社長、それは忘れて下さい!?

 なのにその龍悟が涼花を、好きだと言う。お前が欲しい、と真剣な顔と声で口説かれる。そんな奇跡、あり得るのだろうか。

 これが現実なのだとしたら、肌を重ねた事で情が生まれて、少しだけ特別扱いされているだけなのかもしれない。もしくは涼花が知らないうちに何処かに頭をぶつけて、言動がおかしいのか。いや、それよりも今日はパーティーだったので少量だがアルコールを口にしていた。

「社長、もしかして酔ってるのかな……?」
「酔ってねーよ」
「ひゃあっ……!?」

 近距離で声が聞こえた気がして視線を上げると、鏡の向こうから龍悟がこちらを見つめていた。黒い瞳と目が合って思わず鏡から飛び退くと、背中に固い何かが当たった。

 背後の衝撃に驚いて振り返ると龍悟が涼花の顔を覗き込んでいて、再び似たような悲鳴を発してしまう。

「何してるんだ、鏡の前で」

 呆れた顔で問いかけられて、ようやく最初に見たのが鏡に映っていた龍悟で、背後にいたのが本物だと気付く。驚きすぎて心臓が早鐘を打っていることを隠すように、手のひらで胸を押さえて顔を上げる。

 龍悟はまだ少し濡れた髪もそのままで、涼花が着ているものと同じ形のバスローブを羽織り、首を傾げながら涼花を凝視していた。

 思わず目を逸らしてしまう――目のやり場に困る。
< 130 / 222 >

この作品をシェア

pagetop