社長、それは忘れて下さい!?
「おはよう、秋野」
龍悟に挨拶をされてどう返答しようかと思ったが、挨拶には挨拶を返すのが社会の基本だ。返答の仕方など考えるまでもないだろう。
「おはようございます、社長」
いつまでも入り口に突っ立っているわけにもいかない。恐る恐る自分のデスクに近付きつつ、いつものルーティンを必死に思い出して最も自然らしい会話を模索する。
「……今日は随分とお早いですね……」
そうだ。いつもの月曜日なら涼花がこの時間に到着して、あと十五分程で旭が出社して来て、その十分後に龍悟が出社してくる。今日の龍悟が何時から出社していたのか正確には分からないが、少なくともいつもより三十分は早く出社していることになる。だからこの問いかけは不自然ではないはずだ。
「あぁ……お前に話があって」
ワークチェアに腰掛けながら龍悟の真剣な返答を聞くと、そのまま腰が抜けそうになった。丁度座るタイミングで良かった。
(全然、大丈夫じゃなかった……)
当り障りのない言葉を選んだつもりだったが、会話の流れが自然とか不自然とかいう以前の問題だ。まるで自分で地雷の上までのこのこ歩いてきたように錯覚する。呪文のように繰り返し唱えていた自己暗示のワードも、全く意味を成していなかったと気付く。
腰を落ち着けたのに、気持ちは全く休まらない。心音の間隔が異常に短いと気付いて言葉を詰まらせたが、立ち上がった龍悟が涼花の傍に近寄ると言葉どころか呼吸さえ止まりそうになった。