社長、それは忘れて下さい!?
何故一人で会社近くのホテルに泊まっているのかと疑問に思うかもしれない。だが共に過ごした相手の記憶を失っているのなら、龍悟が涼花相手に必要以上に気遣う必要はなかったはずだ。
もちろん涼花はかなり勇気を出して出社しなければならないが、龍悟に余計な負担をかけずに済むならそれでも構わなかったのに。
「私のバカ……」
冷静に考えたら自分から龍悟に口付けるなんて恥ずかしくて出来そうにないが、あの時もし気付いていたなら、キスでも何でも出来た気がする。なんでもっと早く気付かなかったのかと、自分の甘さに落胆する。
けれど冷静になった今だからこそそんな事実に気付いたのであって、やっぱり今朝あの場では、龍悟の記憶を奪う発想には辿り着けなかった気がする。
とことん詰めの甘い自分には心底失望したが、ぼんやりと青空を眺めているうちに、全てはなるようにしかならない、と思えてきた。
龍悟の人生の邪魔にだけはならないように。――ただそれだけを願い、涼花はそっと溜息を零した。