【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
9 可愛いよ
「あと、口の中に生えたのがドクササーコと言って。見た目は普通なんですけど」
「何? 不味いの?」
「いえ、味はどうでもいいのですが。その、毒が」
アニエスの言葉に、ケヴィンは目を丸くして瞬く。
「毒キノコ? いいものを生やしたね、姉さん。じゃあ何? 今フィリップ様は死にかけているの?」
「いえ。少しだけですし、命にはかかわらないと思うのですが。その、ちょっと特殊な症状で」
ケヴィンに視線で先を促されるが、ちょっと言いづらい。
手足の先や陰茎に痛みが出るとか、クロードの前では更に言いづらい。
「ドクササーコは体内潜入後四・五日で手足の先と陰茎のみを執拗に攻撃し、激痛を一ヶ月以上継続させる。酷ければ壊死するが、あれでも王族の端くれだし、少し食べたくらいなら痛みだけで終わるだろう」
「そ、そうなんです」
言いにくい部分を説明してもらってほっと息をつくと、クロードがそれを見て微笑んでいる。
これはアニエスの葛藤を理解した上で、自ら説明を買って出てくれたのだろう。
ちょっと嬉しいやら恥ずかしいやらで、アニエスはさりげなく視線を逸らした。
「それに、カエンターケは触れるだけで毒素が吸収される猛毒キノコだ。頭に生えたのなら、頭皮も無事では済まないだろうな」
すると、見る間にケヴィンがニヤニヤし始めた。
「いいじゃないですか。姉さんの六年間の苦痛に比べれば安いものです。それに頭皮が滅びたなら、毛根ももげますね。それが本当なら、父さんも喜びますよ」
確かにブノワは常々『フィリップはげろ。毛根もげろ』と言っていた。
そういう意味では、本懐を遂げたと言えなくもない。
「でも、大丈夫でしょうか」
「死にはしないし、壊死もない。だから痛みだけだ。アニエスに文句を言ったとしても、他の貴族には意味が伝わらないだろう」
確かに言われてみれば、一般貴族はアニエスのキノコの呪い状態を知らない。
「キノコだと騒いだら、一部の人間に俺の関与を疑われるかもしれない。だが俺は大切なキノコをわざわざフィリップにはやらない。そう言えば納得するだろう。あるいは俺のキノコ好きを知らなければ、フィリップの主張が馬鹿げているということになる」
「大体、本当にキノコのせいでフィリップ様が社交していないとは限らない。気にしなくていいよ、姉さん」
「は、はい」
そうだ。
フィリップに対してキノコが攻撃を仕掛けたのは間違いないが、それが効いたのかどうかはまだわからない。
二人がこう言ってくれているのだから、もう気にするのはやめよう。
「……ああ、ちょうど到着したみたいだね」
クロードの言葉通り、馬車の揺れが止まる。
手を引かれて降りると、そこは一面の花畑だった。
黄色にピンクに白に赤。
色とりどりの花が、所狭しと咲いて揺れている。
風に乗って甘い香りが鼻をくすぐり、アニエスは思わず深呼吸をした。
「綺麗ですね」
「ここは出荷用の花畑。ちょうど満開だというから、刈り取りを待ってもらったんだ」
「そんな。申し訳ないです」
出荷ということは、この花で生計を立てているということだ。
花は蕾の状態などで価格が変わるだろうし、盛りを過ぎてしまっては価値が下がって迷惑をかけてしまう。
「大丈夫。ここは王都の中心部に近いから、満開で刈り取ってちょうどいいらしいよ」
「そうなんですか」
ならば、安心だ。
ほっと息をつくアニエスの横で花に手を伸ばしたクロードは、そのままピンク色の花を摘むとアニエスの髪に挿した。
呆然とそれを見ていると、鈍色の瞳を細めてアニエスに微笑みかけた。
「うん、とても似合う。――可愛いよ」
「――かっ!」
あまりのことにそれ以上言葉が出ずに口をパクパクさせていると、クロードの肩にキノコが生えた。
白いフリルの塊のような見た目は、ハナビラターケだろう。
だが、アニエスはキノコどころではない。
「……俺、やっぱりいない方がいいですよね」
背後から恐ろしいセリフが聞こえた瞬間、アニエスは弾かれるようにケヴィンの腕に飛びついた。
「だ、駄目です! ここにいてください!」
ふるふると震えながら訴えると、ケヴィンはこれ見よがしにため息をついた。
「あのね、姉さん。今日はただ馬車に乗る練習じゃないだろう? クロード様と一緒に馬車に乗る……つまり密室で二人きりになる練習だよ。だから、俺はいないものと考えて。――はい、もう一度」
ケヴィンに押し出されたアニエスは、クロードの前で固ってしまう。
「そんなに緊張しなくても。……アニエスは、どの花が好き?」
穏やかな笑顔で問いかけられ、少し体が解れていくのがわかった。
「ええと……白の、ラナンキュラスが」
幾重にも重なった繊細な花弁が可愛いし、白は色鮮やかなものに慣れていないアニエスの心にも優しい。
「これ?」
指さした花を見てうなずくと、クロードはそれを摘み、そのままアニエスの髪に挿した。
「――うん。やっぱり可愛い」
にこりと微笑まれたアニエスは、錆びついた人形のようにぎこちなくゆっくりと振り返った。
「……ケヴィン。無理、無理です……」
そのままよろよろとケヴィンの腕に縋りつくと、頭上から盛大なため息が聞こえた。
「はいはい。それで、何が無理なの?」
「だ、だって、花を。それに、か、可愛いとか! 似合うとか!」
「普通じゃない」
「そんなことないです!」
少し泣きそうになりながら訴えると、花畑から白いカスミソウを摘んだケヴィンはそれをアニエスの髪に挿した。
「とても似合うよ、姉さん。凄く可愛い」
「あ、ありがとうございます」
少しはにかむアニエスを見たケヴィンは呆れたとばかりに肩をすくめる。
「全然、平気じゃない。それを三倍くらいにして、クロード様に返しなよ」
「だって、ケヴィンは大丈夫なんです」
必死に訴えると、大きなため息が戻ってきた。
「ああもう。ここにもフィリップ様の呪縛の影響が。……つまりあれだ。家族以外に褒められるのは受け入れ難いってことだろう?」
============
【今日のキノコ】
ドクササコ (毒笹子)
カエンタケ(火炎茸)
フィリップの長年のノー・キノコ枠が外れた際に、総攻撃を仕掛けたキノコ達。
ちょっと語りつくせないので「キノコ姫 第一章 邪魔者は、消えますから」参照。
特にこの二人……二本は、攻撃力がトップクラス。
ハナビラタケ(花弁茸)
白い傘が薄い膜状の波を打っていて、フリルの塊に見えるキノコ。
食用で、歯切れの良さが特徴。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
菌糸を心材に進入し、木を腐らせて土に返す仕事も請け負っている働き者。
「アニエスを飾るのは、私!」と気合を入れて登場したが、髪に飾ってもらえなかった。
「何? 不味いの?」
「いえ、味はどうでもいいのですが。その、毒が」
アニエスの言葉に、ケヴィンは目を丸くして瞬く。
「毒キノコ? いいものを生やしたね、姉さん。じゃあ何? 今フィリップ様は死にかけているの?」
「いえ。少しだけですし、命にはかかわらないと思うのですが。その、ちょっと特殊な症状で」
ケヴィンに視線で先を促されるが、ちょっと言いづらい。
手足の先や陰茎に痛みが出るとか、クロードの前では更に言いづらい。
「ドクササーコは体内潜入後四・五日で手足の先と陰茎のみを執拗に攻撃し、激痛を一ヶ月以上継続させる。酷ければ壊死するが、あれでも王族の端くれだし、少し食べたくらいなら痛みだけで終わるだろう」
「そ、そうなんです」
言いにくい部分を説明してもらってほっと息をつくと、クロードがそれを見て微笑んでいる。
これはアニエスの葛藤を理解した上で、自ら説明を買って出てくれたのだろう。
ちょっと嬉しいやら恥ずかしいやらで、アニエスはさりげなく視線を逸らした。
「それに、カエンターケは触れるだけで毒素が吸収される猛毒キノコだ。頭に生えたのなら、頭皮も無事では済まないだろうな」
すると、見る間にケヴィンがニヤニヤし始めた。
「いいじゃないですか。姉さんの六年間の苦痛に比べれば安いものです。それに頭皮が滅びたなら、毛根ももげますね。それが本当なら、父さんも喜びますよ」
確かにブノワは常々『フィリップはげろ。毛根もげろ』と言っていた。
そういう意味では、本懐を遂げたと言えなくもない。
「でも、大丈夫でしょうか」
「死にはしないし、壊死もない。だから痛みだけだ。アニエスに文句を言ったとしても、他の貴族には意味が伝わらないだろう」
確かに言われてみれば、一般貴族はアニエスのキノコの呪い状態を知らない。
「キノコだと騒いだら、一部の人間に俺の関与を疑われるかもしれない。だが俺は大切なキノコをわざわざフィリップにはやらない。そう言えば納得するだろう。あるいは俺のキノコ好きを知らなければ、フィリップの主張が馬鹿げているということになる」
「大体、本当にキノコのせいでフィリップ様が社交していないとは限らない。気にしなくていいよ、姉さん」
「は、はい」
そうだ。
フィリップに対してキノコが攻撃を仕掛けたのは間違いないが、それが効いたのかどうかはまだわからない。
二人がこう言ってくれているのだから、もう気にするのはやめよう。
「……ああ、ちょうど到着したみたいだね」
クロードの言葉通り、馬車の揺れが止まる。
手を引かれて降りると、そこは一面の花畑だった。
黄色にピンクに白に赤。
色とりどりの花が、所狭しと咲いて揺れている。
風に乗って甘い香りが鼻をくすぐり、アニエスは思わず深呼吸をした。
「綺麗ですね」
「ここは出荷用の花畑。ちょうど満開だというから、刈り取りを待ってもらったんだ」
「そんな。申し訳ないです」
出荷ということは、この花で生計を立てているということだ。
花は蕾の状態などで価格が変わるだろうし、盛りを過ぎてしまっては価値が下がって迷惑をかけてしまう。
「大丈夫。ここは王都の中心部に近いから、満開で刈り取ってちょうどいいらしいよ」
「そうなんですか」
ならば、安心だ。
ほっと息をつくアニエスの横で花に手を伸ばしたクロードは、そのままピンク色の花を摘むとアニエスの髪に挿した。
呆然とそれを見ていると、鈍色の瞳を細めてアニエスに微笑みかけた。
「うん、とても似合う。――可愛いよ」
「――かっ!」
あまりのことにそれ以上言葉が出ずに口をパクパクさせていると、クロードの肩にキノコが生えた。
白いフリルの塊のような見た目は、ハナビラターケだろう。
だが、アニエスはキノコどころではない。
「……俺、やっぱりいない方がいいですよね」
背後から恐ろしいセリフが聞こえた瞬間、アニエスは弾かれるようにケヴィンの腕に飛びついた。
「だ、駄目です! ここにいてください!」
ふるふると震えながら訴えると、ケヴィンはこれ見よがしにため息をついた。
「あのね、姉さん。今日はただ馬車に乗る練習じゃないだろう? クロード様と一緒に馬車に乗る……つまり密室で二人きりになる練習だよ。だから、俺はいないものと考えて。――はい、もう一度」
ケヴィンに押し出されたアニエスは、クロードの前で固ってしまう。
「そんなに緊張しなくても。……アニエスは、どの花が好き?」
穏やかな笑顔で問いかけられ、少し体が解れていくのがわかった。
「ええと……白の、ラナンキュラスが」
幾重にも重なった繊細な花弁が可愛いし、白は色鮮やかなものに慣れていないアニエスの心にも優しい。
「これ?」
指さした花を見てうなずくと、クロードはそれを摘み、そのままアニエスの髪に挿した。
「――うん。やっぱり可愛い」
にこりと微笑まれたアニエスは、錆びついた人形のようにぎこちなくゆっくりと振り返った。
「……ケヴィン。無理、無理です……」
そのままよろよろとケヴィンの腕に縋りつくと、頭上から盛大なため息が聞こえた。
「はいはい。それで、何が無理なの?」
「だ、だって、花を。それに、か、可愛いとか! 似合うとか!」
「普通じゃない」
「そんなことないです!」
少し泣きそうになりながら訴えると、花畑から白いカスミソウを摘んだケヴィンはそれをアニエスの髪に挿した。
「とても似合うよ、姉さん。凄く可愛い」
「あ、ありがとうございます」
少しはにかむアニエスを見たケヴィンは呆れたとばかりに肩をすくめる。
「全然、平気じゃない。それを三倍くらいにして、クロード様に返しなよ」
「だって、ケヴィンは大丈夫なんです」
必死に訴えると、大きなため息が戻ってきた。
「ああもう。ここにもフィリップ様の呪縛の影響が。……つまりあれだ。家族以外に褒められるのは受け入れ難いってことだろう?」
============
【今日のキノコ】
ドクササコ (毒笹子)
カエンタケ(火炎茸)
フィリップの長年のノー・キノコ枠が外れた際に、総攻撃を仕掛けたキノコ達。
ちょっと語りつくせないので「キノコ姫 第一章 邪魔者は、消えますから」参照。
特にこの二人……二本は、攻撃力がトップクラス。
ハナビラタケ(花弁茸)
白い傘が薄い膜状の波を打っていて、フリルの塊に見えるキノコ。
食用で、歯切れの良さが特徴。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
菌糸を心材に進入し、木を腐らせて土に返す仕事も請け負っている働き者。
「アニエスを飾るのは、私!」と気合を入れて登場したが、髪に飾ってもらえなかった。