目覚めたら初恋の人の妻だった。

ハッキリしない頭で考えていると医師と看護師が
バタバタと部屋を訪れる。

「目が覚めましたね。大丈夫ですか?」
「ハイ。 身体は凄い痛いですけれど・・何とか
起きてます。でも、どうして私は此処に?・・・」
「・・・・・」

医師も看護師も顔を少し見合わせ、医師が看護師に

「神経科にカンファレンス頼んで」と静かに
でもハッキリと口にした。

その男性医師はユックリ、穏やかな顔で私を見つめながら

「お名前は」
「佐倉 柚菜です。」
「誕生日は?」
「3月25日」
「職業は?」
「T大 4年生です。」

その瞬間 母からヒューと息を吸う音が聞こえたから
母の方に視線を向けると目を丸くして私を見ている。
しかも驚くのと恐怖?みたいなのが混ざっているような
顔をして。

どうしたのかな?そんな思いで母を見つめていると
”カツンカツン”と懐かしい感覚の靴音と共に病室に
入って来たのは意外な人物だった。

「カズ兄・・・」
その声は母にしか聞こえなかったみたいだが、母から又
息を呑む音がする。

カズ兄・・4歳年上のその人は私の幼馴染で初恋の人。
そして私の2歳上の姉、香菜の恋人 
加瀬 一那(かずな)その人が何でここに?

「柚菜、大丈夫か? 心配してどうにかなりそうだった。」

そう言いながら私の枕元に跪き、私の頬に手を当てて
私を覗き込む。
余りにも過剰なスキンシップは子供の時以来、
記憶が無く身体がどんなに痛くてもその行動は
間違っているのは解るから

「カズ兄・・・近いよ。」
ドキドキしながら目を逸らし口にすると
カズ君も一瞬 息を止め 母を見つめた。

母は首を振ったような気がするが私の所からは
その動作はハッキリ確認は出来なかった。

「柚菜・・どうした?・・」
「カズ兄 私の方がどうしてここに居るか教えて欲しいよ・・
ってか どうしてカズ兄がいるの?」

その疑問の答えを聞く前に別の医師が部屋を訪れた。
忙しい先生なのか部屋に来た瞬間に

「安藤先生、一応、今こちらに来る時に簡単に
説明は受けました。私の方から質問して良いですか?」
「平岩先生、よろしくお願いします。」
「では、質問させて頂きますね。
先ずはお名前をフルネームで」
「佐倉 柚菜です。」

その瞬間 傍に居たカズ君の身体がピクりと緊張し、
思いっきり不機嫌な顔で私を見つめた。
こんな顔を見たのはあの日以来だ・・・
今までカズ君と呼んでいたのに、あの日、私は初めて
カズ兄と呼び、それから心ではカズ君と呼んでいたが
その後は一度もカズ君と口にしたことが無い。
あの時と同じ顔だった。

「年齢は?」
「21歳です」
「職業は?」
「T大 4年です。」
「学部は?」
「文一です。」
「住所は?」
「東京都渋谷区○○・・・・・」
「家族構成を」
「両親と姉です」
「病院に居る今の状況は理解していますか?」
「病院に居るのは解りますが、どうしてここに居るのかは
思い出せません」

こんな質問を暫く続けると先生は、もう一人の先生に
話しかける。

「多分、逆行性部分健忘だと思う。」
そんな言葉が聞こえた。
”部分健忘”だって でも私全部に答えられたよね?

母が困ったように口を開いた

「柚菜、柚菜は大学を卒業して随分経っているのよ。」
「え・・・・・」
「柚菜、最後の記憶は何?」
「最後って・・・」

なんだろう・・思い出そうとするご胸の奥がギュッと
締め付けられる様になって息が苦しくなった・・・

「はぁ、はぁはぁ・・・」
「佐倉さん、落ち着いて 息を吸うんじゃなくて
ユックリと吐いて・・・」
「未だ外傷性気胸が良くなってないからね・・・」

なに?外傷性気胸って???

「柚菜、大丈夫か? ほら 一緒にユックリと
吐いてみよう・・」

私の頭に大きな手が乗せられるけれど、その手が嫌だった・・

「カズ兄 大丈夫・・」
私はその手を自分で払いのけた。

どうしてそんな事をしたのか解らないけれど、それが正しいと
本能は言っている。

予想外の私の反応に力なく手が中途半端な所で止まっているけれど、
私がその手を拒否した理由が解った。
カズ君の左手の薬指には指輪が光っていたからだ。

あ~ このまま 見なかった事、知らなかった事にしたいと
思った私は又、簡単に意識を手放した。
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