目覚めたら初恋の人の妻だった。
「直ぐに柚菜の笑顔に会えるわ」
妻が私の手を握りながら呟いた。

そうだ、直ぐに娘の笑顔が見える。

頭の中で娘の成長を思い出し今を遣り過ごそうと
本能が働き始める。

娘の笑顔が幼いまま更新されない・・・

何度も何度も色々な場面を思い出すのに
頭の中に表れる娘は背中。

長期休暇の度に海外に行く娘を空港まで送り
出発ゲートで背中を見送る。

学校や予備校校から帰宅して疲れた身体に
鞭打つように階段を上る娘を下から見つめ、
自分もそうだったと思いながら見送った背中。
大学生になっても深夜まで部屋の電気が
消える事は無く課題に、ゼミに試験勉強に
その背中は何時も生き急いでいた。

自分は娘の何をみていたのだろうか?

弁護士になる事は望んでいないと口にしながら
本当は望んでいたから疲れ果てた背中に
何も声を掛けなかったのでは?

柚菜にとって弁護士になる事は希望だったのか?
それとも押し付けだったのか?

そもそも柚菜は一那君のお嫁さんになると
公言していたでは無いか・・・・
何時の間に夢が変わったのだ?

一つの疑問がまるでジグソーパズルのように
嵌っていく。
記憶の抽斗が次から次へと開け放たれる。

中学生の柚菜に何が起きた?

高校生の柚菜が更に心を閉ざしたのは?

大学生の柚菜に恥じらいを見出すようになった時
誰が傍にいた?

司法試験に受かった時、一那君と結婚すると
報告があった時。
満面の笑みがあった筈なのに思い出せない。

"幸せそうですね"と娘の花嫁姿を仕事仲間に
口々に言われた場面はあるのに。
柚菜の満面の笑顔は記憶にない。
色々な記憶を引き出していると引っ掛かる
もう一人の娘、香菜の顔。

思慮深い柚菜。
天真爛漫な姉の香菜。

果たして本当にそうなのか?

天真爛漫と言われていたのは二女の柚菜だった。

何時の間に代わった?

柚菜の笑顔を思い出そうとするとリンクするように
香菜の顔が頭に浮かぶ。


妻に似た香菜、第一子といのうの相まって無条件に
溺愛した。
女の子だから継がなくても、弁護士にならなくても
テストの成績が芳しくなくても笑顔で幸せに過ごせる
為に父は頑張ろうと赤子を胸に抱きながら誓った。

その想いは今も変わらない。
が、柚菜が頭一つ飛びぬけていると気がつくと
香菜と柚菜との接し方が変化したのも今なら
思い至る。

天真爛漫だった娘が鳴りを潜め笑顔が無くなったのと
香菜が天真爛漫な振る舞いをするようになったのが
ほぼ同時だと自分の記憶が語る。
多分、間違いないだろう職業柄鍛えられた記憶力が
間違っていた事は無い。

そして香菜の記憶の画を思い浮かべると一那君が
写り込む。
「あっ!!」
声にならない声をあげ、自分の記憶に初めて疑問をもつ。

「どうしたの?」

その妻の声に確認しても良いのか?と躊躇するが
湧いてしまった疑問を男親の自分一人では到底
抱えきれなかった。

「香菜は一那君を・・・・」

妻の目が見開き驚いた表情は『今更』と呆れているのか
それとも妻自身も気がついていなかったのか
その瞳の奥が解らなかった。

何十年も一緒に居るのに解らないとは私も・・・愚かモノだ

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