目覚めたら初恋の人の妻だった。
カズ君が出てくるのをひたすらカフェでその時が来るまで待ち続け
結婚報告を聴いてから半年後に漸くチャンスが・・・
子供の頃みたいに、いたいけない幼馴染の顔をして
優しいカズ君に近づく
社会人になっても、結婚しても優しさは昔の儘
その真綿のような優しさが私を苦しめているんだよ?
好きなのに自分を選ばなかったカズ君に憎しみも抱く自分もいた。
自分のモノにならないのなら一層の事、失くしてしまう方が諦めが
つくかも・・・と悪魔のような考えも頭を擡げていた。
そんな事を考えているとはちっとも知らないカズ君はあの頃と同じように
私の心配事を真剣に聞いてくれ、渋々だったけれど協力もしてくれると
言ってくれ、以前の様に気安く相談事と称して逢瀬を重ねた。
カズ君は早く帰りたかったのだろう、チラリチラリと視線を腕時計に
向けているのには気がつかないフリをして無邪気に話を続ける。
帰ったら、その心地よい声で柚菜に愛を囁くのだろうか?
その腕に柚菜を閉じ込めるのだろうか?
そして私の事なんて一つも気にしないで笑い合うのだろうか?
会っていて楽しい筈なのに私の心は真っ黒な闇に呑まれつつあった。
呼び出せば何時でも都合をつけてくれていたカズ君だったのに
ある日から一切の既読がつかなくなった。
焦り、何度もあのカフェで様子を窺うが見かける事は無く
私は何かカズ君を怒らせるような事をしてしまったのだろうか?
頻繁に呼び出していて柚菜に諫められたのだろうか?
もしかしたら、私と会っている事がバレて連絡先を消された?
考えても答えは出ない。
佐倉家に帰ってみようかとも思ったが、母の視線が怖くて結局
実家の門を潜る事はせずに只管スマホの画面を見続ける。
カズ君に定期的にメッセージを送っていたけれど、返信が来ないからブロックを
されたと思い始めた頃 久々に既読が付き、返信があった時は嬉しかったけれど
柚菜が事故に遭ったから返信出来なかったのメッセージに
妹が事故に遭った事なんて気にも留めず、そんな事で連絡をくれない
カズ君に絶望した。
父から何の連絡も無かったから多分、騒ぐほどの事故では無かった筈なのに
きっと、大騒ぎして我儘放題で優しいカズ君を振り回していたんだと
考え、そのせいで私との時間を取らせなかったなんて!
カズ君もビシッと言えば良いのに・・・
今度、会った時に話してみよう。
余り、柚菜を甘やかさない方が良いと。
柚菜が我儘を言うから私がカズ君と会えなかったのだから
本当に勘弁して欲しい。
身体は大人になって、立派な職を手に入れても子供の時のまま
我儘だわ!
自分の前で『抱っこ~』と甘え手を広げカズ君に抱っこされていた様が
まざまざと蘇え、あの時から何も変わっていない柚菜に姉としても
一言申そう!カズ君の邪魔をしてはいけないと。
この時、どうして妻の柚菜より幼馴染の私の方が優先されるべきだと
思ってしまったのだろう。
だから、私達の目の前に柚菜が立ちはだかっていても何の罪悪感も感じなかった
それどころか、楽しかった一時を最後の最後に邪魔されて不快にすら感じていた。
ホテルで向けられた侮蔑をこめた視線が腹立たしく
ただ、幼馴染と会っているだけじゃない。
何も悪い事はしていない。
なんで、そんな聞き分けの無い子供を見るような目で、一つ一つ幼子に
言い聞かすような言い回しで、言葉で、貶められないとならないのか?
全く理解出来なかったし、したくもなかった。
カズ君は柚菜と結婚しているけれど、私とは柚菜よりも2年も長く一緒にいて
後から生まれた柚菜は私より付き合いが短いんだから・・・
それなのに私の耳に届いた言葉は
「香菜、帰ってくれないか・・此処からは夫婦で話すから。
それと、二度と 俺に話しかけないでくれないか。連絡もしないで
欲しい。今の状態なら親族で集まる事も無いだろうから。
香菜は香菜の人生を歩んで欲しい。」
まるで大事な宝物を守るように柚菜を自分の腕の中に抱きしめて
私が愛してやまないカズ君は初めて部屋の空気が凍えるような低く
感情の無い声で私に向け残酷な宣言をした。
自嘲のように私の口角が上がったのはカズ君の言葉に何時も
私から連絡しているって含んでいた事に
私が連絡しなければ、私が話しかけなければ・・・会う事は無かったと
含まれていたのを感じ取れたから
それで初めて気がついた・・・
私は幼馴染でもなかったんだと。
大事な人の姉って言うだけの存在だった事に。
大事な人の為に私に付き合っていた、愛する人の姉だから
それが大事な人の為になっていると信じていたに違いない。
それだけだったのだ。
茫然としてホテルを出て、機械的に行動して気がつけば自宅マンションの前に
腑抜けた状態で立っていたのを他の住人の挨拶で現実に引き戻される
何分、此処に居たのだろう?
何の気に無しに見上げると部屋のカーテンの隙間から幸せの象徴のような
橙色の灯りが漏れパートナーが帰宅しているのが確認出来るが、
フイに顔を見られるのが怖くなり、そのまま駅前の
カラオケボックスに逃げ込む選択をした理由や説明の出来ない押し寄せる
感情がどこから来ているのか解らない自分に戸惑ってしまう。
さっきの出来事を整理しないと会えない・・・
こんな情けない顔では心配させてしまう・・・
その感情こそが手に入れたかった”恋”なのに気がつけないのは
自分の感情だけを優先し相手の気持ちを慮らなかった過去の行いのせいなのだと
微かに流れ込んでくる音楽が自分の鼓動を消してくれている。
廊下を歩く足音に話し声が流れ出す涙の落ちる音も嗚咽も掻き消されるだろう
人々が笑い合っているのに、自分は一人ぼっちでハラハラと涙を流しているが
柚菜がカズ君にされていたように受け止めてくれる人も気にかけてくれる
人も居ない。
柚菜なら簡単に私を許してくれると思っていた、それどころか
同情してくれると安易に考えていたのに驚くほど
反応が冷静で狼狽えてしまった。
カズ君だって同情して何年も付き合ってくれたのに・・・
簡単だと思っていた柚菜を騙せなかった。
そして永遠に締め出されてしまった。
どんなに想っても叶わない愛が有るなんて知らなかった。
どんなに願っても手に入れられない人が居るなんて知らなかった。
私の人生の殆どを想っていたのに伝わらなくて、なのに柚菜は
他の人を想っている瞬間もあったと今日 初めて知った。
そしてその恋をとても大事にしていたのだと。
あんなに恋焦がれていたカズ君の前で堂々と口にする事が出来る
潔さ、その人に対する愛情の深さ、思い遣り、過ごした時間
どれも自分には存在しないもの
真直ぐ前をみて口にする顔は誰よりも綺麗で眩しくてキラキラしている
もし、同じ人を好きになっていなければ、誇らしく思っただろう
我が妹 柚菜。
それに引き替え私は自分のしてきた恋をあんなに堂々と公言する勇気も
覚悟も持ち合わせていない。
自分の寂しさを紛らわす為の恋愛。
カズ君との初めてに拘り、異性を見ようともしなかった。
何に拘っていたのだろう?
常に柚菜の事が頭にあって、何時かカズ君と柚菜は何処かで一緒に
なるような気はしていた。
もし、私の初めてをカズ君が貰ってくれたらその後に柚菜と・・・って
なっても私を忘れないでくれると思っていた。
例え柚菜の初めてを全部 カズ君が奪ったとしても・・・
「フッフフ・・・・うううぁううううぁんん・・・」
喉の奥から自分の嘲りのような声、嗚咽が堰を切るように流れ出る。
カズ君にとっては柚菜の初めてなんて無くても手に入れたかったんだ。
カズ君にとって初めての男で居るより最後の男でいたかったんだ。
永遠に加瀬柚菜で居て欲しいと切に願っていたのね。
最初から叶うわけ無かったんだ・・・
知っていた、気がついていた でも、でも、知らないふりをして
沢山の他人を傷つけた。
何よりも自分が一番傷つき、自分の大事な恋を汚いものにしてしまった。
それが悲しくて辛くて苦しくて、どうしょもなくて蹲って痛みに
耐えるしか対処の仕方が解らない
「誰か 助けて・・・・」
ー 香菜視点 了ー