社長、それは忘れて下さい!?
龍悟の台詞にいたたまれない気持ちを覚えながらも、涼花はそっと手を引っ込めた。本当はそれでも結び直すべきなのだろうが、龍悟はまた『気にしなくていい』と言うだろう。上司を相手に二度も同じことを言わせるほど、涼花の秘書としての経験は浅くなかった。
「邪魔して悪かったな。滝口さんも、お食事楽しんで」
「はい、ありがとうございます」
龍悟の言葉に、エリカもにこやかに会釈する。龍悟は小さな笑顔を残すと、空いているカウンター席に腰を下ろした。どうやらまだ夕食を食べていないらしく、店長とふざけ合うようなやりとりをしながらいくつかのメニューを注文している。
「社長、イイ男だね」
「良い男も度が過ぎてるよ……」
どちらからともなく着席すると、腹から大きく息を吐く。
腰は落ち着けたが、気は抜けない。同じ店内に上司がいるにも関わらず緊張状態を解けるほど、涼花はオンとオフを上手に切り替えられない。社長が傍にいるのに完全にリラックスできる社員もそう多くはないと思うけれど。
「なるほどね。あんなに良い男と四六時中一緒にいたら、恋愛する気もなくなるか」
「別に四六時中じゃないけど……。それに上司は恋愛対象にならないでしょ?」
「え、そう?」