目覚めたら初恋の人の妻だった。
先生    私に可能性を教えてくれた先生。
迷子になっていた私にT大の魅力を教えてくれた人。

卒業して、惹かれ合うように直ぐに大学で再会し、
付き合おう、付き合って下さいも言葉にしなくても、私達は恋人同士だった。
傷つき恋なんてしない、誰も好きにならないと思っていたのに
あの頃の私は彼に惹かれていた。
恋愛初心者の私には異性との距離の取り方も、会話の楽しみ方も
駆け引きさえ覚束なくて
そんな私に先生はユックリ付き合う事を教えてくれた。
何時のまにか先生の好きな事、モノが気になり、待ち合わせのカフェで
長い足を組んで何時も万葉集を手にしている先生に遠目でドキドキし、
その擦り切れた万葉集に興味を持ち、内容を丁寧に説明してくれた先生。

先生の部屋に何時も読んでいる万葉集の新品が置いてあった。
その本を手に取りながら
「??????」頭の中のquestionが先生には伝わったらしく
「君が高校生の頃、進路で悩んでいる時に贈りたいと思って
思わず手に取ったんだ。 あの時は我に返り、一生徒に渡すのはね?
でも、今 君に渡せる時がくるとは    嬉しいな」

断片的だけれど交わした会話が夢じゃなくて真実だと解るように
頭に次から次へと走馬灯のように巡る。

その歌の1つが事故の直後薄れゆく意識の中で過ぎった。

『たちかへり泣けども吾は験(しるし)無み 思ひわびれて寝る夜しぞ多き』
『何度泣いても甲斐が無い あなたを思って悩む夜が多いのです』
赤い月は私の心の涙・・・そう思った・・・
先生、どうして私はあの時、先生の手を放してしまったのでしょうか?
もう、私に手を差し伸べてくれる人は居ない・・・夜の闇に溺れてしまいたい。

死線を彷徨った時にみた夢の中で私は行くのを躊躇った道があった。
あっちに行っていればこの苦しみを味わう事がなかったのに
どうして選ばなかったのだろう。
もしかして私の選択の全てが間違っているのかもしれないと
言いようの無い不安、苦しみ、恐怖に気分が沈んでいく。
あの手に縋りたい・・そう思った自分にハッとする。
18歳の私はあの手を離した。それを今更‥何考えているの・・
私はいつの間にかそんなに狡い人間になってしまった。
そう、解っていながらも狡い私は今は一那以外の事を考えて、この
胸の痛みから少しでも良いから逃げ出したかった。
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