腕を動かすと、剣に手をかけた。
――剣を抜けば、一瞬で終わる。
二人の剣の腕前など知らないが、知らなくてもわかることが世の中にはある。
「――ド、ドクササーコが! もう罰を与えています!」
必死で訴えた内容は自分でもよくわからなかったが、その言葉にクロードが動きを止めた。
「……ドクササーコ? 食べさせたの?」
「いえ、自ら口の中に生えて……。あと、カエンターケがまた頭の上に。他にも、色々と」
ちらりとフィリップを見れば、ぬめって薄汚れているし、すでに毛根がもげている頭皮にはカエンターケの残りと思しき赤い物体も見えた。
しばしそれを見ていたクロードは、ゆっくりと剣から手を離した。
「ひとつ、聞く。――アニエスに、手を出したのか」
ピリリと空気が張り詰める音が聞こえたような気がした。
フィリップははじめ肯定しようとしていた様子だったが、痛いほどの空気に何かを感じたらしく、クロードから視線を逸らした。
「……キノコが」
「キノコ?」
「――ア、アニエスに触ろうとすると、いちいちキノコが生えてきて! 結局、髪しか触っていない!」
クロードとアニエスの声が重なると、フィリップは飛び上がりながら慌てて否定した。
「……ああ! あのキノコの山は、そういうことだったんですか!」
目覚めた時、フィリップの傍らにはうずたかく積まれたキノコの山があった。
あれはアニエスを守ろうとしたキノコ達の成れの果てだったのか。
「てっきり、フィリップ様もキノコの変態に目覚めたのかと思っていました」
「誰がそんなものに目覚めるか! 大体、キノコなんて……わ、悪くはない、な」
クロードの刺すような視線に、慌てて取り繕う。
さすがは、強い者には逆らえないフィリップ。
今日も情けなさが揺るがない。
「……まあ、いい。キノコを信じよう」
さっきからクロードの判断基準が完全にキノコ頼りなのだが。
こちらも、さすがはキノコの変態である。
「キノコに免じて、ここは許してやる。――二度とアニエスに近付くな」
絵に描いたような情けない逃げっぷりでフィリップが走り去るのを見ると、クロードがアニエスの手を握る。
かと思うと、頭を下げてきた。
「――ごめん」
「え、ええと。何が、でしょうか」
色々起こりはしたが、クロードに直接何かをされたわけではないのだが。
「アニエスを守れなかった」
「え? でも、助けに来てくれましたよ」
「護衛を付けたのに攫われたのは、こちらの落ち度だ。おかげでアニエスはフィリップの……。キノコがいなければ、どうなっていたかわからない」
ゆっくりと頭を上げたクロードの眉間には、深い皺が刻まれている。
「どうって……。大体、何故フィリップ様は私に触れようとしたのでしょうか。髪なんて、嫌がっていたのに。……もしかして、切り落とそうとしたのでしょうか?」
厭われているからと髪を隠すよう言っていたのは、フィリップだ。
それがエスカレートして、切ろうとしたのかもしれない。
婚約者でも何でもないのに勝手な話だが、それくらいしか思い当たらない。
「……わかっていたつもりだが、本当に全然伝わっていないんだな。ほんの少しだけ同情……は、しないが」
「何ですか?」
クロードは首を傾げるアニエスを見て苦笑すると、そっと抱き寄せた。
「あいつは、アニエスを無理やり自分のものにしようとしたんだよ。キノコのおかげで未遂に終わったけれど。もし少しでもアニエスの体に傷を付けていたら……八つ裂きではすまないな」
恐ろしい響きの声と言葉に、アニエスの体が震える。
……自分のもの。
そういえば、フィリップもそんなことを言っていた。
俺のものにする、と。
あれは自分の支配下に置きたいという意味なのかと思っていたが……もしかして、違うのだろうか。
「あの。自分のものにする、って。どういう意味でしょう」
「フィリップが言ったのなら、この場合は身も心も手に入れるということだろうな。……そう言われたの?」
身も、心も。
つまり、あの場でアニエスを襲うという意味だったのか。
危険な雰囲気は少し感じたが、改めて考えるとフィリップがアニエスをそんな風に見ているというのが信じられない。
「でも、やっぱりフィリップ様はそういう感じでは……あの人は、私を女性というよりも道具として見ていますし。……どちらかといえば、アルマン殿下の言葉の方が」
「――兄上に、何を言われたの」
墓穴を掘った。
すぐにそう気付いたが、なかったことにはできない。
鈍色の瞳に見つめられたアニエスは、恐る恐る口を開いた。
「わ、私のものになりますか、って。楽しんでから殺しても遅くない、と」
「それはまた……罪状に追加しておこう。それで、兄上に言われた意味はわかるの?」
「ええと。愛人のようなもので、飽きたら殺すのかと」
クロードはゆっくりと息を吐くと、アニエスを抱きしめ直す。
「それはわかるのに、フィリップは警戒しないんだ。信頼とは違うけれど、何だろう。……少しは特別なのかな」
「それはないです」
かつて家族に近い存在ではあったが、それは愛情があるという意味ではない。
ルフォール家に対して害をなさないであろう存在というだけのことで、それすらも今はない。
「まあ、そうみたいだね。となると、単純に男性として見ていないんだろうな」
「それは……あるかもしれません」
フィリップはへなちょこ王族であって、それ以上でもそれ以下でもない。
男性というくくりには入れようがなかった。
「まあ、そっちも追加で釘を大量に突き刺すとして。今日はとりあえず帰ろう。明日、王宮に来てもらうことになるけれど、いいかな。もちろん、俺が送迎する」
フィリップはともかく、アルマンがとった行動は王族として許されることではない。
アニエスも当事者として証言するのだろう。
「わかりました」
うなずくアニエスを見て、クロードはもう一度腕の中に抱き直す。
「……無事で、良かった」
掠れるような声が届き、アニエスは小さくうなずいた。
============
【今日のキノコ】
ドクササコ (「警戒心が足りませんよ」参照)
黄土褐色の中央がへこんだ傘を持つ猛毒キノコで、攻撃の陰湿さに定評がある。
体内潜入後、潜伏4~5日後から手足の先と陰茎のみを執拗に攻撃し、激痛を1か月以上継続させる。
何故、そこを狙うのかは謎。
「カエンタケやドクツルタケの手を煩わせるまでもない」と、自ら口の中に特攻を仕掛けて殉死した勇猛果敢なキノコ。
フィリップのお腹の中で、一か月に及ぶ陰茎激痛罪(ちょっとバージョンアップ)に向けて準備中。
カエンタケ(「警戒心が足りませんよ」参照)
燃え上がる炎や鹿の角の様な形の、赤いキノコ。
致死量は数グラムで、触れるだけでも毒素が吸収されるという、猛毒キノコ。
ササクレシロオニタケの緊急通報と、アニエスの恐怖に反応して生えてきた、毒キノコ界の重鎮。
再び毛根の焼き討ちを決行したところを、フィリップにむしられた。
「馬鹿め。しっかりむしらないから残っているわ」とフィリップの頭皮にいまだに滞在中。
今度はどう禿げ散らかしてやろうか検討している。
うず高く積まれたキノコ(「隣にいるべきは」参照)
アニエスが意識を失っている間、フィリップの魔の手からアニエスを守るべく生え、むしられた戦士達。
ぬめったり、とげとげしたり、カラフルにしたりして、フィリップを威嚇し続けていた。
「アニエスに触りたければ、我々を食べきってみろ!」と高らかに笑っているが、キノコなので伝わっていない。
何に調理されるか議論していたら、アニエスどころかフィリップまでいなくなってしまった。
仕方がないので、今度生えるならどこがいいかを議論し始めた。