目覚めたら初恋の人の妻だった。

あの頃の先生と私は他人から見ればもどかしい程にユックリとお付き合いを
進めていた。
そんな私達に変化が訪れたのは夏祭りの夜だった。
浴衣を着て花火を見て、気持ちが昂ぶり初めて唇を重ねた。
触れるだけの軽い軽い口づけ。
周りの目が気になったし、ファースト・キスって言う言葉に
浮足立っていた。
キスを重ねる度に変わる深さに戸惑うようになったのは
どうしてなのか自分でも解らなかった。
軽いキスなら何も感じないのに深いキスになると、心にズトンと
重石みたいなのが乗る感覚が押し寄せる
それが繊細な先生に感じ取らない訳が無かった。

「柚菜、話がある」って言われた時に全てをお互いが悟っていた。

これは別れ話だと・・・・

何度も訪れた先生の部屋が、まるで見知らぬ部屋の様に感じたのは
先生の柔らかい空気が無かったからだろう。
たったそれだけで部屋がただの空間に変わってしまっていた。
この原因を作ったのは紛れもなく私なのに苦しい。

何時もの場所に腰を下ろし、何時もの様に隣に先生が座るが
距離が何時もよりほんの少し離れている・・・そんな小さい事に
気がつく自分が嫌いで、それを気にしている自分を気に掛ける
先生に申し訳ない気持ちが湧いてしまい、悲しい気分に涙が滲んで
来るのが解るけれど、グッと堪えるのに喰いしばる・・・
泣きたいのは先生だ・・・・

それなのに 先生は私の頬に手を当て、優しく
「歯が痛むよ・・・」
その言葉に堪えていたモノが一滴 落ちてしまう。
「泣かないで・・・キスしたくなるから・・・」
間違っている、間違っているのに・・・
「私も、先生とキスしたい・・・・」

重なる唇に私達は虚無感を感じながらも止められない矛盾・・・

「柚菜、僕はこの先をしたいと思っているんだ・・・」
「・・・・・・」
解っていた・・でも、この先は・・・
「柚菜がこの先を僕と・・・考えていない事は解る。」
「先生・・・・」
「大丈夫…解っているから ・・・」
唇が離れた時に私達の心の距離も離れていてしまった。
「柚菜、初めて見た時 一目で惹かれた・・・その儚げな雰囲気に
それが好きなのに、今その儚げな雰囲気を出している(わけ)
僕達の壁になってしまっている。」

私の胸をコツンコツンと人差し指で叩き、静かに息を吸う・・
大事な事を話す時の先生の癖。

「柚菜のここには その時から誰かが居る・・・僕には知る権利が
あると思う   話して貰える?」
「姉の恋人・・・・」
「ヒュッ」と先生の息を呑む音が響く。
「生まれた時から傍に居て、気がついたら好きだった・・
でも、その人は姉を選んだ・・・ただそれだけ・・・」
「それでも 想っているんだね・・」
「解らない・・・忘れる為に沢山努力してきたの。誰も好きにならない!
そう誓って生きて来た。先生に出会うまでは・・
信じてくれないかもしれないけれど、ちゃんと先生に恋したの。」
「信じてるよ。嘘だなんて思ってないよ・・・ただ、柚菜の好きと
僕のスキが違うんだ・・・」
「・・・・」
「柚菜も説明できないけど解っているんだよね?」
「私の恋の仕方が間違っていたの?」
「柚菜、違う・・・間違っていない!僕たちはちゃんと
正しいい恋をしたよ。だけど、出会う時間(タイミング)が違ったんだ・・・」
時間(タイミング)?」
「そう、もっと前に会うべきだったのか、もっと後だったのかは今は解らない
だけど、今じゃなかったんだ・・・」

先生の言っている事は解る・・・私もそう感じる・・・だけど
この手を離し失うのは怖い。

「私、先生が居なかったら 今の私は存在していなかった」
「僕もだよ・・・柚菜と一緒に居たから今の僕が居る」
「離れたくない・・・」
「僕も・・・・だけど これ以上一緒にいるのと
何時か お互い傷つけ合って仕舞う。それはイヤだ。」
私もイヤだ・・・だけど・・・
「これ以上一緒に居るのは僕も苦しい。それに君を一瞬でも
自分のモノにしてしまったら何があっても手放してあげられない。
それぐらい君にのめり込んでしまう。自分を制御できなくなる。
それがどんな事態になるか柚菜なら解るよね?
今の柚菜が僕のモノになったらいずれ君は離れていく。
だから ゴメン・・・これ以上は無理だ・・・」

先生は私みたいに泣いてないのに、泣いている。
泣かせてしまったのは私のせいだ。

「先生、ごめんなさい。 こんな想いさせてさせて御免なさい。」
「・・・僕の事を見ていてくれて有難う、僕の気持ちを理解して
くれて有難う。恋人になってくれて有難う。」

違う。私は貰ってばかりだ・・
1人になるのは怖い・・だけど先生に嫌われるのも、先生を傷つけるのも
何方かが我慢するのも違うと教わったのはこの恋だ。
私に出来る事は一つしかない。

「  先生 沢山の愛をありがとう。」

その頬に触れたくて手を伸ばしたけれど、空を切った。
もう、私にその権利は無いから。

その事に先生も気がついている。
そんな事すら私達は解る、なのにどうして一緒に居られないのだろう。

「もう遅いから送って行く・・・」
「大丈夫。 タクシーで帰るから・・」
「送りたいんだ・・・」

”最後だから”そう先生は付けたかったと思う、
”一緒にいたいから”今まではそう言ってくれてた。
もう、言ってくれないのが寂しいと思うのはエゴなんだろう。
自分がカズ君を忘れられなかったせいなのに・・・
私は何時になったらこの気持ちを浄化出来るようになるんだろう。
もう、一生このままなのかもしれない。
先生以上に素敵な人に出会える事が無い事は解る、それなのに浄化出来ない
程の叶わぬ想いに苦しくて堪らない。
忘れたと思っていたのに消えたと思っていたこの気持ちを私は
どうやって蓋をして生きていくのだろう・・・
カサブタみたいな恋心。



部屋に戻っても灯りを点けたくなかったけれど、多分 先生は私が
部屋に入ったと解るまであそこを離れない・・
でも、今の私には眩しすぎる灯りは自分のダメな所を曝け出して
しまう・・・
先生なら伝わる・・・私はそっとカーテンを揺らしその隙間に
先生の姿を確認した。
二度とそこに立ってくれる事の無い姿を忘れたくなくて、でも
直視出来ないから揺らしたカーテンの隙間からしか見る勇気が無かった。

何度目かで先生の姿が無くなっていた。
それなのに私はカーテンを揺らし続けたのは先生の姿がそこに見える事を
願っていたから。
もし、先生の姿が見えたらその胸に飛び込もう。
カサブタを完全に剥がしてしまおう。そう思ったのに朝までそこに
先生が立つ事はなかった。

見続けたのはそこに先生が立ってくれる事を願いながら、
もう一つはベッドに入り悪夢が襲ってくる恐怖に耐えられなかったから。
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