目覚めたら初恋の人の妻だった。
一那が帰宅したのはそれから2時間後だった。
スッカリ腫れた目もアイシングで気がつかれない程度に落ち着き、
余計な事を聞かれないで済む事に安堵したけれど、心の中では
気がつかれない程の存在に成り下がっている時点で
妻として家族として終わっていると認識してしまった。

本来なら、この時間まで仕事をしていた一那を労わりたいが
仕事だと信じきれない心。

一那が帰宅するまで、髪の毛を乾かし、色々な書類の整理をし、
昔のスマホを取り出しアルバムを見直し、整理し、
余計な事を考えない様にしていたが、
ふとした瞬間に戻らない一那にメッセージを送るか、電話をするか、
色々考え既読がつかなかったら、返信をくれなかったら、
電話に出てくれなかったら、そう考えると何も出来ないで
スマホの画面を見つめるだけで悪戯に時が過ぎていく

そうこうするうちに、このまま一那が帰宅しないのでは?なんて考え始め、
クローゼットの洋服を確認しに行き、安堵する。
でも、直ぐに一那ほどの御曹司が洋服なんて簡単に揃えられる事に気がつき
確認するだけ無駄だって気がついた。

そんな自分が惨め過ぎる。
あと何夜、こんな惨めな自分を晒すのだろう。
そこに私は何をみつけるのだろう。
一那や姉はどうしたいのだろう?
私はこのまま惨めな思いを胸に抱きながら戻って来ないかもと
不安になりながら待つのだろうか・・

そんな風に考えていた事すらおくびに出さないで笑顔で一那を出迎える。

私の身体を心配を口にしつつ破顔の顔を向けられると
愛されているのではと錯覚してしまいそうだ。
きっと、私を見ている風を装って姉の欠片を私の中に見つけて繕っている
のかもしれない。
笑顔がぎこちないのがバレたのだろうか?少し眉を顰め、私の頬に軽く
手を触れる・・
”ピクっ”
無意識に身体が跳ねる。
お願い、姉を触った手で私に触れないで!そう口から出そうになるのを
グッと呑み込む
心の中で自分に”大丈夫、大丈夫”と言い聞かせながら。

今までだったら愛されていると錯覚してしまう笑顔と言葉をこれ以上
自分の中に取り込みたくなくて、

「退院したばかりで身体が日常生活に慣れていないから先に寝ますね」と
言い訳して、寝室に逃げこんでしまう。

この間までその大きすぎるベッドの中央に寄り添って寝ていたのに今は
自分側の端っこに丸まるようにして潜り込む。
ギュッと目を瞑り、どうか私が寝てしまってから一那が寝室に来ますようにと
願いながら・・・

退院したばかりもあるし、泣き疲れ、余計な事を考えていたからか、
あっという間に深い眠りに誘われたようで、アラームの音で目覚めた時には
隣に一那の姿は無かった。
居ない事にホッとした気持ちがあったのも否めないが、それ以上にもしかしたら
一緒に寝るのが嫌で寝室に来なかったのかも知れないと考えた時の不安の方が
大きかったが、枕に残る跡に一那がそこで寝た事を示していて、安堵し、
そんな自分に更に困惑してしまう。
自分の気持ちがヤジロベーの様にユラユラしている。

リビングで窓の前に立ち外を眺めながらコーヒーを飲んでいるその姿を見ると
ドキリと胸が高鳴る。
こんな事になっても尚、私は一那を好きだという気持ちは隠しようが無かった。
諦められなくて諦められなくて、蓋をした感情を悪戯に暴かれ、
今の困窮があるのに一度暴かれてしまった恋心に蓋をするには
想いが当時よりも強く、深くなっていて
簡単に蓋が出来ると思っていた想いは知らずに簡単に
蓋が出来ないほどに膨れ上がっていた。
その事に気づかないフリをしていたが、認めない訳にはいかないほどに
今、目の前にいる人が恋しい・・・こんなに傷つけられているにも拘わらず
愛して止まない人だ

このまま自分が我慢すれば一那の傍に居る事は出来る。
私だけを愛して欲しいけれど、私だけを見ていていて欲しいけれど、
それさえ我慢すれば私は一那の隣に居れる。それでも良いじゃない。
そんな感情が湧いて来る・・・でも、でもそれが虚しい事も解っている。
じゃあ、私はどうしたら良いの????

「おはよう」
そんなぐちゃぐちゃの感情と葛藤している私の気配を感じたのだろう、
以前と何も変わらない笑顔で私に声を掛けてくれる。
私が会社になんて行かなければこの演技に一生騙される事が出来たのに
知らなくても良い事をどうして知ってしまったのだろう。

「おはようございます」
「クッ どうしたの?記憶が戻ったら敬語になっているよ・・・敬語なんて
付き合い始めの時と、記憶が無くなった時にしか出なかったのに
寂しいよ」
そう泣き笑いのような顔で口にするのは止めて。
本心だと錯覚してしまうから。
これ以上、私を混乱させないで お願いだから

「寝起きだから、寝ぼけているのかも   」
「寝起きも可愛いけれど、寝てる姿は無防備で凄く可愛かったよ」
私の頭を空いている手で抱えながら頭に唇を落とす。
懐かしい感覚に、匂いにクラクラしてしまう。
無意識に一那の背中に腕を廻し、力を込めてしまう・・・
今だけ、少しだけ、私だけの一那でいて・・・・


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