目覚めたら初恋の人の妻だった。
「アイツ、・・」
「アイツ?」
「柚菜の数学教師・・・アイツなら柚菜に万葉集からでもグッと心を掴む言葉を
伝えられるのかもしれないけれど、俺はそんな知識が無いから自分の思った
言葉を口にするしか出来ない。
さっきも言ったけれど、俺はあの遊園地の前日からイヤ、テラスで
柚菜と友達の会話を聞いた時からズーとアイツの影に怯えて来た。
”アイツとどうなったの?” ”どんな関係だった?”
”今も連絡を取り合っているのか”
沢山の疑問を確認したかった。でも怖くて聞けなかったんだ。
聞いて、『 今でも好き』って言われたら、恋人同士だった、
今でも遣り取りしているってなったら俺は嫉妬で狂いそうだから。
記憶が戻ってから柚菜は記憶が無い時よりもヨソヨソしくなっていたから、
柚菜がそんな不義理な事する訳無いって解っていても不安で
妄想ばかりが膨らんで
あの事故の日はアイツの元に向かっていたのかも・・
なんて想像して聞けなかった。
柚菜に捨てられるかも知れない恐怖で仕事も手につかなくて。
そんな情けない俺を柚菜に知られたくなかった。」
「先生とはあの日から会っていないし、連絡も取っていないわ。」
「フゥ 口に出して聞いてしまえばこんなに簡単に問題が解決できたのに、
俺は自分のプライドや、不安で口にする事が出来なかった・・・馬鹿だな。」
本当にバカだ
「 それは 私も 一緒よ。 勇気を出して聞けばよかったのよ」
「いや、柚菜の場合は俺とは違う。幼い柚菜を傷つけていたし、実際、香菜と
俺が一緒に居る所を見ている訳だから全然違う。
もし、俺が柚菜とアイツが一緒に居る所を見たら嫉妬で狂って柚菜を閉じ込めて
しまうかもしれない。それなのに俺は自分が嫌な事を柚菜に
体験させてしまった。
それは謝っても許される事じゃないから。これから一生を掛けて
償っていく事を許して欲しい。
だから離れるなんて言わないで。離れたら償う事も出来ない。償って欲しくない
なんて絶対に言わないで。それさえ許されなかったら俺は自分を生かして
おきたくない」
柚菜、俺は卑怯だよね。
でも、本当の事なんだ、俺の想いは本当は凄く重たいんだ。
「もう、良いの・・・お互いに少し離れて見つめ合った方がきっと
良い結果になる。
このまま一緒にいたら私、一那を嫌いになってしまうかもしれない、
傷つけてしまうかもしれない だから離れたい」
「傷つけられても構わない・・・嫌われない様に努力する。」
「夫婦って何方かが気を遣うモノじゃないよと思うの」
「そんなの一概に言えないじゃないか、その夫婦夫婦の有り方だろう。
全員が同じ人間じゃ無いんだから夫婦関係だって其々だよ。」
本当に必死でみっともないよな?柚菜。でも手放せないんだ。
「でも・・・私は一那の行動を全て疑うかも、一那の言葉を素直に
受け入れられないかもしれない。」
「それだったらスマホもロック掛けないし、GPS入れても良いよ。」
「そんな自分が惨めになるような事はしたくない・・・」
「フッ 柚菜は優しい、それに誇り高い・・・普通だったら入れるだろ・・・」
「浮気していた訳じゃないのは理解しているもん・・ただ、・・・・」
「ゴメン 泣かせるつもりは無かったんだ」
そう言って頬の涙を拭おうと手を出すと
「 ・・・泣いてる?・・」
柚菜は自分が涙を流している事に気がついていなかった。
ハラハラと零れ落ちる雫。
「ハッ どうして なんで 」
その時、泣いている事も気がつかない程に俺は柚菜を追い詰めていた、
そんなに傷つけていた、口ではカッコいい事を並べたのに
柚菜の心の傷の深さを甘く見てた。
考えてみたら中学2年の13歳から10年以上も悩ませていたんだ・・・
だから 今更感が拭えないのは承知だけれど、きちんと言葉にしないと
例えそれが自分が口にしたくない、忘れたい黒歴史で引かれるかもしれない
けれど。