社長、それは忘れて下さい!?
店長の言葉に、エリカと顔を見合わせる。そういえば彼はいつも飲食代の端数を切って、二人で割りやすい金額にサービスしてくれる。その値引き額が時には一品分になることさえある。
今までずっと親切な店長だと思っていたが、単に金銭感覚がゆるいだけのようだ。経営者としてそれはどうかと思うが、値引いてもらっている立場なのでそっと口を噤む。
ふと顔を上げると、涼花をじっと見下ろしていた龍悟と目が合った。涼花は自分の心臓が跳ねたことを自覚したが、それは絶対に表には出さない。
涼花の内心に気付いていない龍悟は、自分の顎の下に触れながら感慨深そうに頷いた。
「意外と髪長いんだな。いつも後ろで結んでるから気付かなかった」
「え? あ、申し訳ありません。だらしないですよね……!」
龍悟の言葉にはっとする。
指摘の通り、仕事中の涼花は背中まである髪を後頭部でまとめ上げている。総務課にいた頃はヘアアレンジを楽しむ余地もあったが、彼の秘書となってからは不衛生な印象を与えないよう、後れ毛の一つもないよう常に注意を払っていた。
髪をまとめるゴムやピンはメイクポーチの中に入っている。慌ててバッグを引き寄せると、龍悟が『いや』と声を漏らした。
「そういう意味じゃない。プライベートなんだから、そのままでいい」