社長、それは忘れて下さい!?

4-4. Can't move


 龍悟に『もう無理して笑わなくてもいい』と言われた日から二週間ほどが経過したが、涼花の気持ちは相変わらず晴れないままだった。

 龍悟は涼花が嫌がるような事はしないが、時折じっと見つめたり、少しだけ触れたりといった小さなアプローチを繰り返す。嫌いな上司にされたらセクハラとして訴えるところだが、涼花は龍悟と距離を置きたい一方で、内心では嬉しい気持ちもあった。

 その背反する気持ちに気付いた時、龍悟に気にしてもらえることで彼の好意がまだ自分に向いている事を確認しているように感じて、自分の浅ましさに自己嫌悪する。けれど優しく微笑まれたり、からかうように髪や指先に触れられたりすると、どうしようもなく舞い上がってしまう。

 その繰り返しに疲弊して、涼花は仕事でのミスがさらに多くなってきていた。

(……?)

 ふと視線を感じて顔を上げると、向かい合わせで座る旭が、自分の口元に人差し指をあてながら小さな付箋を手渡してきた。龍悟に気付かれないための『静かに』という合図に疑問を持ちながら付箋を受け取ると『業務後、エントランス』と書かれていた。

 付箋はインデックス代わりに使用することはあるが、書類としての形式をなさず情報漏洩の問題もあるので、原則メモの代わりとしては使用してはいけない事になっている。涼花は目線だけで旭に了承の合図をすると、書類を刻むふりをして受け取った付箋をさりげなくシュレッダーに滑り込ませた。
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