【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
8 キノコの総攻撃を報告します
叫びと共に破裂音が響き、ケヴィンの腕にキノコが生える。
中央がへこみオレンジ色を帯びた黄褐色の傘は、カラハツターケだ。
ケヴィンに毒キノコが生えるのは珍しいが、これは恐らく怒りの感情に反応したのだろう。
キノコを道連れに怒りをあらわにするケヴィンに対して、クロードは硬い表情のままだ。
「フィリップに婚約者がいることは、皆把握していたと思う。だが本人がろくに社交の場に出ないから、気にしていなかった。婚約してしばらく経ってからはフィリップの悪評が和らいだから、婚約者のおかげだろうという話になっていたが」
ケヴィンがむしったカラハツターケを受け取ると、クロードはため息をつく。
「それもアニエスのフォローでそう見えただけで、あいつ自身は変わっていないんだろうな。婚約破棄騒動後は、また昔のように評判が下がっている。……まあ、ここひと月ほどは社交の場に顔を出していないようだが」
「正式に木端微塵に振られて、クロード様と一緒の姉さんを見て、ショックでも受けたんですかね。今更ですが。ざまあみろですが」
ケヴィンは少し楽し気に話しているが、アニエスはフィリップ……というかキノコの影響が気になってそれどころではない。
「……どうしたの? アニエス」
いつの間にか黙ってうつむいて考えていたらしく、クロードが声をかけてきた。
気分が悪いのだと誤解されてはいけないと、すぐに顔を上げる。
「いえ、その。……フィリップ様は、ここひと月ほど社交していないんですか?」
「さすがに詳しくは知らないが、姿は見かけないし、話も聞かないね。気になるの?」
「いえ、気になるというか。フィリップ様そのものよりも、その。……キノコが」
「キノコ?」
意外な答えだったらしく、クロードだけでなくケヴィンまで不思議そうにアニエスを見つめる。
「あの舞踏会でフィリップ様とお話した時。髪をまとめて地味な色で目立たなくしているのは私のためだと……いえ、ルフォール家のために言っているのだと思っていました。それが違うとわかって、フィリップ様に大量のキノコが生えたんです」
キノコ発生報告に、二人とも驚愕の表情を浮かべた。
ケヴィンはフィリップの長年のノー・キノコ枠扱いを知っているので、キノコが生えたこと自体に驚いているのだろう。
だがクロードは明らかに羨ましそうにしている気がする。
「そうか。それを本人の口から聞いて、ようやく呪縛が解けたのか。どうせ姉さんを再び自分のそばに置こうとしたんだろうけど、逆効果だったんだ。ざまあみろ」
ケヴィンが悪役にしか見えない笑みを浮かべているが、何だか楽しそうだ。
「そ、それで。どんなキノコが生えたの?」
鈍色の瞳をキラキラと輝かせて、クロードが身を乗り出す。
キノコの変態にキノコ大量発生という言葉は、刺激が強かったのだろう。
「……説明、するんですか?」
「うん」
「全部ですか?」
「うん」
「……わかりました」
幼子のような澄んだ瞳でうなずかれれば、断るのも難しい。
顔にワクワクと書いてあるように見えるのは、気のせいではないだろう。
「まず、フィリップ様の腕にツチグーリが生えました」
「ああ。あの形がいいよね」
キノコに対して相槌を打てるのは、キノコの変態くらいだ。
妙な関心をしながら、あの日のキノコを思い出す。
「何故か、オレンジ色でした」
「何? そんな色は見たことがない。新種?」
キノコの変態の食いつきが良すぎて、思わず体を引いてしまう。
「いえ。たぶん、私のせいだと思います。以前にもそんなことがあったので」
「そうか。オレンジ色のツチグーリ。……もう、ただの剥きかけのオレンジだな」
「その通りです」
「そうか。オレンジ色か。見たかったな」
遠い空に思いを馳せているのだとしたら格好良いが、キノコに思いを馳せているのだと知っているので、どうにも格好良く見えない。
キノコはときめきを相殺する。
アニエスはひとつ、キノコに対する理解を深めてしまった。
「それからツチグーリが増えて、両腕に二つずつ合計四つになり、フィリップ様に胞子を吹いていました」
「いいね!」
絶対、相槌を間違えていると思うのだが、話が進まないので放っておく。
「それで頭の上にカエンターケが生えて」
「おお! あの猛毒キノコが。それは見事な頭飾りだな」
「あと両肩にブリーディングトゥースーが生えて」
「おおお!」
だんだんとクロードの歓声が大きくなってきた。
「背中にはタコスッポンターケがびっしりと生えて」
「壮観だな!」
「口の中にドクササーコが生えました」
「何と!」
悩ましげなため息をつくと、クロードは興奮冷めやらぬといった様子で、背もたれに体を預けた。
「それは凄いな。物理攻撃力の精鋭が揃っている。なんて羨ましいんだ。夢のキノコの饗宴だな」
キノコの襲撃報告に恍惚の表情を浮かべるクロードには、呆れてしまう。
「ねえ、キノコの名前じゃ全然わからないよ。どんな感じだったの?」
ケヴィンの意見はもっともだ。
一般人はキノコの名前も、毒の効果や見た目もわからないのが普通だろう。
「ええと。剥きかけのオレンジを左右二つずつ腕につけて、そのすべてから胞子が顔に向かって吹き出し。頭の上に赤い鹿の角のようなものを乗せて。両肩には白塊から赤い汁を滴らせて服を染め。背中に臭いタコの足をはりつけています」
「……最悪だね」
「はい。控えめに言っても、大惨事かと」
「そうだな。賛辞を贈りたい」
サンジが違うと訂正する間もなく、クロードの腕にキノコが生える。
黄金色の傘はコガネターケだろう。
何やらめでたい色合いだが、これはクロードの言葉に影響されているのだろうか。
============
【今日のキノコ】
カラハツタケ(辛初茸)
オレンジ色を帯びた黄褐色の傘を持ち、饅頭型・平・漏斗型に変身するキノコ。
消化器系の中毒症状を起こす毒キノコ。
強い辛味があるので、辛みを感じた場合は飲み込まないこと……その前に、よくわからないのに口に入れるのをやめればいいと思う。
ケヴィンの怒りに賛同して生えてきた。
「毒が効く前に吐かれても、辛みで攻撃できる」と自分のセールスポイントをアピールしている。
第一次フィリップ総攻撃部隊(積年の恨みを晴らし隊)
ツチグリ(土栗)
カエンタケ(火炎茸)
ブリーディング・トゥース(流血する歯)
タコスッポンタケ(悪魔の指)
ドクササコ (毒笹子)
フィリップの長年のノー・キノコ枠が外れた際に、総攻撃を仕掛けたキノコ達。
ちょっと語りつくせないので「キノコ姫 第一章 邪魔者は、消えますから」参照。
特にドクササコ先輩の命がけの特攻は涙なしには語れない……かもしれない。
コガネタケ(黄金茸)
黄金色の粉で覆われた傘を持つキノコで、別名はキナコタケ……相当粉っぽいという評価だ。
一応食用キノコだが生で食べると中毒を起こすので、茹でよう。
というか、そこまでして何故食べるのか、キノコの勇者達。
賛辞という言葉にめでたい響きを感じ、「めでたいと言えば黄金色だよね」と傘を張って生えてきたが、何やら空気を読み間違えたらしい。
少し切なくなり、粉がパラパラ落ちている。
中央がへこみオレンジ色を帯びた黄褐色の傘は、カラハツターケだ。
ケヴィンに毒キノコが生えるのは珍しいが、これは恐らく怒りの感情に反応したのだろう。
キノコを道連れに怒りをあらわにするケヴィンに対して、クロードは硬い表情のままだ。
「フィリップに婚約者がいることは、皆把握していたと思う。だが本人がろくに社交の場に出ないから、気にしていなかった。婚約してしばらく経ってからはフィリップの悪評が和らいだから、婚約者のおかげだろうという話になっていたが」
ケヴィンがむしったカラハツターケを受け取ると、クロードはため息をつく。
「それもアニエスのフォローでそう見えただけで、あいつ自身は変わっていないんだろうな。婚約破棄騒動後は、また昔のように評判が下がっている。……まあ、ここひと月ほどは社交の場に顔を出していないようだが」
「正式に木端微塵に振られて、クロード様と一緒の姉さんを見て、ショックでも受けたんですかね。今更ですが。ざまあみろですが」
ケヴィンは少し楽し気に話しているが、アニエスはフィリップ……というかキノコの影響が気になってそれどころではない。
「……どうしたの? アニエス」
いつの間にか黙ってうつむいて考えていたらしく、クロードが声をかけてきた。
気分が悪いのだと誤解されてはいけないと、すぐに顔を上げる。
「いえ、その。……フィリップ様は、ここひと月ほど社交していないんですか?」
「さすがに詳しくは知らないが、姿は見かけないし、話も聞かないね。気になるの?」
「いえ、気になるというか。フィリップ様そのものよりも、その。……キノコが」
「キノコ?」
意外な答えだったらしく、クロードだけでなくケヴィンまで不思議そうにアニエスを見つめる。
「あの舞踏会でフィリップ様とお話した時。髪をまとめて地味な色で目立たなくしているのは私のためだと……いえ、ルフォール家のために言っているのだと思っていました。それが違うとわかって、フィリップ様に大量のキノコが生えたんです」
キノコ発生報告に、二人とも驚愕の表情を浮かべた。
ケヴィンはフィリップの長年のノー・キノコ枠扱いを知っているので、キノコが生えたこと自体に驚いているのだろう。
だがクロードは明らかに羨ましそうにしている気がする。
「そうか。それを本人の口から聞いて、ようやく呪縛が解けたのか。どうせ姉さんを再び自分のそばに置こうとしたんだろうけど、逆効果だったんだ。ざまあみろ」
ケヴィンが悪役にしか見えない笑みを浮かべているが、何だか楽しそうだ。
「そ、それで。どんなキノコが生えたの?」
鈍色の瞳をキラキラと輝かせて、クロードが身を乗り出す。
キノコの変態にキノコ大量発生という言葉は、刺激が強かったのだろう。
「……説明、するんですか?」
「うん」
「全部ですか?」
「うん」
「……わかりました」
幼子のような澄んだ瞳でうなずかれれば、断るのも難しい。
顔にワクワクと書いてあるように見えるのは、気のせいではないだろう。
「まず、フィリップ様の腕にツチグーリが生えました」
「ああ。あの形がいいよね」
キノコに対して相槌を打てるのは、キノコの変態くらいだ。
妙な関心をしながら、あの日のキノコを思い出す。
「何故か、オレンジ色でした」
「何? そんな色は見たことがない。新種?」
キノコの変態の食いつきが良すぎて、思わず体を引いてしまう。
「いえ。たぶん、私のせいだと思います。以前にもそんなことがあったので」
「そうか。オレンジ色のツチグーリ。……もう、ただの剥きかけのオレンジだな」
「その通りです」
「そうか。オレンジ色か。見たかったな」
遠い空に思いを馳せているのだとしたら格好良いが、キノコに思いを馳せているのだと知っているので、どうにも格好良く見えない。
キノコはときめきを相殺する。
アニエスはひとつ、キノコに対する理解を深めてしまった。
「それからツチグーリが増えて、両腕に二つずつ合計四つになり、フィリップ様に胞子を吹いていました」
「いいね!」
絶対、相槌を間違えていると思うのだが、話が進まないので放っておく。
「それで頭の上にカエンターケが生えて」
「おお! あの猛毒キノコが。それは見事な頭飾りだな」
「あと両肩にブリーディングトゥースーが生えて」
「おおお!」
だんだんとクロードの歓声が大きくなってきた。
「背中にはタコスッポンターケがびっしりと生えて」
「壮観だな!」
「口の中にドクササーコが生えました」
「何と!」
悩ましげなため息をつくと、クロードは興奮冷めやらぬといった様子で、背もたれに体を預けた。
「それは凄いな。物理攻撃力の精鋭が揃っている。なんて羨ましいんだ。夢のキノコの饗宴だな」
キノコの襲撃報告に恍惚の表情を浮かべるクロードには、呆れてしまう。
「ねえ、キノコの名前じゃ全然わからないよ。どんな感じだったの?」
ケヴィンの意見はもっともだ。
一般人はキノコの名前も、毒の効果や見た目もわからないのが普通だろう。
「ええと。剥きかけのオレンジを左右二つずつ腕につけて、そのすべてから胞子が顔に向かって吹き出し。頭の上に赤い鹿の角のようなものを乗せて。両肩には白塊から赤い汁を滴らせて服を染め。背中に臭いタコの足をはりつけています」
「……最悪だね」
「はい。控えめに言っても、大惨事かと」
「そうだな。賛辞を贈りたい」
サンジが違うと訂正する間もなく、クロードの腕にキノコが生える。
黄金色の傘はコガネターケだろう。
何やらめでたい色合いだが、これはクロードの言葉に影響されているのだろうか。
============
【今日のキノコ】
カラハツタケ(辛初茸)
オレンジ色を帯びた黄褐色の傘を持ち、饅頭型・平・漏斗型に変身するキノコ。
消化器系の中毒症状を起こす毒キノコ。
強い辛味があるので、辛みを感じた場合は飲み込まないこと……その前に、よくわからないのに口に入れるのをやめればいいと思う。
ケヴィンの怒りに賛同して生えてきた。
「毒が効く前に吐かれても、辛みで攻撃できる」と自分のセールスポイントをアピールしている。
第一次フィリップ総攻撃部隊(積年の恨みを晴らし隊)
ツチグリ(土栗)
カエンタケ(火炎茸)
ブリーディング・トゥース(流血する歯)
タコスッポンタケ(悪魔の指)
ドクササコ (毒笹子)
フィリップの長年のノー・キノコ枠が外れた際に、総攻撃を仕掛けたキノコ達。
ちょっと語りつくせないので「キノコ姫 第一章 邪魔者は、消えますから」参照。
特にドクササコ先輩の命がけの特攻は涙なしには語れない……かもしれない。
コガネタケ(黄金茸)
黄金色の粉で覆われた傘を持つキノコで、別名はキナコタケ……相当粉っぽいという評価だ。
一応食用キノコだが生で食べると中毒を起こすので、茹でよう。
というか、そこまでして何故食べるのか、キノコの勇者達。
賛辞という言葉にめでたい響きを感じ、「めでたいと言えば黄金色だよね」と傘を張って生えてきたが、何やら空気を読み間違えたらしい。
少し切なくなり、粉がパラパラ落ちている。