目覚めたら初恋の人の妻だった。
部屋番号も表示されないカードキーをお守りの様に抱きしめ、
ロビーでエレベーターを凝視していたのはどのくらいの時間なのだろう
勢いに任せて部屋を取ってしまったが私は何をしたいのだろう?
このまま、2人に会わないで泊まる?
(違う、そんな事したら出口のない迷路を彷徨い続けるだけ。
それならば、対峙した後に2人が利用したホテルに1人寂しく泊まる?
答えが出ないままロビーでエレベーターを睨み続ける私は
傍から見たらここでも般若の顔をしたみっともない人間にしか
映らないだろう。
いや、それとも存在すら忘れられたみたいに2人に扱われている様に
誰の視界にも入っていない透明人間かもしれない。
逡巡するも解決策など見つけらないうちにエレベーターから
お目当ての2人が出て来た。
咄嗟に足が向かい2人の前に立ちはだかる姿は傍から見たら
修羅場だろう。
事実、修羅場だ。
突然、そこに居ない筈の人間が視界に映ったのだから2人同時に固まっている。
「フッ」
自分の唇から笑みとも嘲りとも言えない何かが出たのは
事務所で良く聴く不倫現場に配偶者が乗り込んだ時の相手方の態度が
まるで定型文のように同じ事に自分が紙面では無く現実で直面し
成程、やっぱりね そんな思いから口をついたのか。
余りにも紙面で見過ぎた通りで呆れつつ、2人の前にカードキーを翳し
ついて来るように顎を振ったのは私の最後のプライドだ。
何か言葉にしたら泣いてしまいそうだから・・・
他人の目もあるから小さな箱の中は沈黙だけが支配し、私は何故か
その箱の中に飾られている一輪挿しのバラを眺めて、赤いバラの花言葉を
思い出していた。
勢いでプレミアムツインルームを取ってしまった・・・・
扉を開けて一歩中に入ると、修羅場の雰囲気にはそぐわない
ラグジュアリーな室内に、夜景。
誰が最初に口を開くのか様子を見ている様に沈黙していた中で
口を開いたのは一那・・・
「ごめん・・・隠すつもりは無かったんだ 」
あ~ そうきたか・・
全てを認めちゃうのね 弁護士の私に。
頭が良いくせにそんなところは考えに及ばないのね
それとも私はあなた達にとっては幼いままの小さな柚菜で
取るに足らない存在だと思われているのかしら。
じゃあ、その懺悔の言葉でも聞きましょう。
私はバックの中にあるレコーダーのスイッチONを確認した。