短編『おやすみ、常盤さん』
よし、一旦落ち着け。
自分にそう言い聞かせながら、ふっと息を吐いた。
ところが次の瞬間には足が動き出していた。
全身の血が沸騰している。
「常盤さんの住んでいるマンションって、あの大きいスーパーの隣だって言ってたよね。ちょっと待ってて。今からそっちへ行くから」
彼女が僕と見たいと言ってくれている。
だから、全力で走って駐輪場へ行き、そこからも全力で自転車を漕いだ。
一緒に花火を見たら、その後で今日こそ、彼女からの「おやすみ」を聞くんだ。
電話越しの、電波にのったデータの音じゃなくて、マイクじゃ拾えないような微かな息遣いまでも感じられる、生の彼女の声で。
(了)