目覚めたら初恋の人の妻だった。

一那side 6

「あとは弁護士として後日、離婚の話し合いをさせて。一那も弁護士を
同席させてくれて構わないから。」
「な、な なんの話をしている・・」
「離婚して下さい。」

柚菜が口にした言葉に初めてこの部屋に入った時に感じた違和感の
正体が解った。
柚菜は弁護士としてこの部屋に臨んだ。
だから普段、付けたのを見た事が無い弁護士バッジが胸に光っていたんだ。

「なんで、離婚しないと駄目なんだ・・・?」
「理由はどうであれ結婚しているのにホテルに行く関係を続けている
女性がいるのに離婚はしないとかってバカにしていると考えないのですか?
ましてや義理の姉弟の前に元恋人同士だったんですよ。言い訳が通るとでも?」

そうハッキリと口にする柚菜は妻では無くて弁護士だった。

「柚菜、待って。ちゃんと説明させて。」
香菜が慌てて口にするが、柚菜はそちらを見ようともしない。
柚菜は昔から一度決めたら突き進む強さを持っていた。
だからこそ、T大に合格し、司法試験も在学中に受かる事が出来たのだ。
その強さを傍で見て知っている。
「柚菜、ちゃんと俺からも説明をさせて欲しい。でも、順番的に
香菜が話さないと駄目なんだ。頼むから聞いて。それから考えて欲しい」

柚菜は今まで見た事の無い冷たい目をしていた。
ゾクっと身体が凍りつくような表情にそれだけしか口に出来ない不甲斐なさ。
そして、なによりも無表情なのが余計に不安を増長させる。
このまま離れて行ってしまいそうで怖かった。

そんな雰囲気を感じ取れない香菜に、ある意味羨ましささえ感じる。
「私は、カズ君と付き合った事は一度も無いし、恋愛感情を抱いた事も
無いの。」
「でも、キスするのを見ました。」
「好きじゃない事を確認する為にキスしたの」
「そんな確認の仕方は間違っていると私は思うけれど。
スキがキスをしないと解らないような判断しか出来ないなら
本当に好きを知らないから止めた方が良いのでは?
そんな事をしていたら悪戯に沢山の人を傷つけてしまいます。
その人の唇に触れたい、体温を感じたい、切なさも愛しさも全部
込めて初めてキスの大切さが解る。私はそう考えてます。
私は、そんな軽い気持ちでキスするような相手とはした事も無いし
したいとも思わないし、考えた事もない。」

その言葉に俺の心はズキズキと痛みだしたのは、キスの相手が俺だけなら
”一那”とって出るのにそう言われなかった事に満月の夜のキスシーンを
思い出させたから。

そして柚菜の言葉に香菜は何かを考え、やがて少し顔を歪ませ、俺に顔を向け
泣き出しそうな顔をした。
柚菜の表情は解らないのに言葉の機微には敏感な香菜らしい・・
でも、今はそんな同情するような顔をされたくなかった。

「柚菜、変な事を聞いて良い?」
「なんですか?」
「柚菜、ファーストキスは誰と?」
「え? なんで 急にそんな事を?」
「私が柚菜に聞くの可笑しい事は解ってるけど、出来れば教えて欲しい」
「お姉ちゃんの知らない人です・・・」
「…うぅ‥フぇ・・ご ごめん・・カズ君、柚菜・・ゴメンなさい・・」
柚菜の回答に香菜は泣き出した。

俺は香菜が泣く理由がなんとなく理解出来たが、柚菜は茫然としている。

「なんで泣くのか私には解らないのですが・・」
「私の身勝手がカズ君と柚菜の両方を不幸にさせた。
私は、柚菜が羨ましかったの。カズ君に対する想いを無邪気に口にする事が
出来て、周りも温かく見守って、しかもその相手のカズ君も柚菜を
想っているのを解っていたから。自分の口に出せない恋心とは違う・・・
それが羨ましくて妬ましかったの。
私は自分が好きな人を誰かに打ち明ける事も、本人に打ち明ける事も
出来ない恋だから・・・」
「  意味が解らないんですけど・・・
それに私のファーストキスが他の人だったから不幸だと決めつけない
下さい。」

ズキン 柚菜の言葉に傷む胸。

ふぅ~と決心したように香菜は息を吸い込み、

「私がカズ君にキスしたのはカズ君を好きか確認する為じゃなくて
男の人とキスをしてトキメを感じるか確認したかったの。こんな事を頼める
男性(ひと) カズ君しか思いつかなかったの。だから・・・私の
安易な考えで傷つく人が居るなんて考える事も出来なかった。」

香菜のその言葉を咀嚼しているかのような思案顔の柚菜。
身体がピクリと動いたような感じがしたが、顔は無表情のまま

「 そ れって LGBT って事?」

柚菜自身が発した言葉に、さっきまで凄く冷静だった柚菜の瞳が
動揺で揺れた・・・でも、直ぐに態勢を立て直した柚菜はきっと、
仕事をしている時はこんな感じで凛々しいのだろうと思ってしまう、
そしてこんな時でも綺麗で愛おしい存在である事に変わらない。

自分の方を見て欲しい!そう思ったのに柚菜は香菜を見続け、
次の言葉を待つほどに冷静だった。それが逆に香菜は怖いのか
次が出て来ない。
香菜はきっと、これを言えば全てが許して貰えると思っていた
のかもしれない。
香菜は柚菜とは違い、コケティッシュで自分でもその魅力を存分に理解して
いて、武器にしている。
それは長年傍で見ているから解るのであって、それを解る人は意外と少ない。
多分、柚菜は知らないだろう。それに柚菜自身が昔と違って
強くしなやかにな女性に成長している。
その手は通じないのを香菜は知り得ない。
姉妹だけれど2人は余りにも離れている期間が長すぎた。

だから少し涙目の香菜は言葉と行動がフリーズしてしまった。

どんなに香菜が涙目になっても、今は妹や妻の立場で此処に
臨んでいない柚菜にはその手は使えない。
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