目覚めたら初恋の人の妻だった。

カズ君の加瀬グループ取締役就任の一報を
目にするまで。

カズ君が加瀬グループの取締役に就任したのも
メディアを通して知り、就任パーティーの写真が
ネットで掲載され、そこにカズ君のご両親と
カズ君と柚菜が当たり前のにように並んでいるのを
目の当たりにして、頭のてっぺんから雷に打たれた
みたいな衝撃が走り、初めて自分がその輪の中に
本当は居たかったのだと悟った。

慌てて画像検索をしたら私の両親もそこかしこに
写っており、漸く自分が置かれている立場を正確に
把握した。
薄々感じていた事に目を背けていた結果だとしても
茫然とし、暫く動けずにいたようでパートナーが
帰宅したのにも気がつかず、
肩に手を置かれその優しい顔を見た瞬間に
感情が崩壊し、大泣きする私を困ったように
抱きしめてくれた温もりは、幼い時から私が恋焦がれた
温もりでは無いのに、どうしてかこの腕の中の温もりを
手放したくないと初めて独占欲が頭を擡げた。

「おねがい 私を一人ぼっちにしないで。 
 見捨てないで・・・」

私の口から出た言葉に私自身が一番驚いた。
こんな事を口にするつもりは無かった・・・・
誰かに思いを寄せてもその人が返してくれる事なんて
ある訳が無いのは私自身が身を持って
知っている。

だからこそ、その言葉を発する事を避けて来たのは
拒絶される瞳が自分に向けられた時の絶望を2度と
経験したくなかった。
それなのに

「香菜が私を捨てる事はあっても私が香菜を
見捨てる事は絶対にないから 」

少し掠れてくぐもった声に抱きしめられて
腕が微かに震えているのに気がつき
彼女の心情が伝わる 私が傷ついていたのと
同じように傷つけていたのね。

「 ゴメンね  私が貴女を見捨てるなんて
無いから  私の言葉が足りないから
長い間そう思わせていてゴメンね。
これからはキチンと言葉にするから 
ダメな私を許してくれる?」

私から発せられた言葉は私自身が
口にすることを避け、拒否してきた言葉。
重たくて負担に思われるのも怖いし、
目を逸らされるのも怖くて打ち消して来た
想いのかけらを解放してしまった。

怖くて堪らない・・・彼女の反応が・・・ 
あの夏の日にカズ君の瞳が全ての感情を失くした
ガラス玉の様にしか見えなくなった瞳を
向けられたら・・・
ドキドキして その時を待つ。

”チックタック ” ”チックタック”
 普段は耳に入らない位の微かな音が
オペラの一番の盛り上がりの瞬間に鳴り響く
オーケストラーの如く耳をつんざく。
彼女からの言葉は無かったけれど、腕に力が入り、
喉の奥が震えているのが肩に置かれた(おとがい)から伝わり、
私の肩口が微かに湿り気を感じ、
泣かせてしまった事が直に私の感情を揺さぶる

「うれし泣きだから」と言うけれど、
愛の言葉を囁いた訳でも無いのに”嬉しい”って
口にしてくれる彼女を私はどれだけぞんざいに
扱っていたのかと情けなくなってくる。

”因果応報” この場合に当てはまらないけれど、
私には一番シックリくる。
自分がパートナーに愛情の表現をしてこなかったのに、
私を好きでもないカズ君からは愛情を乞うた。

当然、貰える訳無いのにだ・・・・
私のカズ君への恋心は乞うばかりで相手に与える事も
慮る事も高め合う事もしようとしなかった。
自分の一方的な想いを受け入れて欲しかっただけ。
そこにカズ君の心情は一切反映されていなかった。
それはきっと傍から見たら恋では無く、
執着にしか見えなかったろう。

今、漸く 長年のパートナーの腕の中で実感した。

遅いし、余りにも鈍感に無駄に過ごしたけれど、
結果 私は大事な人が見守り、寄り添っていて
くれていた事に気がついたのは少しの進歩なのかも
しれない。

自分が大事だと想える存在に気がついて初めて
妹の苦しみの半分が解ったような気がして
苦しくなった。

してはいけない事をしてしまった。

負わせる必要のなかった傷を心身ともに
負わせてしまった。
その現実に涙が止まらなくなったのは
パートナー、両親、自分に関わる全ての人に
こんな醜い私を知られてくない気持ち、拒絶、蔑みを
向けられてくなかった身勝手だって解っても
そう願わずに居られない。
でも。一番は柚菜にこれ以上嫌われたくなかった。


自分の気持ちに気がついてから、今更だけど
許しを乞うように
お風呂場でシャワーを浴びている時にひっそり涙し、
シャワー音で掻き消されるのを承知で

「柚菜、カズ君 ごめんなさい。」

いつか機会があったら直接謝りたい。
それがいつ訪れても良い様に 忘れない様に、
言葉が発せられない最悪の事態を招かない様に。

いつか 柚菜に会えたら 今度は本当に心から謝る 
だから柚菜の唯一のお姉ちゃんに 戻らせて    
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