目覚めたら初恋の人の妻だった。

DVの相談を終えて役所の人と話していると
「加瀬先生は凄く優しくてフォローが細やかで尊敬します。どうして
そんなに人に優しく出来るんですか?弁護士の先生ってもっと、こう
上から目線の方が多いから・・・」
「褒めて頂いて有難うございます。私、優しいですか?
何時も、後から後悔しています。もっと良い言い回しがあったのでは?
もっと、良いアドバイスが出来たのでは?って」
「そんな事は無いです。いつも後から役所に感謝を述べに来る方が
沢山いらっしゃいます。先生と話せただけで勇気が貰えました等々」
「そう    私でも少しは誰かの役に立つのね。  」
「先生は私からみたら凄く美人で、スタイルも良くて、地位も名誉も持って
いらっしゃるように見えるのにどうしてそんなに哀しそうな
顔をされるんですか?」
「・・え?」
「あ、スミマセン! ゴメンなさい 私ごときが生意気を言って・・」

本当の私は何も持っていないのに 他人(ひと)からはそう見えるのね。

「意外と何も持っていないのかもしれないですよ・・・」
「それでも人に優しく出来るって、それを持っていると云うんです!」
「そう言ってくれると勇気が湧くわ。」
「勇気ですか?」
「そうよ。生きてるだけで、私は一杯一杯なんだもの。」
「先生でも・・・ですか・・・」
「ええ・・・自分の存在価値が解らなくなる時があるわ。」
「私もです。 相談に来られる方に何も出来ない自分が悔しいです。
でも、先生は的確にアドバイスされていて…見習いたいと思いました。
先生の様に強くなりたいと・・」
「強くね・・・前にね、あるバンドの歌で”些細な拍子に壊れてしまう前に”
のフレーズを聞いた時に私に言われている様な気がしたんです。
そして、その歌詞を作っている人の周りに居る人が羨ましくなって、
作者は色々気がついてシンドイかもしれないけれど、この詞を書いている
人の周りの人は気にかけて貰えてる、大事に思われてるって思ったら
羨ましくて、悲しくなったんです」
「どうして悲しくなったんですか?」
「私にはそこまで思ってくれる人が居ないから・・・だから誰かの役に立って
自分の存在を消えない様にしているだけです」

役所の人は私の左手の薬指を見ながら

「ご主人は?」
「主人にとって気遣って、守るべき人は私じゃないから・・・」
「そ、そ、 そんな事は無いと思いますよ・・・」
「そんな事 あるんですよ。」
そう、笑った私の笑顔はこの人に不快な思いを
させていないだろうか?
こんな歪な夫婦関係の私に相談なんか受け持って欲しくないなんて
思われないだろうか。
と心を過ぎる

一那にとっての守るべき相手はあの夏から姉だ。
2人は寄り添って、青春時代を過ごした。
姉のよき理解者だった筈だ。
その証拠に姉が何処に居るか知っている様に感じる。
一那と父は姉に対して焦りが無い・・・何処に居るか、何をしているか
皆目見当のつかない母とはまるで違う何かがあった。

「加瀬先生、私は加瀬先生の凛とした所が好きです。きっと、誰もが
そう思っています。」
「有難う♡」

お互いの涙目を照れ笑いで誤魔化した。

「先生、私は先生が抱えている色々なモノが解りませんが
夫婦なんて意外と単純なモノじゃありませんか?
相手が大事だから心配掛けたくないから、言わない。
でも、言われない相手は言って欲しいと思っているのかもしれないです。
だって、そうじゃなきゃ一緒の空間で暮らすって簡単に出来る事じゃないと
思うんです。
先生がご主人を好きなように、ご主人も先生を好きなんじゃないですか?
だって、先生の婚約指輪 先生の指に凄くに似合ってます。
派手過ぎず、かと言ってシンプルでもなく、先生の華奢な指と
一体化しています。
それを選んだって事は先生をよく見ているんじゃないですか?」

婚約指輪を貰った時の事も、それを一那が選んだ理由も私は覚えていない。
でも、確かにその指輪は私が好きなデザインで、私にフィットしていた。

信じてみようか・・・自分が臆病で一那に気持ちを打ち明けられない様に
一那も姉との事を何とも思っていない事をタイミングが難しくて口に
しないだけなのかも知れない。
一那や両親、友達との話を擦り合わせると私達は大学1年の頃から
2人で彼方此方に出掛けているらしかった。
姉と一那との間に何かがあったとしても6年以上前の事だ・・・
気にする事では無いのかもしれない・・そう思ったら無性に会いたくなった。

「私、今から主人の所に行ってみますね。」
そう口にすると
ブわぁ~と素敵な笑顔で
「行ってらっしゃい! 次回、会える時を楽しみにしています!」
そう言って送り出してくれた。
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