社長、それは忘れて下さい!?
「社長、そろそろ会場に戻りませんと」
「そうだな。……旭、抜けれるか?」
「はい。一度社に戻ります」
ポケットに仕込んでいた薬袋の全てを鞄の中に突っ込みながら、旭が頷いて返答する。薬を模した粉玉や粉末は全て無駄になってしまったが、結果を考えれば努力は無駄ではなかったと思う。
旭はすっかり秘書の顔に戻ると、龍悟の手から小瓶を受け取り、小麦粉が詰められた鞄を携えて控室を出て行った。残された涼花は立ち上がった龍悟の前に立つと、胸元に指先を寄せる。
今日の龍悟はいつものビジネススーツではなく、三つ揃いのフォーマルスーツを身に纏っている。正装の姿はいつも以上に身体のラインが際立ち、男性美と独特の色気を醸し出している。涼花の指先がポケットチーフの位置を正すと、龍悟が満足したように頷いた。
「秋野は大丈夫だったのか?」
だが龍悟が訊ねたのは自分の身だしなみではなく、涼花の心労だった。
龍悟は当初、一度嫌な思いをした涼花を杉原の前に立たせることに強く反対した。大事な秘書を傷つけるような真似はしたくないと説かれたが、最後は『女性が犯罪に遭うかもしれないのに見過ごせない』という涼花の意思を尊重してくれた。
事実、涼花が受付横に配置されたことで旭のボディーチェックが円滑に進み、不自然なく目的のものを得ることに成功したのだ。