社長、それは忘れて下さい!?
龍悟は黙って何かを考えた後、観念したようにそっと息を吐き出した。そして隠し事を白状するように、その時の心情を教えてくれる。
「……いや、覚えていない」
「……」
「俺もおかしいと思っていた。会議が終わったところまでは覚えているのに、その後どうやって家に帰ったのかを覚えてないんだ。けど次の日出社したら、会議で使った資料がデスクにそのまま残っていた。だから疲れて俺の記憶が飛んでいるだけなのかと……」
――あぁ、やっぱり。
龍悟の説明を聞いている途中から、涼花は全てを理解していた。あのキスの後に感じた違和感は、やはり間違いではなかった。後から思い返して『まるで無かったことのように振舞われている』と感じたのは、涼花の勘違いではなかったのだ。
龍悟は忘れたふりをしていた訳ではない。本当に忘れていたのだ。合コンに行くと告げた涼花へ向けた、怒りの眼差しと激しい嫉妬のキスも。そして昨日のキスも。
「けどそれからそんな記憶違いをすることもないし、やはり疲れが……秋野?」
黙ってしまった涼花の様子に、龍悟が心配の声をかける。けれど涼花には返答をする気力もない。
涼花は大きな勘違いをしていた。それも最初の時から考えれば、およそ八年もの歳月、自分でも信じられないほどに盛大な見当違いをしていた。