目覚めたら初恋の人の妻だった。

柚菜の大学生活の始まりと時を同じくして家に帰らないで新しいパートナー(恋人)
過ごし、外泊する機会が増えた。
両親は女性の家に泊っている事に安心感を覚えていたのか大して咎めも無かった。

キラキラしている柚菜を見たくないから・・・落ち込んでいるカズ君を目の当たりに
したくないから!
大人の愛情で包んでくれているこの環境に流され、逃げているのを今日も正当化して
心の均衡を保っていたのに
そのバランスは想像以上に早く崩れる時を迎えてしまう。

夏の雲から秋の空に変わった頃、朝食の席に久々に会うカズ君が居た。
当たり前の様にテーブルに座り、当たり前の様に会話し、その存在にお手伝いさんでさえ
疑問に思わないほどに馴染む愛しい人の少し見ないうちに凛々しくなった横顔をスマホの画面を
見ているフリをしながら窺う。

どうしてここに居るの?
私に恋心が無ければ簡単に口に出来る疑問・・

「香菜、おはよう!」
昔からの柔らかい優しいトーンに胸が期待で膨らむ
私が距離を取った事によって、もしかして私の存在が
かけがえのないものだと気がついた???
淡い期待が次から次へとさざ波の様に押し寄せる。

でも、その横顔の瞳に気がついた・・・今も気にかけているのは私じゃ無い・・・
この眼を知っているもの イヤッてほど見せられてきた
やっぱり映したい人は昔から変わらないのね。

期待した分 落ちていく底は見当たらない 何処までも何処まで果てしなく深い深い
闇に呑まれそうで、身体が残暑の暑さが残る朝なのにブルっと震える身体を
自分で抱きしめる。
本当は愛しい人に優しく抱きしめて欲しいのに今日も又 私の願いは叶わない。

だから、私は意地悪をした 愛しい人が傷つくのを知っていて、敢えて口にする
だって、私が傷ついた分、傷ついて欲しいから

「柚菜がこの時間まで起きて来なくて食事を摂らないって珍しくない?」
揺さぶるように居ない柚菜の話題を出す自分の醜さに気がつかないフリ

母はアッサリと
「柚菜が普段から忙しくて揃って食事を摂る事が減ったから香菜は知らないわよね
柚菜は思い悩むと食事を忘れてしまうのよ。」
「・・・そうなんだ・・・良くあるの?」
「あるわよ。中学2年生の頃からね・・・」

あっ、それってもしかして 思い当たる事は一つで間違いないのだろう
母もそれを認識していたなんて・・・
理由を柚菜は話したのだろうか?
ドクン と胸がざわめくのは カズ君だけじゃなく両親にも嫌われたくない・・
自分で放った刃が自分を抉る。
 
私を置いて会話が進むが頭に入って来ないのは母が知っているではと
思う気持ちで不安で不安で顔さえ上げられない
揺さぶったつもりがブーメランの様に自分に帰ってくる業


「おはよう・・・朝から賑やかだね・・・」
能天気にアンニュイな雰囲気を纏って颯爽と現れた柚菜に嫉妬心が滾る

暫く見ない間に私の妹はもう、大人の女性の階段を確実に上り、あの夏の日に
蔑んだ幼児体型は何処にも存在しない。

あの夏の日を境に痩せた身体は結局はもとに戻らないで身長だけが伸びて
モデルも顔負けのスタイルに、更に何処か憂いを帯びた横顔は
幼い頃の私達の後を必死に追いかけていた妹はもう居ないんだと
漸く気がついた。

あんなに食べるのが好きだった妹が朝食にコーヒーだけでと答える
姿にも、勉強ばかりしていると母の諫めの言葉に妹の日常なのだと
呆れる気持ちもあったが純粋に怖い妹だとも思った。
そんなに必死に勉強してる姿が何かに追い立てられている様に昔から
感じていたけれどそれは今もって健在だったのね。


「カズ兄、来てたんだね。 おはよう」

まるで今、気がついたように落ち着いたトーンでカズ君に向ける余裕に
イラっとする。
想われている余裕なのか、それとももう、恋心は消えたのだろうか?
そう思ったと同時にフッと感じたのは、何時から私は妹の恋心に
気がつかなくなったのだろう?
あんなに好き好き光線を送っていたのに、あんなに解り易かったのに
今、妹の顔を見ても何も読み取れない事に心の奥に痛みが走ったような
気がした。

瞳に映る影は何時からなんだろう?

ドクンと心臓が跳ねるのは もしかしてこんな表情にしてしまったのは
わたし???
いやいや 違う。 あの時 妹は中学生だった・・
近くに居る カッコいいお兄さんに対する想いを恋だと勘違いしただけ・・・
じゃあ、自分は??
私の想いは妹のと違い 本物の恋よ!

少しだけ残っていた姉としての心はカズ君の

「柚菜、目が腫れてる・・・」
の一言で霧散してしまい カズ君を凝視してしまうが見なければ良かった
「あ、日焼けと寝過ぎかも・・・・」
妹の返答を聴き、カズ君の表情がみるみる変わっていく
最初は思案していてそこから青くなり、慌てたような口元をみてストンと
落ちた  カズ君の記憶のピースが嵌ってしまったことに
泣きそうだった  私もカズ君も。
怖くて怖くて目を逸らし、スマホに夢中になっている体で居るけれど、
心臓に血液が凄い勢いで集まってくる。

その後は覚えていない・・・
気がついたら母しか居なかった。
2人はどうしたの?そんな事を聴ける勇気も無かったけれど、
母の顔が何時もと違っていると感じるのは自分に後ろめたい気持ちがあるから
なのか、それとも母もカズ君と同じ様に疑問のピースが嵌ったのだろうか?

私はその日から怖くて家に寄り付けなくなってしまった。
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