社長、それは忘れて下さい!?

 涼花はただ仕事に打ち込むと決めた。龍悟の考えている事はよくわからないし、自分の考えを理解してもらうのも諦めた。振り向いてもらえるように、と言っていたがそれも極力気にしない事にした。

 仕事以外では一切龍悟に接触しない。仕事中は目の前の業務のことだけを考えて、誠心誠意彼に尽くす。他に取柄なんて何もないのだから、龍悟の望むように動かなければ、自分には駒としての価値すらない。

 せめて役に立ちたい。その一心で笑顔を作った。

 その場には鏡もないし、上手く笑えているのかもわからない。話の内容は完全に把握していなかったし、龍悟からいつものように目線で指示されることもなかった。だからどう捉えられても当り障りのない言葉を選んだつもりだった。

 今思えば良くない選択だったのかもしれない――そう思ったが、龍悟は涼花の考えを否定した。

「いや、助かったよ」
「……えっと、それなら良いのですが……」

 龍悟にお礼を言われた涼花は、言葉を濁しながらアイスコーヒーを作る作業に戻った。濃いめのコーヒーを氷の入ったグラスへ注ぐとほろ苦い香りが部屋中に広がる。

「じゃあ俺、専務のところにコレ届けて来ます」

 コーヒーの香りが漂う中で、旭が席から立ち上がる。電話で頼まれた資料を届けに行くようだ。旭の声に涼花ははっとして顔を上げる。

「あ、藤川さん、私が……!」
「いいよ。俺ついでに用足してくるから。戻ってきたら俺にもコーヒーお願い」
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