社長、それは忘れて下さい!?
龍悟にこんな顔をさせているのは、紛れもなく涼花だ。記憶が無くなる方が気楽だなんて、今の涼花には思えない。忘れた方も辛い事は、涼花もよく知っている。
「昨日色々調べたんだが、なんで記憶が無くなるのかまでは分からなかった。だから……」
「社長、お止め下さい」
龍悟はもう、この苦しい感情に囚われる必要はない。好きだと言ってくれただけで十分だった。それだけでこの先の未来、恋愛をしなくても、結婚をしなくても、ずっと孤独でも生きて行けるほどに、涼花には幸福だった。
愛しい人が自分を好きになってくれた。それだけで満足だから、もう忘れた記憶を取り戻す方法も、忘れないように留めておく方法も探さなくていい。
「気にしていません。忘れたままで問題ない、とお伝えしたはずです」
しっかりと、龍悟の目を見て伝える。余計なしがらみで、これ以上龍悟を縛りたくはない。だからちゃんと断ち切る。
今まで共に過ごした夜を全て忘れてちゃんと洗い流せば、時間と共に消えてなくなるはずだ。大丈夫。何度も呟いた言葉をもう一度胸に刻み込む。
「社長は何も悪くありません。だからもう、謝らないでください」
謝らなくていい。申し訳ないなんて思わなくていい。そう願いを込めて、じっと龍悟の顔を見つめる。
「この話は、もう終わりにして頂けませんか?」
でもこれ以上は、無理だった。龍悟の黒い瞳に射止められたら、また想いが溢れて止められなくなりそうな気がして、涼花はそっと視線を下げた。