【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
5 キノコを交えた惚気って何ですか
「姉さん、準備はできた? 殿下がいらっしゃったよ」
「はい。大丈夫です」
様子を覗きにきたケヴィンは、部屋に入るとテーブルの上のグラスに目を留めた。
「これ何? 何だか凄い色だけど」
グラスの中に入っていたのは、酔い止めと吐き気止めの薬草をジュースにしたものだ。
中身は既に飲んだが、濃厚な紫色の汁はグラスにべったりとこびりついている。
相当酷い味だろうと覚悟したのだが、意外とさっぱりとして飲みやすかった。
精霊達の気遣いに感謝しきりである。
「酔い止めです。気持ちの問題ですが、ないよりはいいと思いますので」
「まあ、そうだね。その気持ちが一番の問題だから、姉さんが試したいものは試すといいよ。……それよりも、何その恰好。曲がりなりにもデートなんだよ? 地味すぎない?」
アニエスが着ているのは、ごく普通のワンピースだ。
白いスカートに深緑色のベストとスカートを重ねている。
ベストの編み上げ部分の紐は赤いし、深緑と言っても少し光沢があるのでそこまで地味だとは思えない。
「そんなことないです。それに、これ以外の服もありません」
すると、ケヴィンの眉間にあっという間に皺が寄った。
「そうか……。フィリップ様対策のドレスは捨てたけれど、新しいドレスや普段着るような服は作っていなかったのか」
「捨てていませんよ。リメイクして売ったんです。それに、ドレスはありますよ」
クロードがアニエスを舞踏会や夜会に呼ぶたびに新しいものを贈ったので、華やかなドレスがクローゼットに眠っている。
「そうじゃなくて。姉さんが自分の意思で選んだ服ってことだよ」
「でも、足りていますし。困っていませんし」
普段、家にいるぶんにはワンピースで問題ない。
一応数着はあるし、今日着ているのはその中でもどちらかといえば明るい色味なのだが。
だがケヴィンは不満らしく、盛大なため息をついた。
「姉さんは伯爵家の令嬢で、年頃の女性で、王族のクロード殿下の恋人だよ? もっと華やかな服を着て、オシャレして楽しみなよ。姉さんの服の一着や二着でうちが傾くわけじゃあるまいし、何を遠慮する必要があるの」
「でも、本当に」
遠慮していないとは言わないが、別にそれが理由で服を作っていないわけではない。
実際に欲しいと思っていないのだから、仕方がないではないか。
「せめて、もう少し色だけでも明るくしなよ」
その言葉が終わらぬうちに、ポンという破裂音と共にケヴィンの腕にキノコが生えた。
青みがかった緑色の傘にひび割れが入っているのは、アイターケだろう。
「……ああ、うん。どうせ緑なら。こんな感じの明るい色、かな」
確かに深緑色のワンピースに比べれば、アイターケの緑色はミントグリーンのような明るい色と言えなくもない。
心なしかキノコも傘の色を見せようと揺れているようにも見えるが……まあ、気のせいだろう。
「髪をおろすようになったのは進歩だよ。服も変えよう。忌まわしきフィリップ様の負の影響を払しょくしよう」
「忌まわしき……」
仮にも王族の端くれのはずなのに、フィリップの扱いがぞんざいだ。
浮気の末に公開婚約破棄宣言までしてきたのだから、弟としてケヴィンが怒るのも仕方がないか。
アニエスとしてもフィリップの扱いはどうでもいいが、何かというとその名前が出るのは気持ちのいいものではない。
「――そういうことなら、協力するよ」
突然の第三者の声に扉の方を見てみれば、いつの間にか花紺青の髪の美青年の姿があった。
「クロード様」
「その服も可愛いよ。とても似合っている。でもケヴィンの言うように、明るい色も似合うよ。今度一緒に何着か作ろうか」
「い、いえ、そんな」
既にクロードにはドレスをいくつも贈ってもらったのだから、これ以上は申し訳ない。
「俺が選んでもいいけれど……自分で選んだ方が良さそうだね」
そう言ってクロードがちらりと視線を動かすと、ケヴィンが大きくうなずいてみせる。
「それがいいよ。殿下の前で、好きな色や装飾をいっぱい伝えなよ」
「ですから、別に困っていないんです」
「アニエスが選んでくれないなら、俺が決めるよ? 明るい色で、華やかで、可愛らしい、高価な服を作るよ」
明るい色な時点で抵抗があるというのに、更に華やかで可愛らしくて高価とは。
しかも、クロードは王族だ。
アニエスが考える高価という基準を、はるかに超えた価格の可能性が高い。
そう思い至ると、背筋がぞっとした。
「だ、駄目です」
「じゃあ、一緒に見ようね」
間髪入れずに返された言葉に、アニエスは固まる。
もしかしてこれは、アニエスが一緒に服を作るようにと仕向けたのだろうか。
ならば、断って……いや、駄目だ。
その場合は、本当に明るい色で華やかかつ可愛らしい高価な服が届く気がする。
ならば、自分でそれを食い止める方がまだマシのような気がした。
「……は、はい」
渋々うなずくアニエスを見て、ケヴィンが楽しそうに笑っている。
「その調子でお願いします、殿下」
「……二人で、酷いです」
アニエスがそんなに乗り気じゃないことをわかっているくせに、変なところで協力してくるのだから困る。
思わず頬を膨らませると、クロードが困ったように笑った。
「そんな顔をしないで。ケヴィンはアニエスに年頃の女性らしい服装をしてほしいんだよ。今までのぶんも、ね」
「この服、そんなに駄目ですか?」
穴が開いているとか色が褪せているというのならわかるが、色味が地味というのはそんなに悪いことなのだろうか。
「そんなことないよ。落ち着いた色も素敵だし、似合っている。でも、その色が好きで着ているというわけじゃないなら、たまには違う色を楽しんでもいいと思うよ。明るい色が嫌いなわけではないんだろう?」
アニエスだって一応は女性だ。
明るい色も落ち着いた色もどちらも好きだし、色々試してみたい気持ちがまったくないわけではない。
「それはそうですけれど、でも……髪の色が、目立つので」
髪の毛が既に桃花色という明るくて目立つ色なのだから、服まで明るくしては見た人もびっくりするだろう。
「目立ってもいいんだよ。何も悪くない。とても綺麗だ」
すると破裂音と共に、クロードの腕に貝殻型の傘を持ったキノコが生える。
濃い桃色の傘は、トキイロヒラターケだろう。
「ああ、見てごらんアニエス。トキイロヒラターケの綺麗なピンク色の傘。アニエスはこれに負けない美しい髪の色なんだから、自信をもって」
「……はあ」
満面の笑みからして、クロードは心からの賛辞を贈ってくれているのだとは思う。
だがキノコと同じと言われると、どうも素直に喜べない。
「……やっぱり、俺は家に残りましょうか? キノコを交えた惚気とか、レベルが高すぎて見ていられませんし」
「だ、駄目です。行かないでください」
慌ててケヴィンの袖を掴むと、ケヴィンの鳶色の瞳と目が合った。
ここで引いては安全な避難場所を失ってしまうので、アニエスも必死だ。
「はいはい。まあ約束だから今日は一緒に行くけどさ。次からは頑張ってよ」
「さあ、行こうか。アニエス」
クロードに手を引かれ、ケヴィンの生温かい視線を浴びつつ、アニエスは部屋を後にした。
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【今日のキノコ】
アイタケ(藍茸)
青みがかった緑色の傘にひび割れが入っているキノコ。
歯切れの良さはないものの味は良いらしいが、生食や大量摂取は避けた方がいい。
……何が起こったのだろう。
明るい色という言葉に反応して、傘の色をアニエスに見せようと生えてきた。
自慢の色を見せようとゆらゆら揺れてみたが、いまいち気付いてもらえなかった。
トキイロヒラタケ(朱鷺色平茸)
濃い桃色の傘を持っており、次第に色褪せて淡黄白色になるキノコ。
食用だが、成長すると硬く繊維質になるので若いうちに食べておきたい。
美しいピンク色は加熱すると色褪せるので、生でスライスしてマリネがおすすめ。
髪の色を気にするアニエスに「同じピンクだよ。綺麗でしょ?」と訴えて、自信を持ってもらおうとしている。
アニエスの髪と同じピンク色の傘が自慢なので、加熱調理に怯えている。