目覚めたら初恋の人の妻だった。
「俺はその先生の事を今、聞いても胸が痛い・・・ズーっと嫉妬していた。
あの日のキスが余りにも絵画の様に美しくて・・・
柚菜とアイツ・・凄く綺麗だった。
柚菜が家に入った後もアイツはズーと柚菜の部屋を見ていたし、
柚菜もアイツを意識していたよな・・・翌日、柚菜の家に行ったのは
何かあったのかもしれない
そんな気がしたんだ。
案の定、柚菜は泣き腫らした目をしていたからチャンスだと思った。
少しの亀裂に入り込みたかった。ここで逃がしたら柚菜を自分のモノにする
チャンスは二度と無いと思ったから」
「 あの夜を見てたんだ 」
腕の中で柚菜の全身から力が抜けたような気がする、
それどころかグッタリと今にも倒れそうだ。
「そっか・・一番見られたくない人に見られていたのか・・・」
その言葉にドキっとした。それはどう取って良いのか・・
都合よくとって良いのだろうか?
「それは どうとっていいのかな?」
恐る恐る口にしたが微妙に自分の声が震えているのが解る。
「一那には知られてくなかったって言うのは我儘な言い分だと
解っている。
先生との事を隠すつもりも、恥じる事も後ろめたい事も何もない
けれど、知られたくなかったってい言うのは矛盾しているかな?」
「どうして?」
「先生を好きだったのは間違いない・・・」
その言葉に胸の奥がズキンズキンと痛む。
確かにあの夜の2人は想い合っている恋人同士にしか見えなかった。
だからこそどうして別れを選んだのか解らなくて、聞けないでいた。
「一那を忘れられると思った・・・」
「それは・・・」
「先生が居たから弁護士を目指そうと思ったし、T大を案内してくれて
目指す大学も決められた。昔の私は明応に行く事しか考えていなかったから
それが無くなって、行きたい大学も何をしたいかも目標さえ見失っていた。
だって、一那のお嫁さんになる事を人生の目標にしていたからね。」
それで良かったのに・・そのままで良かったのに・・・
俺達は余りにもすれ違い過ぎていた。
「先生が迷子になっている私を助けてくれたの。
そんな先生を敬愛していたのは間違い無いけれど、
先生と”一つ”になる事は想像できなくて
先生と一緒に居て、同じ空気吸って同じものを見て、感じるのに
触れ合う事もキスする事も出来るのにそれ以上はブレーキが掛かって
進めなかった。
大人だった先生は気がついていた・・・私が気がつかない間は何も口に
しなかった優しさを今は解る。
でも、私自身が自分の気持ちに気がついて・・・先生はとっても繊細な人で
そんな些細な変化さえ見逃してはくれなかった。
私達は惹かれ合っていたし、思い合っていたけれど出逢うタイミングが
合っていなかった。」
自分への想いが入った柚菜の告白なのに、それなのに虚しさが過ぎるのは
柚菜と俺の物語より、2人の話の方が美しいと感じたからだろうか?
心の何処かで2人の付き合いを認めていなかった。
あそこでキスをしていたのはアイツがキスしたら諦めるとか言ったから
仕方が無く柚菜はキスをした・・・そう思いたかった。
だから柚菜の口からアイツに対する想いを聞いてしまい苦しくなった。
”出逢うタイミング合っていなかった” 確かにそう聞こえた。
それってどういう事だ?
離婚して 柚菜はアイツと・・・
苦い感情が押し寄せる。
「私は色々な人の運命を狂わせてしまった・・」
黙っていた香菜が口を開く・・
「そうだね。 お姉ちゃんが本当に一那と付き合ってくれていた方が
納得出来たかもね。 私が苦しんだ事がなんだか無駄になった気がしたよ。
一那が不倫していなかったって事は喜ばしい事なんだろうけれど
素直に喜べない程に私は日々苦しんでいた。」
その言葉に心が凍てつく。
何処かに甘えがあった・・・必死に抱き寄せている腕の中にいる柚菜に
香菜が自分に恋愛感情が無い事を知ってくれたら、異性に興味がないと
知ってくれたら笑って許してくれるって、姉妹なんだから・・そう
短絡的に考えていた。
だからって柚菜が苦しんだ時間が戻る訳が無いのに・・
傷ついた傷口が一瞬で完治すると、なんで思ったんだ。
「香菜、帰ってくれないか・・此処からは夫婦で話すから。
それと、二度と 俺に話しかけないでくれないか。連絡もしないで
欲しい。今の状態なら親族で集まる事も無いだろうから。
香菜は香菜の人生を歩んで欲しい。」
もっと早くこう言葉にすべきだったんだ・・・幾ら幼馴染でも義姉でも
自分の大事な人を一番にするべきだった。
中途半端な優しさが大事な人を追い込んでしまった。
俺は腕の中の柚菜だけを見て感じていたかった。
静かに扉が閉まった音で香菜が出て行ったのを確認した。