社長、それは忘れて下さい!?

 涼花の気持ちが龍悟に知られると、仕事中に気まずいだけではなく旭にも迷惑がかかってしまう。下手をすると秘書から元の総務課に戻される可能性だってある。だから涼花は自分の想いを必死に覆い隠した。口に出してしまうと全ての感情が外に漏れ出してしまう気がして、親友のエリカにさえ上司への想いを吐露したことはない。

「あれ、すずちゃんもエリちゃんも恋人いないの?」

 牡蠣のアヒージョを運んできたバルの店長に、不思議そうに話しかけられる。何度も通って顔見知りとなった店長は、忙しくない時間はこうして世間話をしたり、人生相談に乗ってくれたりするのだ。

「そうなんですよ。店長、どこかにいい人落ちてないですかね?」
「エリちゃん。落ちてるような人は、多分いい人じゃないと思うぞ?」
「それはそうですけど~」
「だから落ちてる人から選ぶんじゃなくて、選んだ人を自分で落とすんだよ」
「簡単に言いますねー!」

 エリカと店長の会話にくすくすと笑う。陽気な二人の会話を聞いていると、沈みかけた心がパッと明るくなるようだ。

 龍悟への想いを抜きにしても、涼花には恋愛できない理由があった。せっかくの金曜日を一緒に過ごす恋人なんて、もう何年もいない。

 心のどこかではそんな相手がいたら人生がもっと楽しくなるんだろうと思う。しかし辛い思い出と、流した涙と、吐き捨てられた言葉が記憶の奥底にこびりついて離れない。なかなか一歩が、踏み出せない。

 だからエリカには申し訳ないが、きっと次の金曜日のイベントにも参加する勇気が持てないままだろう。
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