社長、それは忘れて下さい!?
社長室の応接ソファに腰かけていた両社長と傍に控えるそれぞれの秘書が、音のした方へ一斉に視線を向ける。
「失礼いたします」
執務室へと続く扉から現れた涼花の手にはお盆が乗せられ、その上には冷茶が入ったグラスが並べられていた。
契約が長引いているので冷たい飲み物のお代わりを持ってきたのだろう。涼花は沈黙を気にせず応接テーブルの傍に来ると、コースターの上にお茶の代わりを置いて行った。
「君はこの契約をどう思う?」
その様子を見ていた問屋の社長が、突然涼花に話題を振った。退室するために立ち上がろうとしていた涼花は、話しかけられたことに驚いてきょとんとした顔になる。
もちろん涼花は今日の契約の内容を事前に把握している。だが今までこの場にいなかったのだから、一連の話の流れはわからないだろう。仮にわかっていたとしても、この場合は『私はお答えできる立場にありません』でやり過ごしても問題のない場面だ。
それに秘書はあくまで上司の補佐役であり、契約をはじめ会社の運営その他に意見をする立場にはない。当然問屋の社長もそれはわかっているはずだった。
困惑して固まってしまうと予想していたが、涼花は旭の予想と異なる反応を見せた。
「社長にお力添えを頂ければ、弊社としましても大変心強い限りでございます」
涼花が突然、ふわりと可愛らしい笑顔で微笑んだ。その姿に、その場にいた全員が固まって動けなくなってしまう。