目覚めたら初恋の人の妻だった。
「いかにも綺麗っていう雰囲気だったね・・顔 見たかったな~~~」
「働いているっていう話ですもんね。」
「バリキャリって事??」
「奥さん良いな~旦那は社内でも人気で出世頭。それでいて美人で
バリキャリって言ったら羨ましすぎる!!!」
「本当それ マジ羨ましい 奥さん・・愛されてるって感じで
幸せを分けて欲しい!」
”幸せ” 私のどこが?
目の前で2人の姿を見て何も出来ないで茫然としている私のどこが幸せなの??
フフフ 幸せなのは今、この瞬間に彼女達が目にした
タクシーに乗って去っていった一那の本当に大事な姉の事だ・・・
”愛されてる” 姉がね・・・妻の私じゃない・・
パキン パキンと音を立てて壊れていく・・・”幸せ”がじゃなくて私が。
あ、この痛み 覚えてる・・・トクン トクン トクン 心臓が早鐘のように
打ち始める。
トクン トクン トクン バリバリバリ・・・引き裂かれる音は私自身だ。
このままここに居てはいけない・・・
私は押し寄せて来る不安と恐怖と息苦しさ、それに割れるような頭痛に
慌てて店を後にし、2人が消えたタクシー乗り場から私も乗り込み、
実家の住所を告げた。
ここからだったら30分は掛からない、ギリギリ この痛みに耐えられる
筈、耐えなければ・・・
さっきもタクシーに乗った時に感じた感覚が蘇る。
なんだろう・・・匂い?違う・・・景色? 車窓から見る景色は
家路を急ぐ人で賑わっている。
皆、下を見てスマホを弄るその姿に水族館の魚みたいだった。
同じ方向を見て誰も違う事をしない集団。
誰もが他人の痛みなんて気づきもしない・・
フッと自嘲したのは自分も同じだから・・・
ガクンと 前のめりになる身体。
「スミマセン 急に車道に自転車が下りてきて・・・だい・・・」
運転手さんが何か口にしているけれど聞こえない・・・
あの日、私は一那とお姉ちゃんが仲良く会社を出て夜の街に
吸い寄せられえるように消えて行く背中を見つめていた。
2人は無邪気に笑い合って姉は一那の背中をトンっとした。その時に見せた
一那の横顔は切なげで苦しそうだった。
私は声を掛ける事も、逃げ出す事も出来なくてその姿が消えて無くなるまで
見ていた。
どの位の時間そうしていたかは今はもう覚えていない
そして手に持ったスマホを見続け、電話をするか悩んだ・・・何分も何分も・・
思い切って掛けたのに電源は入っていなかった。
絶望・・・あの2人はこんな遅くに何処に行ったんだろう?
そして電源を切っているスマホが指すものは…一つだろう・・・
”嘘つき、嘘つき! 私だけだって言ってたのに・・好きだ!
離したくない”
私に掛けてくれた言葉は全部嘘だった・・・
もう、一那とは居られない・・行く所も無い。
ほうぼうの体でタクシーに飛び乗った。
あてもなく走らせる訳にも行かなくて、最近 一緒にデートして
楽しかった横浜に向かおうとしていた。
でも、横浜には着かなかった 着けなかった。
突然、凄い音と身体に感じた打撃。
スローモーションのように車がぶつかって来て、眺めていた車窓の景色が
人から星空に変わった。東京で星は見えないという人がいるけれど東京だって
星は見える。星と星の間に天女の羽衣が幾つも幾つも揺らいでいた。
楽になれる・・・このまま消え去ってしまえる。
そう思ったら悪くないと思えた。
人の声、痛む身体 再び目を開けると、そこにはさっきまで黄色かっていたのに
今は真っ赤な月が見えた。
「赤い月・・・」
目から零れた何かが頬を伝わり口に入ると鉄の味がする。
あ~赤いのは私の目が血で赤いからなんだ・・・解ると急に力が抜けて
一那の事も姉の事も自分自身もどうでも良くなった。
「楽になりたい・・・」口にすると本当に叶うと思ったのに神様は
何処までも意地悪だった。
そして今その情景を思い出した。思い出してしまった・・・
あ~ やっぱり辛い事の方が多かった。
「お客さん、着きましたよ・・・」
その言葉で我に返るが、さっきの赤い月の時空と今がゴチャゴチャに
なっている。
どうにか実家の扉を開けると三和土に倒れ込むように座り込んだのは
思い出したくない現実を受け入れられないのと、さっきの2人。過去の2人。
そして割れるような頭痛に耐えられなかった。
「お母さん、お母さん 頭が割れる様に痛い」
「誰か、誰か 来て」その言葉に遠くでバタバタと走って来る音がする。
父の運転手さんに運んでもらい、頭に冷えたタオルが置かれた。
「柚菜ちゃん・・・どう?」
「お母さん 思い出しちゃった・・・まだ全部じゃないけど・・」
「あぁ よかった 」
「思い出さなければ良かった うっ」ハラハラと涙が零れ落ちるのを
止めるのも説明するのも出来ないで ただ泣き続けた。