目覚めたら初恋の人の妻だった。
そんな過去を思い出し、答えの出ない解答を誰かに言って欲しくて
「どうして・・どうして・・」
と呪文のように
一人ぼっちで無駄に広いリビングで声に出すけれど、勿論
誰も答えてくれない。
その小さな呟きが嗚咽に変わっても、誰も私を助けてくれない。
一人ぼっち・・・
1人、ここで一那の帰りを馬鹿みたいに待っている私を2人は一緒に
嘲笑っているのだろうか?
それとも、そんな事も考えないで抱き合っているのだろうか?
一那の細く長い指が姉の頬を撫でるのだろうか?
私を抱きしめる様に姉を抱きしめているのだろうか?
私にするようにキスをしているのだろうか?
考え始めると、どす黒い何かに呑み込まれてしまいそうで
自分の身体を自分で抱きしめ、大理石の床に崩れ落ちる、
頬に当たる石が冷たくて気持ちよくて、そこに水溜りが出来るが
誰も気づかれる事も無く乾いてしまうのだろう・・
同じ様に私の心も乾いてしまえば良いのに・・・
でも、もう少しだけ、もう少しだけ、このまま居させてと願うのは罪だろうか。
身体から力が抜けて意識も遠のくが構わない 私に何かあったら
楽になれる。
”ポン”メッセージの着信音で意識がハッキリしてくる・・・
私、何分ここに?
時計を見ると1時間ほど意識を失くしていたみたいだ
一那?その着信音を確認するが、それはただの広告
「ッフ・・バッカみたい・・・」
こんなにハッキリしているのに未だ、一那からメッセージが来たと
思ってしまう 愚者。
「惨めだ・・・・」
乾いてしまった涙の痕も、1時間も放置されていた自分の肉体も。
何も価値が無いと言い渡されたような感覚になる。
何時か私は一人ぼっちで死んで逝く未来を今、体感したみたいな気持ち。
結婚したら幸せになれると思っていた。
1人で寂しくないと思っていたけれど、結婚しても2人で居ても
心が一人ぼっちなら2人でいる孤独の方が何倍も苦しいなんて知らなかった。
よろよろと起き上がりながら、意識を失くしていたのに
誰にも気がつかれないで、誰にも労われないで、自分の脚で立つ虚しさに
身体の至る所が痛みで悲鳴を上げている。
鏡を見なくても解る位に目が腫れているのも
解るのは余りにも目の下が重いから・・・そんな不細工な顔をそれでも一那には
見られたくないと思ってしまう、恋心。
誰の目からも愛されていないのに妻の座に縋る女。
流行りのTL小説なら真実の愛を邪魔する悪徳令嬢の立ち位置だわ。
そんな事を冷静に考える自分もいるのが可笑しくて
「 フフフフ 」と小説の令嬢のように笑ったのに
何故か頬に冷たいものが伝わる。
あ~ 心がキシキシと音を立てる。
贅沢な造りのバスルームに行き、ロボットの様にお風呂の準備をする
お気に入りの入浴剤を取り出し、倍の量を投入し、その香りに噎せ返り、
コホンコホンと咳をしながら涙目になるのは香りが強いせいだと
納得させながら身を委ね
どんなに贅沢な籠に入れられていても、幸せとは限らないんだな~
バスルームから眼下に広がる灯りを見つめ、小さく顔の判別も出来ない
行き交う人や車を眺め、此処に住まう人 全員が幸せな暮らしをしていると
このタワーマンションを見て人は想うのだろうか?
記憶が戻る前は早く記憶を戻したかった。
大好きな一那と結婚できた経緯を思い出して噛み締めたかった。
どういう風にプロポーズされて、その言葉をどんな顔をして口にしたのかを
思い出したかったし、どんな結婚式をあげて、待ちわびたハネムーンをどう
過ごしたのか、写真だけでは無くて自分の記憶から呼び戻したかった
だけなのに・・
今はプロポーズの言葉は思い出すし、結婚式のドレスも式場も
全て思い出されるのに、その時の一那の表情だけが思い出せないでいた。
あの時、幸せだと馬鹿みたいに浮かれていたのは私だけだった。
一那の表情を思い出せないのは、きっと、心の奥底に一那の困惑している
表情を覚えているのだろう。
今は記憶なんて戻らない方が良かったと思う矛盾した気持ちに
乾いた笑いしか出なかった。
「神様は意地悪だ・・」
そう口にするけれど誰も否定してくれなくて自分の嗚咽だけが
温かくリラックス出来る空間のバスルームに寒々と響く。
頬を伝う雫は汗だ・・・大丈夫。
昔もこうやって感情に蓋をする事が出来たんだから今回も出来る。
やらないと・・・一那が帰ってくるまでに・・・
ズルズルとお気に入りの入浴剤の入った湯船に背中から寝る様に
全身を沈める。このまま・・・息をするのに顔を出さなければ・・
「ぷぅは~」
そうよぎったのに苦しさに顔を出す情けない自分に
「死ぬことも出来ない・・・どうしてあの時に死ななかったんだろう
そうしたら今の苦しみを味わわないで済んだのに・・・」
口にしたところで願いは虚しくバスルームに木霊するだけ。