社長、それは忘れて下さい!?
それで十分だった。
それが答えだと、理解した。
目の前にある上質なシーツの純白さえ真っ黒に眩んで見える。気を抜くとそのまま意識を手放してしまいそうなほど、涼花の全身からは血の気が失せていた。
「社長。私が以前……社外でお会いした際に話した事を、覚えてらっしゃいますか?」
俯いたまま問いかける。それは涼花の胸の中にある小さな疑惑だ。
涼花の問いかけに龍悟が低く頷く。
「あぁ、覚えている。お前を抱いた男がそのことを忘れるという話だろう」
「はい」
「俺は……忘れてない」
「……はい」
不安げな声のまま呟いた龍悟の言葉に、涼花もそっと顎を引く。
そう。龍悟は話そのものも、それを確かめると言って涼花を抱いた事も、翌週になってもしっかり覚えていた。もちろん今も覚えているだろう。そしておそらく薬を盛られた夜の事も覚えているはずだ。
「社長、もう一つだけよろしいでしょうか」
でも昨夜の事は忘れている。
否、昨夜の事『も』忘れている。
「先月の……六月十七日に役員会議があったのを覚えていますか? 藤川さんが定時退社したので、私が代わりに同席した日です。その会議の後……執務室に戻った後のことは、覚えていらっしゃいますか?」
龍悟が記憶を引き出しやすいよう出来るだけ事細かに詳細を伝えて問う。すると龍悟が息を飲んだ気配がした。