社長、それは忘れて下さい!?
――――はずだった。
「それなら俺は、お前に上司としてじゃなく、男として振り向いてもらえるよう努力するしかないな」
「……。……え?」
頭上から落ちてきた言葉は、涼花の予測をあまりに盛大に裏切っていた。思わず唖然と龍悟を見上げてしまう。
立ち上がってた龍悟は、笑っていた。その表情は大企業のトップに悠然と座する野心の笑みではなく、愛しい人への恋心を募らせた切ない微笑みだった。
(今……なんて?)
予想外の台詞と笑顔に呆気に取られていると、入り口の電子ロックが解除される音が聞こえた。その音を聞くと、龍悟はごく自然な足取りで自分のデスクに戻っていく。
龍悟が自分の椅子に腰かけるのとほぼ同時に、扉の向こうから旭が姿を現した。
「おはよう、涼花。……って、社長? 今日は早いですね。おはようございます」
すぐに龍悟の存在に気付いた旭が、珍しいものを見たように目を見開く。驚きを隠そうともせず朝の挨拶をした旭に、
「あぁ、おはよう」
「……おはようございます」
と龍悟と涼花も挨拶を続けた。
旭は自分のデスクに近付くと、二人の気まずい空気を察したらしい。
「朝から秘密のお話ですか?」
からかうように声を掛けられ、涼花は思わずその場に立ち上がった。デスクにぶつかった所為でガタッと大袈裟な音が鳴り、おまけに椅子のキャスターも奇妙な音を立てたが、構ってなどいられない。